第65話 スタッグギルド

 次の日。朝食に呼ばれて食堂へと顔を出すと、そこにネストの姿はなかった。

 セバスの話によると所用で出払っているとのことなので、暇になった午前中は散歩を兼ねて観光へと行こうと思う。

 少しでもミアの気分転換になればいいのだが……。


「ミア! デートに行くぞ!」


「!?」


 自分の口からデートと言うのは恥ずかしかったが、思いの外ミアは喜んでくれた。

 ミアは、カガリに跨り街中を闊歩する。コット村ではそれが日常だが、王都ではそうはいかない。

 カガリを見るたび立ち止まり、驚いた様子を見せつつ道を開ける街の人々。申し訳ないと思いながらも、その様子が滑稽に見えて頬も緩むというものだ。

 ちょっとした食べ歩きをしながらの散歩道。活気のある市場に、馬車の往来が激しい大通り。目に映るもの全てが新鮮で心が躍る。

 さすがにカガリを店にいれる訳にもいかず、買い物は露店が中心であるが、それでも十分に満足出来る散策であった。

 2時間程度の外出で、巡回している警備兵に職務質問をされること3回。

 こんなデカイ魔獣を連れていたら、そりゃそうなるだろうとは思ってはいたが、ギルドプレートとアンカース家のペンダントを見せるだけですぐに解放されたのには驚いた。……恐るべし貴族……。

 

 長い間忘れていた感覚。誰かとする散歩なんて何時ぶりだろうか……。

 元の世界では仕事以外で外に出ることは少なかった。

 別にブラック企業に勤めていたというわけではない。実家は寺で、就職先が葬儀屋なだけ。

 家を継いだのは兄で、自分は就職活動もろくにせず坊主として実家の手伝いをしていた。

 近年の檀家の寺離れで家の経営が苦しくなってから、父親のコネで知り合いの葬儀屋に就職したのだ。

 学生の頃の飲み友達は社会に出ると疎遠になり、そんな時間が長く続くと、慣れからか1人で居たほうが気楽に感じられた。

 しかし、この世界に投げ出されミアと一緒に生活するようになってからは、それが一変したのだ。

 正直最初はどう接すればいいのかわからなかったが、今ではミアがいない生活は考えられない。

 隣で微笑みかけてくれるだけでいい。それだけで俺に元気を与えてくれるのだ。

 口に出すのは気恥ずかしいが、こんな生活が続くのも悪くない……。本気でそう思っていたのである。


 気分転換を満喫して屋敷に戻ると、ネストは俺達を待っていた。


「じゃぁ、行きましょうか」


 王都にはギルドが2つ存在している。全てを統括している本部と、通常業務の支部だ。

 本部は統括業務がほとんどで、帰還水晶やマナポーションなどの錬金製品の製造も担っているらしい。

 帰還水晶でのゲート出口は、こちらの帰還魔法陣に転送される仕組みだ。緊急で使われることが多いため、医療班も常駐している。

 今回案内されたのは、本部ではなく支部の方。

 とはいえ王都の支部である。見上げるほどの大きさはベルモントのギルドよりも更にデカイ。

 ネストが勢いよく扉を開けると、かなりの数の冒険者が目に付いた。

 比較的少ないと言われる午後でさえ、この数だ。

 中は広いが、基本的にはコット村のギルドと変わりない配置。受付カウンターに掲示板。それと冒険者の待機用だろう長椅子に、テーブルの数々。

 何もかもが大規模で、依頼掲示板は見えるだけで3つも存在している。

 そこにはコット村とは比べ物にならないほどの依頼書が、山のように張り付けてあった。


「おい……。あれ見ろよ。孤高の魔女だ……」


「ギルドに顔を出すなんてめずらしいな……」


 どうやらネストは結構な有名人らしい。

 まあ、ゴールドで貴族というだけでも知名度はかなり高そうではある。


「ちょっと支部長を呼んでくるから待ってて頂戴」


 近くのギルド職員に声を掛けるネスト。数秒のやり取りの後、2人はそのままカウンター裏へと消えていく。


 ひとまず言われた通り待っていようと最寄りの椅子に腰かける。

 ミアはというと、カガリの上でうつ伏せ状態。顔を隠し、両手両足でがっちりホールドしているその姿は、カガリがリュックを背負っているようにも見えなくもない。

 恐らく知り合いと顔を合わせたくないからなのだろうが、そんな小細工も虚しく、皆の視線はカガリに集中していた。


「おい、アレ見ろよ……。午前中に噂になってた魔獣だろ?」


「使役してるのは上に乗ってる奴か? 隣のカッパー――ってことはねぇよな?」


「上の奴動かないけど大丈夫か……?」


 ミアのリュック擬態作戦は即バレしていた。

 俺達を話題にするのは構わないが、出来れば聞こえないようにお願いしたい。

 正直言って居心地が悪い。まるで常連客だらけの店に1人で入ってしまったかのような場違い感である。


「あれ? お前は……」


 出来るだけ目を合わせないようにと俯いていたのだが、聞いたことのある声にふと顔を上げてしまった。


「ゲッ……」


 俺はそいつを知っていた。インテリクソ眼鏡である。

 俺が冒険者登録をした翌日、担当候補としてコット村を訪れていた3人のギルド職員の内の1人だ。

 ソフィアに高圧的な態度を見せ、いがみ合いへと発展したのをよく覚えている。


「コット村のカッパーじゃないか。何しに来たんだよ? お前が受けれる仕事はここにはないぞ? 早く帰れよ」


「人を待っているだけだ」


 相変わらず上から目線で話すのが気に入らない。

 ギルドではプレートで優劣がつけられるのはわかるが、だからと言って年上にとる態度ではないだろう。

 相手はどう見ても俺より年下。ネストやバイスは敬語ではないにしろ、普通に接してくれていた。

 カッパーだからと見下すようなこともなく、後から貴族だと知って、逆に驚いたくらいだ。


「となりの従魔はお前のか? 獣くせぇから外に出しとけよ」


 カガリは気にするそぶりも見せず知らんぷりを決め込んでいる。

 カガリにビビらないのは、冒険者がギルド職員に対して手を出さないと分かっているからだろう。


「おい、死神。目の前に先輩がいるのに挨拶もなしか?」


 ミアの身体がビクッと跳ねた。

 抱きつかれているカガリには、はっきりと伝わっているのだろう。ミアが小刻みに震え、怯えているということに。


「主、この者の存在はミアにとって有害です。早めに処分することを奨めます……」


 カガリに言われずともわかっている。俺がミアに関わるのをやめろと口を開こうとした瞬間だった。

 出入口の扉が勢いよく開かれ、皆の気がそちらに反れたのだ。


「おっす九条! ネストはどーした?」


 そこに立っていたのは、腰にショートソードを下げただけのラフな格好をしたバイスであった。

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