第50話 地下9層

 九条が炭鉱に戻って行くのを見送ると、ダンジョン調査隊の攻略が始まった。

 大きな部屋は何もなく、牢が並ぶエリアをあっさりと抜ける。

 そこで足を止め、声を上げたのはシャーリーだ。


「バイス、魔物の反応がある。先のフロアに10体」


「よし、戦闘準備だ」


 各自得物を手に取ると、お互いの準備が出来ているか確認し合い、出来るだけ静かにそのフロアに近づいて行く。

 魔物がいるであろう部屋の前まで来ると、その部屋の扉を豪快に蹴り開け、バイスを先頭になだれ込む。

 大きな衝撃音と共に全開になった扉の先にいたのは10体のスケルトン。物理タイプが7体に、魔法タイプが3体の混成編成。


「メイジがいるぞ! 散開しろ!」


「"グラウンドベイト"!」


 それはバイスのスキル。相手からの敵意を強制的に自分へと向けるものだ。

 自分が狙われることにより、他のメンバーが自由に動けるという利点がある。

 タンクは防御に専念すればいいし、回復はタンクにすればいい。アタッカーは、敵からの攻撃を気にせず動くことが出来る。パターンと呼ばれるパーティの基本的戦術の1つだ。


「"マルチレンジショット"!」


 シャーリーが弓を構えると、同時に3本の矢が放たれ、バイスに迫ってきていた2体のスケルトンと、後ろにいたメイジに命中した。

 頭蓋骨を粉砕され、その場に崩れ落ちたのは2体のスケルトン。

 遠くのメイジだけは、崩れるまでには至らない。


「【業火炎弾ファイアボルト】!」


 メイジに向かって放たれたネストの魔法は、着弾と同時に破裂する。

 命中したメイジはもちろん、その周囲にいたスケルトンも吹き飛ばされると壁へと叩きつけられ瓦解した。

 部屋に響き渡る甲高い金属音と、激しく飛び散る火花。


「おらぁ!」


 残りのスケルトンがバイスを同時に攻撃するも、それを全て盾で受け止め力強く弾き飛ばす。

 体勢を崩したスケルトンの後ろに回り込んだフィリップは、ロングソードの一振りで数体のスケルトンを崩壊させ、返す刀でその生き残りも粉砕する。

 残りは頭に矢が刺さっているメイジ1体のみである。それに突撃するバイス。


「おぉぉぉぉぉ!」


「【……】」


 聞き取れない言葉を口にしたメイジの杖から射出される炎の塊。

 バイスはそれを真正面から盾で受け止め弾き飛ばすと、その勢いのままメイジに激突し、盾と壁に挟まれたメイジはその衝撃でガラガラと崩れ去った。

 僅か数分。スケルトン程度が相手なら、何体だろうとこんなものだ。


「さて、どちらにいこうか……」


 疲れを見せない冒険者達。先程とは打って変わって静まり返った部屋には、2つの出口があった。

 右は下り階段。左からは水の滴る音が聞こえてくる。


「右側には多少の魔物の反応があるけど、左側は無反応。どーする?」


「魔物がいないなら左側から確認した方がいいんじゃないかしら?」


「そうだな、左側から潰していこう」


 バイスはネストの提案を受け入れ、一行は更に奥へと足を進めていった。



「これは……」


 長い階段を登っていくと、目の前に現れたのは大きな扉。それは封印された扉の裏側だ。


「これでこのダンジョンが繋がっているのが証明されたわね」


 ネストが封印解除を試みようと前に出るも、封印は解かれた状態のままだった。

 それを確認したバイスは両手を扉につけて、力を籠める。


「ぐぬぬ……」


 金属製の扉はやや重量があるものの、皆の予想とは裏腹に、あっさりと口を開けたのだ。


「開いた……」


 茫然と佇む一行。僅かに感じる風の流れ。その先には見たことのあるフロアが広がっている。


「帰りはこっちが使えそうだな。マッピングは必要なさそうだ」


「そうね。戻りましょうか」


 退路が確保出来たことと、このダンジョンが目的の場所だと判明したことにより安堵した一行であったが、むしろここからが本番である。

 来た道をすぐに引き返し、更に奥へと潜って行った。



「アンデッドばっかだな……」


 現在は地下8層をクリアにしたところだ。

 奥へ奥へと進んでいくが、出て来る魔物といえば下級アンデッドばかり。ただ、その数は尋常ではないほど多かった。

 シャーリーの索敵スキルで探知しながら進んでいるが、1つの階層に最低でも30体前後は徘徊している。

 密集していることが多く、ネストの魔法でまとめて吹き飛ばしていた為、それほど苦労はしていないが、予定より魔力の消耗が激しいのも事実。

 魔力回復用のマナポーションは、もう2本も飲んでいる。

 それはギルドお抱えのプラチナプレート錬金術師アルケミストのみが製造でき、ギルドから認定された依頼にのみ支給される貴重な物だ。

 残りは2本。ニーナやシャロン用にも取っておかねばならない為、これ以上は控えなければならない。


「シケてんな……。なんでこんなとこの調査受けたんだよ。このまま何も見つかんなきゃ割に合わねぇぞ……」


 フィリップが愚痴るのも無理もない。今回、ダンジョン内で手に入れたアイテムは山分けだ。

 その為、全ての部屋を探索しているのだが、めぼしい物は何も見つけられていなかった。

 バイスとネストはご先祖様の残した魔法書が目当てであって、ギルドの調査依頼はついでのようなもの。しかし、フィリップとシャーリーはそのことを知らないのだ。

 純粋にお宝目当てでの参加故に、何も見つからなければ不満が出るのも当然である。

 蓄積する徒労感。成果がなければパーティー内の空気も悪くなる一方だが、地下9層に足を踏み入れると、そんな雰囲気を一気に吹き飛ばすほどの圧がバイス達を襲った。

 今まで味わったことのないプレッシャー。それは前進を躊躇ってしまうほど。


「見つけた。魔族の反応……」


 全員が息を呑んだ。シャーリーの索敵スキルには魔族の反応が1つ。正面通路の1番奥の部屋だ。

 その部屋の扉は今までの木製の扉とは違い、金属製で重厚感溢れる作り。

 金色に輝くライオンを模したドアノッカーが一段と目を引き、それは明らかに異質であった。

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