第218話 二人のセイレーン
宿に帰ると、鉱石狩りで疲れた体を労わるようにベッドへ寝転ぶ九条。
と言っても、採掘はほとんどスケルトンに任せきりだったので、肉体的に疲れているのかと言われれば疑問は残る。
ミアはというと、寝る前の恒例になってしまっている従魔達のブラッシングに勤しんでいた。
「ミンストレルの女の人、キレイだったね」
「ああ、そうだな」
「ええ、そうね」
九条とシャーリーがほぼ同時に相槌を打つと、ミアはそれに不満を漏らす。
「おにーちゃんはダメ! 私がいるでしょ!」
「あっ、はい……」
理不尽な誘導尋問である。何気ない会話の流れから「俺にはミアがいるから……」などというキザっぽい台詞が九条から出てくるわけがないのだ。
(仮に思いついたとしても、恥ずかしくて人前では到底口には出せねぇよ……)
勘弁してくれといった諦めにも似た表情を見せる九条に、クスクスと笑顔を見せるシャーリーではあったが、忘れてはいない。
「じゃぁ、九条。そろそろ説明してもらいましょうか」
九条のかくしごと。それを問いただし、必要であれば軌道修正しなくてはとシャーリーは内心、気合を入れつつも身構える。
「ああ。約束だから言うが、どこから話すべきか……」
ベッドから体を起こした九条は、顎に手を当て思案する。それは、先程とは打って変わって真剣な表情。
「え? そんな深い話なの?」
「深いという表現を使っていいのかは謎だが、少し長くなるかもしれん。だからやめた方がいいんじゃないか? 多分ミアは寝るぞ?」
シャーリーはそんなことでは騙されない。その程度で諦めるようなら最初から口なぞ出してはいないのだ。
「そんなこと言っても無駄よ。ちゃんと話して。長くなっても構わないわ」
それに、コクコクと力強く頷くミア。
「はぁ、わかったよ。じゃぁ最初から話そう。いいか?」
それはシャーリーに向けられた言葉ではなく、虚空に向けて放たれた一言だ。
九条は立ち上がると、開いていた窓を全て閉めた。それは夜風に寒さを覚えた訳ではない。誰にも聞かれてはいけない内容だったからである。
九条が再びベッドに腰掛けると、思い出すよう口を開いた。
「俺はハーヴェストである依頼を受けた」
「サハギン退治でしょ?」
「それもあるが、もう1つ。ギルドを通していない別の依頼だ」
首を横に振る九条に、首を傾げる2人。
「10年前、シーサーペント海賊団の船長バルバロスが『白い悪魔』と呼ばれる魔物に殺された。1隻の海賊船が海の底へと沈み、生き残ったのは2人だけ。バルバロスの嫁であるイレースと、その娘のイリヤスだ」
「えっ!? イレースって、あのミンストレルの?」
「ああ、さっきの歌姫だ。2人の間には1人の娘がいた」
「ちょっと、どういうこと? あの歌は自身の経験談なの?」
「それを今から話す」
押し黙るシャーリー。九条は咳払いをすると、その続きを淡々と語る。
「生き残ったイレースはグリムロックで救助され、娘のイリヤスはハーヴェストに流された。だが、イリヤスがバルバロスの娘だとわかると、貴族達は仲間の居所を吐かせようと拷問にかけ、結果幼い命も奪われた。そのイリヤスからの依頼なんだ」
「えっ……。でも、その話だとすでに亡くなってるって事だよね? まさか10年も前に依頼を受けたの?」
「いいや、違う。依頼を受けたのはみんなと一緒にハーヴェストにいた時だが……。やっぱり長くなるな。直接本人に聞いた方が早いか……」
「本人に聞く? ハーヴェストまで帰るとは言わないわよね?」
「まさか。さっきからここにいるよ」
「「えっ!?」」
ミアとシャーリーには見えないのだから驚くのは当然だ。
九条の指差す方向をジッと見つめる2人。見えるわけがないのに、眉間にしわを寄せる2人に吹き出しそうになる九条であったが、ぐっと堪えた。
それは九条と従魔達だけに見えていた。ハーヴェストギルドで1人淋しく佇んでいた少女の霊。
「ホントにいるの?」
「ああ」
ブラッシングの手を止め、ミアはイリヤスがいるであろう辺りに恐る恐る腕を伸ばす。
探るような手つきで腕を動かしてはいるものの、もちろん触れるわけがない。
それを見た霊体のイリヤスはクスクスと笑っていた。若くして亡くなり悲痛な人生を歩んだという割には、その表情からはそれを感じさせないほどの笑顔を九条に向けていたのだ。
「今、証明するよ」
そう言って九条が魔法書から取り出したのは小さな頭蓋骨。それをベッドの上に置き、真上からそれに手をかざす。
「【
頭蓋骨の周りに描かれ輝く魔法陣。それが徐々に肉体を形成し、そこに魂が入り込むと、姿を現したのは1人の少女。
シャーリーとミアは九条の言っていることが本当のことなのだと理解した。その少女の姿が、イレースにそっくりだったからである。
母の面影を受け着いだ黄金色の長い髪に、幼いながらも獣のような鋭い瞳。そして耳だと思っていた場所には魚のヒレのようなものが付いている。それはセイレーンの特徴の1つだ。
まるで、ちっちゃいイレースがそこに立っているかのようであった。
「えっ……!?」
その輝きが収まると、1番驚いて見せたのはよみがえった本人である。
自分の意志通りに動かすことが出来る体。地に足がついている感覚。それに慣れていないのか、イリヤスは倒れるようにベッドに尻もちをついた。
目を丸くしながらも、手のひらでペタペタと自分の顔を触る仕草は、本当に自分の体なのかと疑っているかのよう。
そして隣にいた九条の腕を、握っては放してを繰り返す。
「おじさん、すごい!」
「……おにーさんと呼べ」
それにすかさず修正を入れる九条をあっさりと無視し、ベッドから降りるとバタバタと駆けまわるイリヤス。
落ち着きがないのは子供の
「嘘でしょ……。もしかして蘇生したの?」
「そうだ。だが時間制限があるし、完璧じゃない」
シャーリーは知らなかった。九条が死んだ者を蘇らせることが出来るということを。だが、それ以外には考えられなかったのだ。
呼び出した霊魂が術者の言うことを聞くかは、その者の力量次第。それに、返ってきた答えが真実とは限らない。故に死霊術はマイナー適性だと言われているのが常である。
だが、九条は違うのだ。呼び出した霊魂を意のままに操る。
それを鎧に定着させ、リビングアーマーを作って見せたり、死体をデュラハンに変えてしまったりと常識の範疇を超えているのである。
シャーリーは、スタッグの貴族達を欺く為、九条がノルディックの死体を作ったのを見たことがある。
適当に作ったと言っていたそれは、本当に適当な物だった。
有り合わせの骨に魔法で肉を付けただけの人型の何か。体格こそ似せていたものの、顔から判別することは難しい出来栄え。
隣にマウロの死体を置くことと、鎧を着せること、それに2人のプレートがあったからこそ欺けたのだ。
だが、今現在シャーリーの目の前を走り回る少女は、そんな出来損ないではない。
(完璧じゃない? あれが?)
空いた口が塞がらないとは正にこのこと。走り疲れたイリヤスは、白狐に覆いかぶさるとモフモフと愛らしい姿を見せていた。
その活発な少女は、何処からどう見ても死体のようには見えなかった。
エルフにも似た白い素肌は玉のようで、子供特有のもちもちとした弾力を有している。
羨ましいほどの美しさに、シャーリーもミアも息を呑んでしまうほどであった。
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