第163話 擦れ違う思い

 バイスは終始無言で俺の話を聞き、頷きつつも険しい表情を浮かべていた。


「そんなことが……。俺はてっきりダンジョンの魔物討伐を終わらせた報告に来たのかと思ったが……」


「あ、ダンジョンの方は言われた通り対処しておきました。もう魔物の被害も出ないはずです」


「おっ、そうか。さすが九条。仕事が速いな」


「まあ、王都と違って田舎のギルドはプラチナが必要な仕事もありませんし……。それよりも10日も待たなきゃいけない方が苦痛ですよ」


 ワザとらしく笑い飛ばすよう冗談を言ったつもりだった。それを聞いたバイスは相槌を打つわけでもなく、俯き加減で何かを思案している様子。

 何か余計なことを言ったのだろうかと、自分の発言を思い返す。

 もしかしたら、10日程度の準備期間は冒険者にとっては当たり前であり、それを苦痛だと言ったことがバイスの気分を害したのかもしれないと焦った。


「すいません、バイスさん。そんなつもりで言ったわけじゃ……」


「ん? ああ、すまんすまん。ちょっと考え事をな……。確かに準備に10日かける奴はいる。駆け出しの慣れてない冒険者なら尚更だ。だが、ノルディックほどの者ならそんなに時間はいらないだろうと思うんだが……。こういうのはミアちゃんの方が知ってるんじゃないか?」


 急に話を振られたことに少々慌て気味のミアであったが、その口ぶりはしっかりしたものだ。


「はい。今回は遺跡調査なので準備にはそれなりに時間はかかると思います。遺跡の入場許可を取るのに大体3日くらい。今回は遠方なのでそれなりの食料の準備。荷物の量にもよるけど、馬車の予約とかですね。後は作戦次第だけどパーティメンバーを募集するなら1週間くらいは必要かも……。慣れてないおにーちゃんのことを考えて余裕を見て10日と言われたら、妥当だと思います」


「現役ギルド職員がそう言うならそうなんだろうな。そのことについて邪推するのはよそう」


「そうですね。ノルディックさんは話した感じ、紳士的でいい方でしたよ?」


「へぇ。俺は話したことも見たこともないが、白い鎧を身に着けた大男だろ?」


「ええ。大きな剣を背負ってました」


「そうそう。そいつだ。あの鎧は第2王女が特注で造らせた物だからな。なかなか目立つだろう? 厳選された素材で作られた国内では最強と言われるほどの鎧だ。あれだけで金貨数万枚に相当すると言われてるからな。王女のナイトになるのを条件に貰った物だ。さぞ誇らしいだろうよ」


 吐き捨てるように言うバイス。その言い方が若干不貞腐れているようにも聞こえた。

 それは、なんでも買って貰える金持ちの家庭の友達を羨ましがる子供のようだ。


「確かにそれだけ高価な物なら、1度は着てみたいですね」


「違う!」


 一喝するバイスに驚き、目を見張る。しかし、バイスはすぐに我に返り、気まずそうに掌で顔面を覆うと、体裁を取り繕う。


「いや、すまない。そうじゃないんだ……。九条は知らなくて当然だ」


 バイスは深呼吸して気持ちを整理すると、取り乱してしまったその理由を語り始めた。


「そもそもナイトの称号は本来貴族に授けるもので、冒険者に与えるものじゃないんだ。第2王女のグリンダは他の貴族の反対を押し切り、ノルディックにナイトの称号を与えた。その理由はノルディックを貴族にしたいからだ」


 金の鬣きんのたてがみの討伐報酬で、貴族位の話が出た時に第2王女が言っていた。俺なんかよりノルディックの方が貴族位に相応しいと。


「なんで、そこまでノルディックさんを貴族にしたがるんです?」


「……結婚したいから……だろうな」


「結婚!? 俺よりおっさんでしたよ!?」


 一瞬だが部屋の空気が凍り付いたかのようだった。賑やかでうるさい街の喧騒さえも止んだと思うほどに。

 ハッとした。また失言したんじゃないかと後悔し、すぐに口を噤んだ。

 バイスの口は情けなく半開きで固まっていたが、その空気を溶かしたのもまたバイスだった。

 その口がニヤリと横に広がると、自分の膝をバシバシと叩きながら笑い転げる。

 ミアは予想通り、ベッドの上でプルプルと震えていた。


「ぎゃはははは。やっぱ九条はおもしれぇわ……」


「すいません。つい口が滑ってしまって……」


「いや、いいんだ。それを言えるのは同じプラチナの九条だけだろうからな」


 バイスの笑いが治まると、目に溜めた涙を拭った。


「王族は好き勝手に婚約出来ないんだ。まあ、身分の差ってやつだな。最低でも貴族。もしくは他国の王族との婚約が一般的だ」


「ノルディックさんと婚約したいが為に、どうしても貴族位を与えたいと……」


「そうだ。まあ、九条が知らないのも無理もない。俺と九条が出会う前の話だからな。だが、今のところ貴族位は与えられていない。冒険者でナイトの称号持ちという、例外中の例外のような扱いだ」


 おおよその話は理解した。だが、それがバイスを憤慨させるほどの話なのだろうか?

