宇宙を渡る声 大地に満ちる歌

@hiromi-tomo

プロローグ

 海が、光っていた。

 暗い海の向こう、右側の――西側の水平線が、仄かに茜色を帯びて明るい。あちらに昼が去り、夜が訪れるのだ。だが、それとは別に、海が光っている。うねる波の下にいる無数の小さなモノ達が、光を放ち、岸辺に立つ者の姿を青く柔らかく照らし出している。

 小柄で華奢な姿をしたその者は、こちらに背を向け、ほっそりとした両腕を広げて、纏った白い服を正面から大きく風にあおられながら、大海原へ何かを捧げるかのように佇んでいる。

 不意に、白い服が動きを止め、その者の細い輪郭をなぞるように静まった。海から吹き続けていた風が止んだのだ。夜と昼との狭間、凪の時間の到来だ。

【何度隔てられても、どんな彼方からでも、どんなに嫌われようとも、何度でも何度でも――】

 不思議な声で話しながら、その者がゆっくりと振り向く。

【手を伸ばしたい。出会いたい。分かり合いたい。どんなに隔てられても、どんな隔てを超えてでも、あなたの許へ行きたい。あなたへ辿り着きたい。あなたに触れたい。そう思うのは、おかしいでしょうか……?】

 真面目に、困ったように問いかけてくる、その顔をよく見ようとして、目が覚めた。

(誰だったんだ……?)

 知っている相手ではない。男か女かすら、はっきりとしなかった。けれど、妙に懐かしいような、慕わしいような相手だった。

(ああ、駄目だ、忘れちまう――)

 夢の風景は急速に遠ざかり、現実が圧倒的に迫ってくる。

(……さっさと起きて、仕度しねえとな)

 石一信ソク・イルシンは、枕元に置いた腕端末の時計を見た。表示されている時間は、人類ザ・ヒューマン宇宙カインド・スペース基準暦に準じた基準時間で、二三四二ふたさんよんふた時。八時間の休息終了まで、後二十分弱だ。次の八時間の待機の間に、食事や書類仕事を済ませなくてはいけない。その後は、八時間の勤務だ――。


      * * *


 太陽系時代の地球文明期、宇宙文明期、人類宇宙時代の分散文明期を経て、人類は、人類宇宙時代集合文明期を迎えた。各宙域リージョン、各有人惑星間の経済・文化交流により、人類はかつてないほどの繁栄を謳歌することになったが、反面、文化摩擦や、経済格差、疫病の伝染など、交流に伴う問題も起こり、人類宇宙規模での争いを引き起こす元ともなった。人類宇宙基準暦五二四年から断続的に十年間も続いたスヴェトラーナ紛争や、五四〇年から五四三年にかけてのエデン内戦、五四五年から五四六年にかけてのサン・マルティン封鎖、五五三年のバー・レーン事変は、それらの中でも顕著なものである。そして、基準暦五五四年。人類宇宙は、様々な問題を抱えつつも、人類ザ・ヒューマン宇宙カインド・スペース・アームド・サービスズの活躍により、とりあえず、平穏の内にあった――。

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