TR-28 - With a Little Help from My Friends

 記者やファンたちに知られていないマレクのザフィーラを借り、ロニーたちは事務所の建物の裏手でテディを乗せ、街へと車を走らせた。リアシートで辛そうなテディを介抱しながらユーリが後ろを見やり、ついてきている車はなさそうだと確認してくれ、ハンドルを握っているロニーはほっとした。

 そして途中、エロティックシティと、テスコというスーパーマーケットに立ち寄ると、ロニーはひとり車から降り、頼まれたものを買いに行った。

 テスコでは店内滞在時間の最短記録ではないかという早さで買い物を済ますことができたが、エロティックシティという初めて入る店――しかもやや特殊な――では、そうはいかなかった。どきどきと早鐘を撃つ心臓の音を聴きながら、真っ赤に火照った顔で店を出たロニーは、剥れながら急いで車をだした。

 やや荒い運転で、三人の乗った車は六、七分ほどでテディのフラットに到着した。

 周囲に人影がないのをまた確認し、そろそろと車から降りる。ユーリはテディに肩を貸し、腰に手をまわして支えながらルカの後に続き、部屋に着くとすぐソファに坐らせてやった。

 苦しそうにソファの背に縋りつくテディに、冷淡な声で「どこにある?」とユーリが尋ねる。

「……冷蔵庫」

「わかった」

 冷蔵庫? とロニーが首を傾げていると、ルカが背後で呟くのが聞こえた。

「変わってないな。昔、錠剤なんかも冷蔵庫のチョコの缶に入れてやがった」

 ロニーは隠すためかと納得しかけたが、それだけじゃないのだろうなとすぐに気づいた。棚の抽斗などに入れておくより、清潔で品質を保持できる気がするのだろう。自分もそういえば、サプリメントの類いはボトルごと冷蔵庫に仕舞っている。

 ユーリが冷蔵庫を開けて、大きめのプラスチック容器と精製水のボトルを出してきてテーブルの上に置くと、テディが這い寄ってきて容器の中身を並べ始めた。蓋を開けた容器のなかの半分は、使い捨ての小さな注射器シリンジのパックだった。それをひとつ取って封を開け、テディはどんどん慣れた手つきで準備を進めた。その様子を、ロニーは今回だけなのだと自分に言い聞かせながらぐっと堪らえ、黙って見ていた。

 ジッポーの火でスプーンを炙り、シリンジに吸いあげる。いったんそれを置きテディが舌舐りしながら袖を捲った腕に紐を巻きつけると、ユーリはシリンジを取って針先を上に向け、空気を――否、中の僅かな溶液を押しだした。

「!! なにするんだ……!」

 テディが目を瞠ってユーリの手からシリンジを奪う。ユーリはまったく表情を変えず、テーブルの上に散った溶液をティシューで拭い、丸めて屑箱に捨てた。

「どうした? 早く打てよ……半分だけ許してやる」

 なるほど、とロニーは思った。ユーリは最初からこうするつもりだったのだ。テディはユーリを睨みつけていたが、半分でも離脱症状から抜けだすのが先と思ったのか、もう一度締め直した紐を口に咥え、針をガイドのように無数に並んだ青紫の痕の端に突き立てた。少し血を引いて咥えた紐を離し、プランジャーロッドを最後まで押しこむ。そうして腕から針を抜くと、テディは大きく息を吐いて後ろのソファに凭れた。

