第6話 担当職員

「九条さん! 九条さん! 起きてください! もうお昼ですよ!?」


 部屋に響くソフィアの声。

 ギルドから借りている無料の部屋は、六畳程度のワンルーム。あるのは簡素な箪笥とシングルベッド。小さなテーブルと椅子が二つだけである。


「もう九条さんの担当選別の時間、過ぎちゃってますよ!?」


「――ッ!?」


 ことの重要性に気がつき、急いで身体を起こすと酷い頭痛で頭を抱えた。


「うっ……いてえ……」


 二日酔いだ。いわゆる飲みすぎである。

 昨夜、食堂で夕飯をいただいていると、ひっきりなしに客がやってきたのだ。それも食堂にではなく、俺に対して。

 聞くと、カイルから新しい"村付き"冒険者の話を聞いてやってきたとのことで、村人たちがわざわざ挨拶に来てくれたのだ。

 とてもいい人たちで「ウチで採れたダイコンだから」に始まり、果物や野菜、タマゴやお酒など、数々の食材をお祝いとして置いていってくれたのだが、その量がまた凄まじい。

 新人とはいえ冒険者一人にこの扱い。それだけこの村が切迫した状況だったのだろうと思った半面、この期待に応えることができるだろうかというプレッシャーもあった。

 そして、俺の周りに山積みになったお祝いの品々をどうするべきかと悩み、それをソフィアに相談したところ、保存の効かない物は食堂で使ってもらい、それ以外の物は余っている部屋へと保管することを許されたのだ。

