第161話 ノルディック

 そして翌日、約束の時間にギルドへと赴いた。

 やはりコット村のギルドとは大違いで静音とは無縁。騒々しい冒険者達は、傍から見れば賑やかである。

 それもそのはず。ギルド正面、依頼受付窓口の付近には、人だかりが出来ていた。

 依頼を受ける冒険者達で受付に行列が出来ることは日常茶飯事だが、何か不自然に偏った集まり方である。

 その中心にいる人物の1人はニーナ。俺達には気付くこともなく、周りの冒険者との会話に夢中といった雰囲気。

 その胸に輝くゴールドプレートをわざとらしく揺らす姿は、やや滑稽にも見える。

 そしてもう1人。背中に大きな片刃の剣を背負っている中年男性。短髪で口ひげを生やしていて、見るからに物理系適性だろう。筋肉質な傷だらけの身体は、百戦錬磨といった様相を呈している。

 身長180前後の大男で、その体格に合うように作られた特注の白いプレートメイルを着込んでいた。右の肩当てがないのは恐らく背中の大剣を振り回しやすいよう配慮されてのことだろう。

 その胸に輝く薄紫色のプレート。恐らくこの男がノルディックに違いない。


 ノルディックが俺達に気が付くと、途中だった話を遮り人をかき分け近づいて来る。

 大きな歩幅で歩み寄るその姿は、悪く言えば偉そう。良く言えば、自信に満ち溢れていた。

 途中、チラリと従魔達の様子を窺うも、それにはまるで臆することなく平然と対峙した。


「はじめまして。ワシはノルディック。君と同じプラチナの冒険者だ。遠路はるばる大変だったろう?」


 当たり前のように差し出された右手で握手を求められる。

 あの第2王女のお抱え冒険者だ。もっと強行な姿勢を貫いて来るような人物だと思っていたが、いい意味で読みが外れた。

 とは言え、ここでは人の目がある。今はまだ大人しいだけかもしれないと警戒しながらも手を取り、握手を交わす。


「はじめまして。九条です……」


「よろしく、九条君。話し合いの準備は出来てる。案内しよう」


 ノルディックが振り返ると、集まっていた冒険者達に解散するよう優しく促し、ニーナを連れて2階へと移動する。

 そのニーナは挨拶どころか、俺達には目も暮れなかった。


「行こう」


「うん」


 他の冒険者達の注目を集めながらも、それについて行く。

 握手した時の感触はゴツゴツと硬い岩のような手触りであった。恐らく、俺なんかの考えが及ばないほどの研鑽を積んでいるのだろう。


 案内された部屋は応接室。従魔達のアイアンプレートを登録した場所である。

 部屋に入ると、そこにいたのは支部長のロバート。俺の顔を見るや否や、駆け寄り頭を下げる。


「九条様。お久しぶりでございます。本日はこのようなことになってしまい、誠に申し訳ございません」


 相手のいる前で、その挨拶は失礼なのではないかとノルディックの顔色をチラリと窺うも、特に気にしている様子はなさそうだ。

 机を挟み、ノルディック達とは反対側のソファに腰掛ける。もちろんミアも一緒だ。従魔達には申し訳ないがソファの裏側で待機である。

 そして上座にロバートが座り、話し合いという名の腹の探り合いが始まったのだ。


「わたくしはギルド職員として私情を挟むことなく、中立的な立場で判断致しますので、両名ともそのつもりで」


「ああ」


 それに同意すると、先手を取ったのはノルディックだ。


「単刀直入に言おう。九条君は第4王女の派閥を抜け、ウチに鞍替えするつもりはないんだろ?」


 勿論そうだ。だが、「今の派閥を抜け、こちらに付け!」と強引に迫ってくるのだろうと思っていたので拍子抜けである。

 こちらが言わなくとも、理解してくれているのなら話は早い。


「そうです。ですが、俺がここで断れば担当を変更すると脅すのでしょう? その為に呼んだのでは?」


「いや、まあ、そうなんだが、どこから話すべきか……」


 歯切れの悪い答えが返ってくる。

 ノルディックは頭をぽりぽりとかき、困ったような表情を浮かべつつも何かを考えている様子。

 取り敢えず、自分の考えはハッキリ言っておいた方がいいだろう。


「兎に角、俺は担当の変更は認めませんし、派閥も変える気はありません」


「そうだよなぁ……」


 何故、同意するのか……。こちらとしてはありがたいが、それを求めたのはそちら側だろうに……。

 まさか、この見た目で気が弱い……なんてことはないとは思うが……。


「いやぁ。ウチのお嬢……。グリンダ王女が勝手なことをした。申し訳ないと思っているが、流石に王女には逆らえなくてな」


「え?」


 言っていることを理解するのに、数秒の時を要した。


「つまり、第2王女が勝手に決めただけで、ノルディックさんは無関係だと?」


「無関係とは言わないが、不本意ではある。こちらにだって長年連れ添った担当がいるんだ。共に依頼をこなし、戦ってきた信頼と実績がある。そうやすやすと担当を変えられるのはこちらとしても望んではおらん」


 もっともだ。俺のホームはコット村で、ギルドの依頼を自分から請け負うことはほぼないが、ノルディックほどの猛者なら担当と共にギルドの依頼を数多くこなしていることだろう。

