第2話 黒い男

翌日、俺は学校が終わって一旦家に帰ってから葉月の病室へ向かう事にした。

葉月に頼まれていた暇潰しの為の漫画本を持っていく為だ。

ついでに葉月の家にも寄って、おばちゃんに他に何か持っていく物はないかと聞いたら、葉月の着替えを持って行って欲しいというので、着替えも一緒に持っていった。


葉月の病室に着くと、寝ていた葉月が起き上がった。


「お、こうちゃん。例の物、持ってきてくれたんだろうね?」

「これか?」


俺は漫画本を袋から取り出して、葉月に表紙を見せた。


「おー、やったね!胸がキュンキュンするような恋愛物の少女漫画も持ってきた?」

「いや、そんなのねぇよ。俺が少女漫画なんて持ってるわけねぇだろ」

「最近の男子でも読む人は読むんだよ。こうちゃんも女心を勉強しないと」

「余計なお世話だよ」

「後、これおばちゃんから。着替えな。ここに置いておくぞ」

「サンキュー」

「………………」

「………………………………」

「………………なあ」

「ん?」

「ちょっとじっとしてろよ」


俺は葉月の頭を掴んで、昨日図書館で調べて覚えてきた、首の後ろの方にある左右二つの風池のツボを力強く思いっきりグーッと押した。


「痛い痛い痛い痛い!!!!何やってるの!!」

「ああ。風池のツボって言ってな。熱の症状を和らげる働きがあるんだ」

「入院してる病人にやる事じゃないでしょ。信じられない」

「痛いって事は効いてる証拠だ。もう一回」

「あああー、ダメダメダメダメ。なに続けようとしちゃってるの。ほんと信じられない」

「昨日頑張って調べ上げたんだぞ」

「もっと病人の負担にならないような事を調べてきなさいよ。バカ」

葉月に拒否されてしまい、これ以上は風池のツボを刺激する事ができなかった。

良いと思ったんだけどな。


それから学校での出来事やクラスの奴らが葉月を心配してる事を話した。


「じゃあ俺もそろそろ帰るわ」

「うん。またね」


さてと……

俺はもう一つ、気がかりなことがある。


俺は病院を出た後、警察署へ向かった。

黒い男は、無事に捕まったのかが気になったからだ。

警察署に着いて、話を聞いてもらいたい事を伝えたら担当の人が来てくれた。


「お待たせしました。担当の山下です。今日はどうしましたか?」

「黒い男の不審者についてなんですけど、犯人は捕まったんでしょうか?昨日、警察の人に追われているのを目撃しました。もし捕まっていなかったらと思うと気になって」

「残念ですが捜査状況については、お答えができなくてですね……」

「実は昨日、黒い男に話しかけられました。白石葉月を知っているか?と聞かれました。俺の幼馴染の名前と同じなんです。もしも何かあったらと思うと……」

「白石葉月さんの家の住所や学校について詳しく情報を教えてもらえますか?」

「はい。それから今、葉月はちょっと体調が悪くて入院しているんです」

「病院の名前は?」

「大下大学病院です。家の住所は――」


俺は葉月の住所や学校、病院等の情報を警察の人に伝えた。


「分かりました。白石葉月さんの家、学校、病院の辺りを巡回する際には、時に気をつけて回るように現場に伝えておきます。情報提供ありがとうございます」

「よろしくお願いします」


警察署を出て家へと帰る道、橋のところで、また黒い男の後ろ姿を見かけた。

アイツだ……。


俺は走っていき、少し近づいて大声を出した。

「おい!!お前」


後ろを振り向いた黒い男。

「………………白石葉月はどこだ?」

「葉月に何をするつもりだ」

「………………どこだ?」

「お前なんかに教えるか!!」

「………………言え」

「答えろ!!」

「……………………どこだ?」


黒い男がゆっくり近づいてくる。

コイツ、刃物とか持っているのだろうか……?


警察に追われてるって事は犯罪者って事だろう?

阿部との会話が頭をよぎる。


まさか殺人鬼?

葉月の命を狙ってる?


少し後ろに下がり、黒い男の挙動を警戒する。

妙な動きをしそうになったら、一気に飛びかかって抑え込もう。

黒い男が右手を挙げたと思ったら、自分の耳に手を当てた。


今だ!!

動き出そうとしたその瞬間だった。


「…………………………どうした」


なんだ?


「………………………………ああ。今……橋のところだ」


誰かに連絡を取っている?

コイツ仲間がいたのか?


どうする……。

仲間が来る前にコイツを倒さないと。


どうする?

走って逃げて警察に電話?

いや、また逃げられる。

どうする。


「……あれ?この人は?」


いつの間にか女の子の姿があった。

なんだ!?

一体どこから……。


「……………………白石葉月を知ってる」


黒い男は、女の子に向かって話しかけている。


「初めまして。あたしはソフィア。マスクからもう話は聞いてる?」

「……何の話だ?」

「…………マスク。あんた、この人に何したのよ。めちゃくちゃ警戒されてるじゃない」


ソフィアと名乗った女の子は、マスクと呼ばれた黒い男に困惑しながら話しかけた。


「……………………」

「はぁ……。まあいいわ。ねぇ、あなた。葉月ちゃんの知り合い?」


少なくともこのソフィアという女の子は、マスクという男より話が通じそうだ。


「………………幼馴染だ」

「幼馴染!!良いなぁ。あたし幼馴染って響きに憧れてるの。ねぇ、あなた。もしかして葉月ちゃんの彼氏だったりするの?」

「……い、い、いやいや。彼氏じゃねぇし」

「良いなぁー。その反応!」


キャッキャと、楽しそうにはしゃぐソフィア。


「……それで葉月に何の用?」

「葉月ちゃんの高熱には原因があるの。あたし達は葉月ちゃんを助ける為に葉月ちゃんを探していたの」

「……どういう事だ?」

「それはまた後で説明するわ。話すと長いの。彼氏のあなたも一緒に来てくれる?」

「い、いや、彼氏じゃ……。それで、どこへ?」

「葉月ちゃんの入院してる大下大学病院。病室どの部屋だったか聞いてくるの忘れちゃってたの。丁度良いから案内して」


葉月の高熱の原因を知っている……?

コイツら、信用して大丈夫なのか?

そんな事を考えたが、このソフィアという女の子は、大下大学病院と言った。

大下大学病院に葉月が入院している事を知っている。

コイツらを放っておいて、勝手に葉月に会われる方が心配だ。

何があるか分からない。

なら俺も着いていく方がいいか。


「わかった。行こうか」

俺は病院の方へ歩こうとした。


「待って。あたしの手を握ってくれる?」

ソフィアは、なぜか自分の手を俺の方に差し出してきた。


「へ?手を?」

訳も分からないまま、戸惑いながらもソフィアの手を握った。


「マスク。あんたも早く、自分のミステル出しなさいよ」

「………………ミステル…………マグナ…………ない」

「はぁ!?なんでよ!?どうして!?」

「………………追いかけられてる……時に……落とした」

「しょうがないわね。あんたも早く手出しなさいよ」

「…………………………」


ミステル?マグナ?

何の話だ?

無言のまま、マスクもソフィアの手を握った。


次の瞬間、大下大学病院の前にいた。


「これは………。どうなってるんだ……」

「これは瞬間移動装置ミステル。あんまり長い距離飛べないのが難点だけどね」


そう言われて差し出されたソフィアの手を見てみると、手の中には、小石のような小さな物体があった。


「さあ葉月ちゃんの病室に行きましょう」

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