第201話 ムードメーカー
翌日。宿の延長手続きをすませた後、ギルドへと向かった。朝一で行くのは他の冒険者の迷惑になるだろうから、依頼受付の暇そうな時間にだ。
思った通り、昨日ほど客の姿は見受けられない。そしてまた、あの子供がいた。存在感の薄い金髪の少女は、依頼掲示板をジッと見つめ微動だにせず、それ故か誰も気にしない。
従魔達とシャーリーは近くのテーブルに腰掛け、俺とミアだけがカウンターへと顔を出す。
ギルドの窓口は3つ。向かう先は、昨日俺の対応をしてくれたマリアの所だ。その当の本人は、俺達が目の前にいるにも拘らず事務作業に没頭していて気付かない。
それを見かねて隣の受付嬢が肩を叩くと、俺達に気付いたマリアはわたわたと慌てて何かを探す仕草を見せ、見つけたそれを目の前で勢いよく広げると、勢い余ってそれは真っ二つに引き裂かれた。
「ああっ!?」
ビリビリと激しく破ける依頼用紙。受付のギルド職員達は顔面蒼白。それはプラチナプレート冒険者に粗相があってはならないからなのだろうが、そんなことくらいで激昂するほど俺の心は狭くない。むしろ場を和ませるという意味で、掴みは十分。
冗談みたいな出来事に、笑いを堪えきれず爆笑する俺とミア。
マリアは恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしながらも、何事もなかったかのように業務を続けた。
「ほ……ほ……本日はどのようなご用件でしょうかっ!?」
「笑ってしまって申し訳ない。その依頼について詳しく教えてくれませんか?」
一応の謝罪。それに気を良くしたのか、それとも依頼について聞かれたからなのか、マリアは言葉を詰まらせながらも嬉しそうな表情を浮かべる。
「あ……こっ……これですか? えっと……お……奥へどうぞっ!」
勢いよく立ち上がるマリア。勢い余って座っていた椅子が後ろへと倒れたのだが、それを笑うのは我慢した。
「仲間も一緒なんですが、構いませんよね?」
そう言って振り返った先には従魔達とシャーリー。それに気付いたシャーリーはヒラヒラと手を振って見せる。
「もちろんです! お仲間の方も是非!」
案内されたのは2階の応接室。内装はどこのギルドとも一緒のようで、長方形の背の低いテーブルを挟むように2つのソファが置いてあるだけ。
俺とシャーリーはそこへ座り、従魔達はソファの裏へ。ミアだけはカガリと一緒だ。
テーブルに置かれたのは先程の破れた依頼書。シャーリーはそれを器用にくっつけながら、目を通す。
「ホントだ。要船舶って書いてあるね。ギルドの船はどうしたの? もしかして魔物に沈められた?」
「いえ、今のところブルーオーシャン号に被害はありません」
「だったらどうして?」
「その……。ブルーオーシャン号は現在グリムロックの港に停泊中で、こちらに帰ってこれないんですよ……。グリムロック側にもギルドはあるのですが、あちら側でも出航許可が下りなくて……」
どうやらグリムロック側もこちらと同じような状況のようだ。
「なるほど。それで冒険者側に船舶が必要なのか……」
「そうなんです。こちらでレンタルしようにも、貸して下さる業者さんはいなくって……」
そりゃそうだろうな。これから魔物と一戦交えるというのだ。そんなことに船は貸せないというのはもっともだろう。
「で? その魔物というのは?」
「サハギンという種族をご存知ですか?」
「ギルドの図鑑でなら……。そいつらが襲ってくるということですか?」
「そうなんです……。今まではこんなことなかったんです。こちらから手出ししなければ温厚な種だと思っていたのですが……」
サハギンとは、簡単に言うなら魚の獣人である。魚人とも呼ばれる彼らはオークなどと同じで、魔王側に与していた種族の内の1つ。
彼らの生活の場は海だ。陸上で生きる種族とは生活圏が違う為、魔王討伐後は大きな争いも起きてはいないと記されている。
「誰かが手を出した可能性は?」
「恐らくそれはありません。海での戦闘はあちらの方が圧倒的に有利です。なんの目的もなく手を出すとは考えにくいかと……。唯一考えられるのは海賊の存在ですが、彼らもそれはわかっているとは思いますし、サハギンを狩ってもお金にはならないかと……」
「そうですか……。どちらにしろ、船がなければ魔物退治は無理ですね。出直すとします」
「「そんなぁ~」」
マリアだけだと思いきや、ミアまでもが残念そうな声を上げた。
気持ちはわかるが、船なんか買えるわけがない。魔物討伐で使う船だ。その辺に転がっている漁船などではなく、それ相応に頑丈な船であることは必須であり、恐らくは相当な出費になるはず。
買えたところですぐに乗船できるわけでもなく、航海士も雇わなければならない。置く場所も考えないとなると、現実的ではないだろう。