 その後、カイルも見張りの仕事を終え合流したのだが、俺がもらった酒に目をつけたらしく、そのまま酒盛りが始まったのである。

 最初は遠慮がちにしていたものの、酒の力も相まってすぐに皆と打ち解け、そのまま村人を巻き込み、盛大に飲んでいたのだが……。


 そこからの記憶がなかった。気がついたらベッドに横たわっていたのだ。


「もう、しっかりしてくださいよ……」


 少し呆れたように言うソフィアは胸元のプレートに手を当て、さらに逆の手で俺の頭を優しく撫でた。


「【治癒術キュア】」


 そこから伝わる暖かい輝き。すると、一日中休んでいたいと思うほどの鈍痛が、いとも容易く解消したのである。


「お、おお? 痛みが、消えた?」


「これくらいの二日酔いなら治せますけど、だからといって飲みすぎないでくださいね? あ、もちろんギルドでのお仕事中は飲んじゃダメですよ?」


「すいません。肝に銘じます……」


「だったらいいんですけど……」


 初日から遅刻、起こしてもらっておいて頭痛まで治してもらえるとは……。

 昨日の決意は何処へやら。さすがにこれ以上は迷惑をかけられないと勢いよく布団を捲る。


「キャアアアアアアアアア!」


 突然の叫び声、そして部屋を出ていくソフィア。もしやと恐る恐る視線を落とすと、纏うもの一つなく、無防備な身体が露になっていたのだ。

 なぜ裸なのか……。頭痛はしないが、思い出せない。さすがの魔法も、記憶まで戻してくれることはないらしい。


 部屋を見渡すと、手術着はギルドのプレートと共にテーブルの上に置かれていた。

 寝坊の上にセクハラとは……。現代であれば訴えられてもおかしくないなと思いながらも、俺は手早く準備を済ませ二階のギルドへ降りていった。


「やっと来たよ。新人のクセにいいご身分だなあ?」


 二階ではソフィアが、見知らぬ三人のギルド職員に頭を下げていた。

 着ている服がソフィアと同じようなデザインだったので、ギルドの制服なのだろう。

 ギャルっぽい十代の女性と、二十代前半くらいの髪の短い女性。それと眼鏡を掛けた、いかにもインテリ風の男性の三人。


「ゲッ、おっさんじゃん。新人だって言うから若いかと思ったのに……」


「その歳でカッパープレートなら冒険者としての才能はないですね。早急に辞めることをおすすめします」


「僕はシルバープレート以上じゃないと担当は御免だね。カッパーなんか担当して僕の担当歴に傷がついたらどうするんだよ……」


 俺がよく思われていないことだけは分かった。だが仕方ない。遅刻した自分がいけないのだ。甘んじて説教も受け入れるのだが、少々怒りの矛先がおかしい気もする。

 遅刻うんぬんではなく、そもそも俺の担当になる気がなさそうだ。


「ええっと……こちらから、九条さんの担当職員を選んでいただくのですが……」


「おい、おっさん。私を選んだらぶっ殺すぞ」


「私も遠慮していただけます? 他にも担当しているので忙しいんですよ」


「僕も拒否する。そもそもなんでここのギルドは冒険者側が担当を選ぶんだ? 普通はこっちが選ぶ側だろうが」


「それだと、誰も担当につかない冒険者さんが出てしまうので……」


「うるさい! そんなことはお前に言われなくても分かってるんだよ! カッパーのクセに僕に意見するんじゃない!」


 ソフィアの言葉にインテリ眼鏡は座っている長椅子をドンと叩き、語気を荒げる。

 よく見ると、インテリ眼鏡と髪の短い女性は、銀色のプレート。ギャルは青っぽいプレートを胸元にぶら下げていた。


「そもそもカッパーでギルド支部長って……。こんな赤字のクソ田舎ギルド、さっさと潰れちまえばいいのに」


「すいません……」


「そんなんだから最底辺のギルドしか任せられないんだよ! ギルドの穀潰しが!」


 この三人よりソフィアの方が、立場的に弱いのだろうというのは見ていて分かる。

 だが、人として言ってよいことと悪いことの区別くらいはつくだろう。俺が怒鳴られるのなら仕方がない。だが、ソフィアは何もしておらず、それを間近で見せられれば苛立ちもする。

 相手は俺より年下だ。ちょっと文句を言ってやろう。それくらいの気持ちだった。


 インテリクソ眼鏡を睨みつけ、ズカズカと近づいていく。


「ん? なんだおっさん。やる気か? カッパーごときが僕に勝てると思ってるのか?」


 インテリクソ眼鏡は左手で胸元のプレートに触ると、右手を広げ俺へと向ける。


「やめてください!」


 それを止めたのはソフィアだ。俺を後ろから抱きしめるように抑え込んだ。


「冒険者がギルド職員に手を上げれば罰せられます! プレートを剥奪されたら冒険者を辞めることになりますよ!?」


 ソフィアの言葉で我に返る。決しておっぱいが背中に当たっているからではない。

 ここで冒険者を辞めてしまっては、俺だけではなく村にも迷惑がかかると思い返した。

 一度冷静になるべきだ。耐え忍ぶことは、悟りを開く修行の一環でもある。

 そのため、俺は背中のおっぱいに意識を集中させた。


「フン……」


 俺が思い止まったのを見て、プレートから手を放すインテリ眼鏡。

 背が低いのに無理矢理見下そうとしているためか、顎が上がっていてどこか滑稽にも見える。


「ソフィアさん。おっぱ――いや、担当を選ばないっていうのはダメなんでしょうか?」


「規則なので、担当は決めていただかなければなりません……」


 俺が冷静になったのを確認したうえで、ソフィアは俺から離れ肩を落とす。

 規則なら仕方がないが、正直こいつらはこちらからも願い下げ。


「ソフィアさんは担当に選べないんですか?」


「すいません。支部長はギルドをあまり離れられないというのもあって、担当は一人までなんです。私はカイルさんを担当しているので……」


 消去法で考えると、ギャルっぽい子が一番マシだろうか?

 口は悪いが、ソフィアに対しては何の感情もなさそうだ。


「おい、おっさん。何こっち見てんだよ。キモいんだよ。殺すぞ」


 こっわ……やっぱ無理……。

 どうしても決めることができずに悩んでいると、食堂から上がってくる何者かの気配に振り返る。

 そこに姿を現したのは、冒険者ギルドには似合わない小さな女の子であった。

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