 お互いがそれぞれの戦い方や戦闘スタイルなど熟知しているはず……。しかし、1つだけ腑に落ちないことがあった。

 今ノルディックの隣にいるニーナは、どう考えても長年連れ添ってきたという担当ではない。

 少し前まではバイスの担当だったはず。1人の職員が複数人を担当することは珍しくないが、そもそもゴールドではなかったはずだ。


「1つ質問をしても?」


「なんだい? 答えられることなら答えよう」


「となりのニーナさんは担当ではないのですか? 聞いた話だと最近ゴールドに昇格したばかりだとか」


 ニーナが俺をキッと睨む。予想していた反応だが、これは事実だ。彼女を貶めるような意図はまったくない。


「いや、彼女もワシの担当だ。まあ、グリンダ王女からの指示で就けられた担当だが、なんてことはない特例というやつだ。九条君も特例でコット村をホームにしているのだろう?」


「……ええ。そうです」


 それを言われると弱い。ミアを担当に据えているのも特例だと解釈できる。その事を考えると、あり得ない話ではない。

 ノルディックには担当が複数人付いているということだ。ノルディックの本当の担当とミアを交換することは出来ない。その身代わりとして、適当に祭り上げられたのがニーナなのだろう。

 俺が納得したような素振りを見せると、ノルディックはソファから身を乗り出し、辺りを見渡しながら声のトーンを下げた。

 それが、何かわざとらしくも見えたのだが、俺に理解してもらう為、大袈裟にリアクションしたとも考えられる。


「あまり大きな声では言えないが、グリンダ王女には逆らえない。……そこで提案なんだが、1回だけ担当を変えてギルドの依頼を受けてみる、というのはどうだろう?」


「というと?」


「各々が担当を変えて依頼を受け、終了後に相性が悪かったから元に戻す。という手順を踏めば、グリンダ王女も納得せざるを得ないと思わないか? 王女は王女であって冒険者ではない。冒険者に口を挟むなと言いたいところだが、これならば暗にそう訴えることも出来るだろう?」


 確かに一理ある。第2王女は冒険者の詳しい事情など知らないだろう。

 俺を狙っているのだって派閥の強化の為であり、恐らくプラチナという肩書があれば誰でもいいのだ。


「それを踏まえたうえで、ワシの方から引き抜きは失敗したと伝えておこう。九条君にとっては、そう悪い話ではないと思うが……」


「もう1つ質問をしても?」


「ああ。かまわないよ」


「その場合、俺に付く担当は?」


「もちろん本命担当のグレイスを出すつもりだ。交換条件は対等でなければならないからね。今は別の要件で出てもらっているが、いずれ紹介しよう」


 条件としては悪くない。新任のニーナではなく、グレイスを交換条件に出すなら、言葉は悪いが人質としては申し分ない。

 現状維持を望むのであれば、それが最善な策に見える。

 1回限り我慢すればいいのだ。しかし、それをミアが良しとするかどうか……。

 隣で静かに座っているミアを見ると、俯きじっとしていた。

 怯えているというほどではないが、顔を上げたくないという意思がはっきりと伝わってくる。


「九条殿、返事はいりません。そのニーナという女。ミア殿に向ける敵意が尋常ではない」


 俺がミアの様子がおかしいことに気付くと、ワダツミがこっそりと口を挟む。

 つられてニーナに視線を移すと、それに気付いたニーナはミアに向けていた視線を逸らし、俺をより一層険しい表情で睨んだのだ。

 失敗だった。マルコのことで、ミアとスタッグギルドとの確執はなくなったとばかり思っていたのだが、そうでもなかったようだ。

 ニーナもミアと同じゴールドになったと聞いて、人として少しは成長したのではと期待したものの、この様子ではそんなこともなさそうだ。

 ニーナが俺を担当にしたくないと言い出してくれればとも思っていたが、話の流れからそれも無意味。

 相変わらずの敵意むき出しに、呆れるとしか言いようがない。

 だが、そんなことで俺が怯むとでも思っているのだろうか。カッパープレートをぶら下げていたあの時の俺とは違う。

 今の俺はプラチナプレート。一介のギルド職員如きが敵意を向けていい存在ではないことくらい理解している。

 ミアに手を出したらタダじゃおかない。という意思を込めて睨み返すと、ニーナはばつが悪そうに目を逸らした。


「ミア。どうする? 1回だけで済むのならば、悪い話ではないと思うんだが……」


「うん。……1回だけなら大丈夫。それで帰れるなら……がんばってみる!」


 多少の不安も混じってはいるものの、ミアの表情はお仕事モードで真剣そのもの。覚悟を決めたかのように、両手の拳を握り締めていた。

 ミアが担当を務めたのは俺以外にはロイドだけだ。そして騙され、ダンジョンに置き去りにされた。

 それだけの過去があれば不安になって当たり前だ。トラウマ……とまではいかないものの、俺以外の冒険者を信用出来ないと思っていても仕方がない。

 だが、それを乗り越えさえすれば、元の日常が待っている。


「決まりだ。ノルディックさん。あなたの策に乗ろう」

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