「無理なものは無理だ。別の方法を考えよう。そこでマリアさんに頼みたいのですが、ギルドで船の手配が出来るか、グリムロック行きの護衛依頼が入ったら教えてくれませんか? しばらくは街にいるつもりなので」
「かしこまりました。今はそれだけでも十分でございます」
少々残念そうではあるものの、深く頭を下げるマリア。
俺達はギルドを後にすると、ホテルを目指しながらも街の様子を窺っていた。
港とは違って活気がある。ここで足止めされている人達も中にはいるのだろう。そう考えると普段はそこまでの人出ではないのかもしれない。
すると、漂ってくるのはおいしそうな匂い。時間は正午を少し過ぎた頃。
「腹へってないか? 観光ついでに飯でも食って帰ろうと思うんだがどうだ?」
「「食べるぅ!」」
ミアとシャーリーの返事が被ると、お互いを見合わせクスクスと微笑む。
歩きながらそれらしい所を探し、辿り着いた先はマーメイド亭という如何にも海鮮が美味そうなお店。
ここを選んだ理由としては、従魔達の入店を許可されたからである。比較的規模の大きい店だが、お昼時というのに中の客は疎らだ。
とは言え、従魔達の所為で騒ぎになるのはごめんである。俺達にとっては客は少ない方がありがたい。
案内されたテーブルに座ると、運ばれてきたのは大きなピッチャーに入っている水と、ちょっとした冊子とも言えるメニュー表。
人数分のメニューを配り終えると、「お決まりになりましたら、お呼びください」と頭を下げる給仕の男性。
写真がない為、料理の名前からそれを想像しなければならないのだが、それ以前の問題だった。
「何これ……。売り切れ多くない?」
シャーリーの不満も当然。メニューの半分以上にバツ印がマークされているのだ。
そしてその法則を見つけると、全員がなるほどと頷いた。その全てが魚を使った料理だったからである。
漁に出ていないなら、魚の水揚げがないのも道理だ。
「お決まりになりましたでしょうか?」
「ねぇ。このバツ印はやっぱり海に出るっていう魔物のせい?」
「はい……。お客様にはご不便をおかけしまして申し訳ないのですが、その通りでございます。ですが肉料理であればお出しできますので、なんなりとご注文下さいませ」
店の売りである海鮮が食べられないのであれば、客が少ないのも納得である。
その後、運ばれてきた肉料理を食べ進めつつ、これからの予定を話す。
「九条はギルドが船を調達できると思う?」
「自分で言うのもなんだが、プラチナの冒険者が乗るなら貸してくれるって業者はいるかもな」
「確かに……」
「どれくらいの期間街にいるの?」
「うーん。ミアがもう帰ろうって言うまでかな?」
「ホントに!?」
「いや、嘘だ。精々1週間くらいじゃないか? それ以上待つならグリムロック側でどうにかしてもらう方が楽でいいんだが……」
「なんだぁ……」
ミアは残念そうに肩を落とす。
グリムロックがこちらと同じような状況なら、あちら側だって困っているはずだ。さすがに無策ということはないだろう。
「じゃぁ、とりあえず1週間は自由行動ってことでいい?」
「ああ。それで構わない。ギルドの方は、俺が毎日顔を出すようにするよ」
「おっけー」
暫くはギルドの出方を待つしかないといった状況だ。
食事を終え宿へ帰ると、そこにあったのは木箱に入った大量の武器。盗賊達から没収したものである。
「ギルドに顔を出すついでにこれも売ってこよう。等分でいいよな?」
「いや、全部九条でいいよ。私はなんもしてないし」
「確かにそうなんだが……」
それに目を光らせていたミアが、間髪入れずに口を挟む。
「じゃぁ、そのお金でまた美味しいものでも食べればいいよ! みんなで! ね、おにーちゃん?」
「まぁ、俺はそれでもかまわんが……」
どこかぎごちない笑顔を浮かべるミア。恐らく、気を使っているのだ。
俺とシャーリーがお金の話をしだすと、途端に険悪な雰囲気になってしまうのを知っているからこそ、それをなんとか回避しようと解決策を提示したのだろう。
冒険者同士の人間関係を取り繕うのも、ギルド職員の務め……というのもあるのだろうが、気まずい空気にはしたくないという気持ちはわかる。
シャーリーは俺の秘密を知る者の1人。王族でも貴族でもないただの冒険者である。
そう言った意味で、ミアにとっては気を許せる数少ない存在なのだろう。
そう考えると、ミアこそがこのパーティを誰よりも重く考えているのかもしれない。
ミアこそがムードメーカーであり、パーティの手綱を握っていると言っても過言ではないのだ。
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