第99話 グラハムとアルフレッド
「まさかこんな田舎の村で足止めを食らうとは……」
「ホントですよグラハムさん。こっちの予定も狂っちゃいますよね?」
本来であれば今日中にわかるであろう交渉結果が、九条不在で先延ばしになったのだ。
交渉さえ出来れば、確実に引き抜きは成功するとグラハムは自負していた。
第1王子の誘いを断るはずがないのだ。
コット村で活動する許可をギルドに口利きしたと言うだけで第4王女の派閥に入っている九条だが、報酬はほぼないに等しいと聞いていた。
それを上回る報酬を用意しているのだ。失敗する訳がないのである。
村の西門に繋いでおいた馬に跨り、野営の出来そうな広場を探しつつ街道を進む。
「それにしても九条という男は、なんでこんな村を拠点にしたんですかね?」
「さぁな……」
「ダンジョンなんかに籠らなくても、プラチナプレートならギルドが王都に研究室くらい建ててくれるのに……」
「きっと変人なんだろ? プラチナプレート冒険者なんか頭のネジが外れてる奴ばかりだからな……」
愚痴でも言わなければやってられない。しかし、これは歴とした任務だとグラハムは気を引き締めた。
なんとしてでも九条の首を縦に振らせ、いい返事を持ち帰らねばならないのだ。
この国に3人いるプラチナプレート冒険者の内の1人であるノルディックは第2王女の派閥に引き込まれ、もう1人はギルドお抱えの
そして、最後に残っているのが九条だ。
「アルフレッド。この辺りならテントを立てられるんじゃないか?」
「問題ないかと思われます」
「よし。じゃぁここにしよう」
村を出て10分ほど進んだ辺りの森の中。テントを張れるだけの平坦な場所を見つけ、馬から降りると設営開始だ。
テントは1人1つ。ピラミッド型で、広げた布の四隅をペグ打ちし、真ん中に1本ポールを立てるだけの簡易的な物。
とはいえ一辺が3メートルほどあるので、荷物と一緒に大人2人でも十分睡眠可能な広さを誇る。
2人はテントを建て終えると、焚き火の為の薪を集め始めた。火は野生の獣を追い払う意味でも必要だ。
問題は食事。水と非常食の干し肉は携帯しているが、それはあくまで非常食。お世辞にもおいしいとは言えない。
2人で話し合った結果、食事だけは村の食堂を利用することにした。
日が沈み闇が立ち込める。深い森の中はいつにも増して闇の密度が濃く感じられ、村は静まり返っていた。
(やはり田舎。王都の夜とは大違いだ……)
しかし、1カ所だけ明るく賑わっている場所があった。
ギルドに併設されている食堂である。扉の隙間から微かに漏れる活気。
2人が食堂へ入ると、一瞬の静寂が場を包む。
大勢の客達の視線の先にはグラハムとアルフレッド。そして何事もなかったかのように賑やかな店内へと戻った。
(私達が場違いだということはわかっている。村人達と慣れ合うつもりは毛頭ない)
ざっと見渡すも、空いている席は少ない。田舎の割にはかなりの客入りだ。
そこから2人分の空いている席を見つけて腰を下ろすと、給仕が注文を取りに来た。
明るい茶色の髪を後ろで1本に束ねている若い女性。
「ご注文は?」
「えーっと……。この『レベッカのオススメ定食』というのを2つ頼む」
「はいよ。旦那達、申し訳ないけど見ての通り今日は満員なんだ。ちょっと遅くなるかもしれないけどいいかい?」
「ああ」
給仕はそれだけ言うと、そそくさと下がって行く。
「それにしてもここに4日も滞在しないといけないんですよね? 流石に待つだけというのも……」
「そうだな……。村の外に深い森があるだろ? そこでウルフ狩りというのはどうだ? 最近ウルフの皮が高騰してるようだからな。ちょっとした小遣い稼ぎといこうじゃないか」
「確かに最近ウルフの革製品が値上がりしてますね。狩り過ぎちゃって数が少なくなってきてるんですかね?」
「いや、逆だ。ウルフはいるが狩れないようだ。理由は不明だが、人里を襲わなくなった事で、森の奥深くまで入らないといけなくなったらしく、やりづらいと狩人達が嘆いていたよ」
「そういえば最近は、この辺の家畜が被害にあったとかって聞かないですね……。小さい村なんかしょっちゅう報告上がって来るんですけど……。そんな事より換金はどうするんですか?」
「派閥にいる冒険者を通してギルドに換金してもらおう。ちょっと小遣いを渡せば喜んでやってくれるだろ」
「なるほど。頭いいっすね」
声を殺し笑顔を見せるアルフレッド。
(遅い……)
テーブルを小刻みに指で叩くグラハム。相変わらずガヤガヤと騒がしい食堂だが、まだ2人の定食が運ばれてくる気配はない。
その苛立ちを察してか、先程の給仕が酒とつまみを持って来た。
「すまないね旦那。もう少しかかりそうだからこれでも飲んで待っててよ。もちろん、この酒とつまみの代金はいらないからさ」
そしてすぐに下がっていく給仕の女性。
「態度の悪い給仕だと思いましたが、酒のサービスなんてなかなかいい店っすね」
アルフレッドはとたんに機嫌が良くなり、つまみの漬物を頬張り酒で喉を潤した。
先程の給仕が1人で仕切っている店ならば、忙しいのも頷ける。しかし、待たされているのは事実。
すでにアルフレッドとの会話もなく、周りの様子を窺うくらいしかやることがないグラハム。
酒の入ったジョッキを傾け待っていると、後ろで飲んでいた客の会話が自然と耳に入って来る。
「そういや、今年は鎮魂祭やってないんだろ?」
「そうみたいだな。なんでも盗賊騒動でそれどころじゃなかったって聞いたぞ」
「まあ、そりゃ仕方ねぇよなぁ。ていうか鎮魂祭ってなんでやってるんだ?」
「ああ、西のはずれに炭鉱があるだろ? 昔そこでデカイ落盤事故があったみたいで、大勢の炭鉱夫が死んじまったって話だ。その霊を鎮める為に、毎年開催してるって聞いたぞ」
「そうだったのか……。でも今年は出来てないんだろ? 何か良くないことが起きなきゃいいけどなぁ」
グラハムは心の中でくだらない話だと一蹴したが、この村が盗賊に襲われたという話は、出発前に調べていたので知っていた。
その話を聞き終わるや否や、ようやく2人の前に定食が運ばれてきた。
(味は悪くない……。この食堂のレベルであれば、しばらくは食事の心配はいらないだろう……)
野営地へ戻ると、そこはすでに闇の中。急いで焚き火を起こし暖を取る。
身体が温まってくると、酒が入ったこともあってかグラハムは強烈な眠気に襲われた。
旅の疲れもあった。ひとまず火の番はアルフレッドに任せ、グラハムは先にテントへ入ると眠りについた。
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