第146話 来訪者

「こんにちは九条さん。今日も天気がいいですねぇ」


 額の汗を拭い笑顔で畑仕事をするおばちゃんからの挨拶に軽く頭を下げる。

 それは日課となっている村のパトロールの1コマだ。

 パトロールと言えば聞こえはいいが、何も起きない村の警備なんて、ただ散歩をしているようなもの。食後のウォーキングに丁度いい。

 村の空き地では子供達と一緒に戯れている獣達の姿が見える。

 遊具すらない、公園と呼ぶのもおこがましい場所で走り回る子供達は、健康的で微笑ましい限り。

 獣達は知っているのだ。子供達と遊んでやると、その親から食べ物を貰えるということを。


「九条殿、顔がにやけていますよ?」


 それを見ていた俺の横で呆れたように言うのは、東のウルフ達の長ワダツミだ。


「そうか?」


 軽く咳払いをしつつ、にやけた顔を元に戻す。


「お前達が村に馴染めたようで嬉しくてな」


 獣達が村に住むようになり1月ほど経つが、見ての通り獣達は村人達と仲良くやっているようだ。

 その甲斐あって、村も着実に成長している。いつもの何気ない田舎道だが、新たに建設中の家屋等、ちらほらと移住者が増えているのがわかるほど。

 そこでは冒険者達が大工に雇われ、必死に作業していた。

 その建設ラッシュの所為で、村の警備が手薄になってしまったのだが、今や全ての従魔達が村の警備兵のようなもの。

 おかげでそれはまったく問題にならなかった。

 今、村の入口で警備の任に当たっているのは、カイルとコクセイだったはず。正直言って過剰防衛だろう。

 コクセイは進化と共に新たな能力を手に入れていた。

 それは金の鬣きんのたてがみと同じ、雷を操る力。元々そういう素質が備わっていたのか、落雷をその身に受けたことによって覚醒したのかは不明だ。


 村のパトロールが終わり、報告の為ギルドへ戻ると、1台の馬車が目に留まる。

 馬車が珍しいというわけではない。村人達だって農作物を運ぶのに馬車は頻繁に使用する。

 しかし、その馬車は村で使う古ぼけた荷台ではなく、明らかに旅客用。それだけで村の外から来たということが窺える。

 それを気に留めつつギルドの階段を駆け上がると、そこに居たのは見知った顔の老婆であった。


「あっ、丁度良かった。あちらにいるのがプラチナの九条さんですよ」


 ソフィアが俺に気が付き声を掛けると、老婆はゆっくりと振り返る。

 それは俺の魔法書を狙い、バルザックの魔法書の製本に協力してくれた者。ベルモントの街で魔法書店を営んでいる老婆である。

 俺は咄嗟に身構えた。また魔法書を寄こせと迫ってくるのかと思ったからだ。

 だが、老婆はまるで別人のように大人しく、頭を軽く下げただけ。

 拍子抜けだ。思ったより常識人なのか、それとも俺の魔法書には興味を無くしてしまったのか。


「九条さん。こちらはエルザさんです。村で魔法書店を開業することになりました」


「久しぶりじゃのぉ。魔法関係で何かあればいつでも来るがええ」


「あっ、はい……」


「あれ? お知り合いですか?」


「ええ、ベルモントで少し……」


「そうなんですね。なら良かった。お店は西側、村のはずれにありますので今度確認しておいてくださいね」


 その建物なら知っている。村のはずれ、共同墓地の隣にある中古物件。

 一見、大きめの倉庫だと言われたらそう感じてしまうほど、古びた建物だ。

 こう見えても村に滞在している時は、墓地の管理を無償で引き受けている。

 墓守と言えば聞こえはいいが、村が盗賊に襲われた際に墓地を全てひっくり返したという経緯があり、その罪滅ぼしも兼ねてやらせてもらっていると言った方が正しいだろう。

 元の世界では実家が寺だった為、墓の管理ならお手の物だ。

 金の鬣きんのたてがみ騒動が終息し、村に帰ってきたらいつの間にか人が住める程度にはリフォームされていた。

 こんな所に店を構えるなんて、物好きな店主もいるものだと思っていたが、まさかベルモント魔法書店の老婆が引っ越してこようとは……。

 このタイミングで引っ越して来たということは、動物達に興味があるのだろうか?