 王族にも貴族にも詳しくない俺には、それがどれほど重要なことなのかはわからない。


「先に謝っておきます。的外れな質問だったらすいません。第2王女とノルディックさんが結婚するとどうなるんです?」


「いや、どうにもならない。正直言って好きにしてくれと思っているが、俺が怒りを感じているのは鎧の方だ」


「鎧?」


「ああ。あれは国民の税金で造られた物だ。もちろんその中には俺やネストの領民達の分も入っている。……それだけならまだいい。だが、第2王女はその金を何と言って徴収したと思う? あろうことか第4王女の生誕祭に使うと言っていたんだ」


 飄々と物静かに語るバイスだが、握られた拳は小刻みに震えていた。


「嘘をついて国民から税金を徴収したと?」


「ああ、そうだ。自分達の主の生誕祭だ。金額がその忠誠度を示すとは言えないが、そう考える者も中にはいる。当然、皆色を付けた。だが蓋を開けてみれば生誕祭は中止の報告。そしてその予算は消え、出て来たのはあの鎧だ……」


 バイスは怒りに打ち震え、強く歯を食いしばっていた。

 何故それを追求しなかったのかと口を開きかけた俺だが、思いとどまった。

 俺は貴族ではない。また余計な事を言って怒らせてしまうのではないかという不安が先行したのだ。


「当時、俺達の派閥は弱かった。第2王女に口出しなんて出来るわけがない。周りは敵だらけだ。王族の中でも最弱。いや、貴族派閥の中でもそれほど高くはない。だが九条。お前が入ったことで流れが変わったんだ」


 バイスは俺のことを力強く見据えていた。それほどの思い入れがあるのだと言いたげな瞳だ。

 だが、それは過大評価がすぎる。俺はそんな立派な人間ではないのだ。

 俺が派閥に所属している理由……。もちろん、第4王女がギルドに口添えしてくれた恩というのもあるが、本当のところはただ面倒事に巻き込まれたくなかっただけなのだから。


「今や俺達の派閥は第2王女に迫る勢いだ。プラチナの加入、それに魔法書の返還もデカイが、金の鬣きんのたてがみの討伐に続き、あのカーゴ商会をも失脚させたのが効いてる!」


 嬉しそうに話すバイスに、愛想笑いで返す。確かにバイスの言う通りなのかもしれないが、俺は所属しているだけだ。名前を貸しているだけと言っても過言ではない。

 ここは俺にとっては異世界。日本の常識は通用しない世界である。

 そんな状態で自分から積極的に行動するわけがないだろう。職業柄目立つことには慣れているが、目立ちたいわけじゃない。

 流れに身を任せることこそが、この世界で上手くやっていく術。寄らば大樹の陰である。

 俺の行動の結果が派閥の為になったのだとしても、たまたまそうなっただけ。だから俺を買い被るな……。


「……」


「……あっ……。いや、なんか俺だけ盛り上がっちまってすまんな……」


「いえ、いいんです。気にしないでください」


「……んで、なんの話してたっけ?」


「ぶはっ」


 急に緩んだ会話のテンポに、思わず吹き出すミア。一瞬にして場の空気が和み、肩の力が抜けたように感じた。

 こういうところが、バイスを憎めない所以なのだろう。

 貴族なのに偉そうにせず、常に対等に接してくれる存在。俺がカッパープレートをぶら下げていた時から、それはなんら変わらない。


「ええと、ノルディックさんの話ですね」


「ああ、そうだったそうだった。とりあえずそれは置いておこう。……で、九条は結局どんな依頼を受けたんだ?」


「ノーザンマウンテンのダンジョンの調査です」


「なるほど、ダンジョン調査か。どこを拠点にするんだ?」


「まだ、何も決めてないですが……」


「マジかよ。色々決めることはあるだろ?」


「そうなんですか?」


「そうなんですかって、お前……。ダンジョン調査は初めてじゃないだろ?」


「ええ。まぁ……」


 本当はまったくのド素人である。呆れたように言うバイスに反射的に返答してしまった。

 108番のダンジョンは、調査というより盗賊に閉じ込められて彷徨っただけというレベル。

 そもそも調査ってなんだ? 中の魔物を倒すだけじゃダメなのか?

 咄嗟に見栄を張ってしまったのだ。正直に初めてだと言うべきだった。バイスはそんなことで笑うような奴じゃない。

 ……いや、前言撤回だ。恐らく笑う……。だが、最後には教えてくれるはず。しかし、もう言い出せる雰囲気ではないのも確か。


「ならいいんだが……。取り敢えず何かあれば言ってくれ。パーティを募集するなら予定を潰してでも同行してやる。それと一応用心の為にノルディックの周辺を調査しておく」


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 バイスは立ち上がると、4匹の魔獣達を順番に撫で、最後に「またな」と軽く挨拶をして部屋を出て行った。

 部屋の窓から外を眺めると、宿から出たバイスが繁華街の人混みに消えていく。

 それを確認すると、俺はカガリとじゃれ合っているミアに懇願したのだ。


「ミア! ダンジョンの調査って何をすればいいんだ! 教えてくれ!!」


 もちろん、ミアから盛大なため息が出たのは言うまでもない。

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