 確か獣術じゅうじゅつという動物の力を借りる魔法を得意としていたはずだ。そう考えるとその可能性もあるだろうが、俺の魔法書を狙っている可能性もゼロではない。

 エルザはソフィアとの会話を終えると、俺に軽く会釈し階段を降りて行った。


「エルザさんなんですが、なんで引っ越して来たんですか? 何か理由とか話してました?」


「はい。もう歳だから田舎でゆっくりと余生を過ごす為だと言っていましたけど……」


「本当にそれだけですか?」


「ええ。私はそれしか聞いてませんけど、何か問題でも?」


「いえ、ならいいんです。ありがとうございました」


 不思議そうに首を傾げるソフィアに礼を言ってギルドを出ようとすると、すぐに呼び止められる。


「九条さん。報告は?」


「あっ、失礼。忘れてました。本日も異常なしです」


「はい、ご苦労様です。そういえば……あっ……」


 すぐに階段を駆け上がる。ソフィアに呼び止められたような気もしたが、それどころではない。

 エルザが本当に隠居生活の為だけにこの村に来たとは思えない。あの執念の塊のような老婆が、すんなりと諦めるとは到底思えなかったからだ。


「ワダツミ。さっきの老婆だが、何か感じなかったか? 敵意とか……」


「特には何も……。終始穏やかなように見えたが?」


「そうか……」


 何か腑に落ちないが、人間よりも五感の優れている魔獣であるワダツミがそう言うのだ。恐らく杞憂だろう。

 カガリ、白狐、コクセイには後でエルザのことは話しておこう。一応、念の為だ。

 その時だ。先を行くワダツミが足を止めた。


「どうした?」


「九条殿。部屋に誰かいるようだが……」


「賊か? だが、どうやって村に侵入した?」


 村の門から入ることは勿論、それ以外のところからこっそり入ることも出来ないはず。

 村中にいる獣達の警戒網は伊達じゃない。獣達が異常を感知すれば、俺にすぐ報告することになっている。

 もし獣達に気付かれずに村に入ることが出来るとするなら、気配を消すような魔法かスキルの可能性だが、ワダツミに悟られている時点で、それはないだろう。

 となると答えはひとつ。正面から入ってきても怪しくない人物。村の住人か顔見知りだ。


「よう、九条。久しぶりだな」


 ゆっくりと扉を開けると、そこに居たのはバイスだ。

 恐らく外に止めてあった馬車はエルザの物ではなく、バイスが乗って来たものなのだろう。

 足を組み椅子に腰かけテーブルに肘をつく姿は偉そうだ。まるで自分の家だといわんばかりのふてぶてしさ。

 その出で立ちは冒険者スタイル。といってもガチガチに鎧を着込んでいるわけではなく、軽い皮鎧に護身用のショートソードを腰から下げているだけ。得意の盾すら持っていない。

 まあ、馬車の中に置いて来ているだけなのかもしれないが。


「……」


「……露骨に嫌な顔するなよ。折角来たってのに」


「頼んでないんですけど……。そもそもどうやって入ったんですか?」


「ちゃんと鍵を開けて入ったに決まってるだろ。ギルドのスペアキーだが」


 バイスが摘んで拾い上げたそれを、ヒラヒラと揺らす。それはまごうことなき俺の部屋の鍵。

 ということは、ソフィアはバイスの来訪を知っていたのだ。知っているなら教えてくれてもいいものを……。

 ソフィアに多少の憤りを募らせ、俺がベッドへと腰を下ろす。


「ただ近くを通りかかったから寄ったわけじゃないぞ? ちゃんと理由ならある」


 突然の来訪を訝しんではいたが、王都からコット村までの距離を考えると、遊びに来たということはないだろう。

 願わくばその理由というのが、面倒事でなければいいのだが……。


「で? その理由というのは?」


「そうだなぁ……。いい知らせと悪い知らせ、どちらを先に聞きたい?」


 不敵な笑みを浮かべ楽しそうに聞いてくるバイスに呆れながらも、俺は自分の願いが叶わないことを理解した。

 唯一の救いは選択制であることか……。吉報の方に期待しよう。

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