「どうだ、とりあえずきつい痛みとかはなくなっただろう」

「……でも足りない」

「足りる量を欲しくなるたびに打ってるから中毒になんかなったんだろうが。このばかが」

 テディはばつが悪そうに外方を向いた。ふっとユーリが笑って、髪をくしゃっと撫でる。

「とりあえず今のうちにメシ食っとけ。水分も摂っておいたほうがいいぞ。――ロニー、なにを買ってきてくれた?」

「え、バゲットと惣菜パンと、ソーセージとチーズとトラチェンカ……あとはスタロプラメンとアップルタイザー」

「充分充分。どうだテディ、食えそうか」

「少しもらうよ……。っていうか、今のうちって、なんだよ」

「それはあとのお楽しみさ」

 楽しげに答えながら、精製水と蓋を閉めた容器を持ちキッチンへと立ったユーリを見て、ロニーはルカに小声で云った。

「……ユーリって、絶対ちょっとSっ気あるわよね」

「あるな。でも、知ってるか? サディズムSadismのSはサービスServiceのSでもあるらしいぜ」

「ああ……確かに、奉仕してるのはSの側かも」

「そこ、聞こえてるぞ。おまえら呑気だな」

 キッチンから取ってきたらしいフォークとナイフを一組テーブルに置くと、ユーリが云った。

「まいった。とりあえずこれだけはみつけたが、こいつんち皿もなんにもねえ……」

「ええ? ちょっとテディ、あなた普段なに食べてるのよ」

「え……、デリバリーかテイクアウェイ……」

「なるほど。それなら確かに、皿は要らないな」

 しょうがないので買ってきたトレイのまま切り分け、ソーセージもチーズも手掴みで食べることにした。が、包丁すらないのでバゲットをどうしようかと悩んでいると、テディがどこかからシースナイフをだしてきた。

 ユーリが天然木のグリップと埋めこまれた銀の装飾を見ながら「いいの持ってるな。俺も新調しようかな」と云うのを聞いて、ロニーは呆れたように溜息をついた。

「なんで男ってそういうものが好きなのかしらね。そんなのあったってなにに使うのよ」

「なににっていうか、なんかのときに役に立つかなって感じだよな」

 確かにたった今、役に立ったばかりだ。

「だな。あとはただ単に一本くらい持ってたいだけか……まあ、ほんと云うと銃が欲しいんだけどな。それこそ使うわけじゃないが」

「ああ、チェコって登録証があれば持てるんだったわね」


 チェコ共和国は、銃器所持免許証を取得すれば小火器を、目的によって十八歳以上か二十一歳以上で所持することができる。ただし――


「免許、取らないの?」

 テディがそう訊くとユーリは、苦い顔をして答えた。

「あれを取るにはいろいろ条件があってな……検定合格証とか健康診断書とか。そのひとつに無犯罪証明書ってのがあるんだよ。俺はそれに引っかかるんでだめなんだ」

「ええっ、ユーリあなた、前科があったの!?」

「ああ、ガキの頃ちょっと悪さが過ぎて……喧嘩で相手を怪我させちまった。で、使ってないのに凶器所持とられてな」

「刑務所とか、入ってたの?」

 ロニーが訊くと、ユーリはぴく、と一瞬動きを止め――ふっとなにかを笑い飛ばすように、スタロプラメンを呷った。

「……ああ、六ヶ月だけな。まだ十六だったんで……、少年犯罪者ヤングオフェンダーズセンターってとこで、更生プログラムとかいうのをやらされたな」

「ふふっ、不良ワルだな……あんまり更生してないし」

「うるせえ。今のおまえにだけは云われたくないぜ」

 テディは笑ってアップルタイザーを飲んだ。ここへ帰ってくるまでと違って、以前と同じおとなしい喋り方になんとなくほっとする。すると――

「それ、旨いのか? 一口くれ」

 そう云って、ユーリがテディのアップルタイザーの瓶に手を伸ばした。

 ユーリがビールを飲んでいる途中でノンアルコールドリンクに興味を示すのが意外すぎて、ロニーはチーズを齧りながらじっと様子を見ていた。ごくごくと一息に半分ほど飲み、ユーリがまじまじとその緑色の小瓶を見つめる。

「なんだ、まじで旨いんだなこれ。アルコールじゃないのが残念なくらいだ」

「アルコールじゃないからいいんじゃないか。……あれ、返してくれないのか」

「ああ、気に入った。おまえこれ飲め」

 ユーリはまだ開けたばかりの二本めのスタロプラメンをテディに押しつけた。

「ええ? 俺そっちのほうがいいんだけどな」

「おまえはいつも飲んでるんだろ? いいじゃないか」

 肩を竦めてテディが自分の前に置かれたビールを飲むと、ユーリがにやりと口許だけで笑った。ああ、なにか考えがあってのことなんだとロニーは察し、黒胡椒のきいたソーセージのトレイをテディのほうへ押しやった。

「こういうの食べるといいのよ。ビールには最高なんだから」

「いや知ってるけどさ……」

 薦められて素直にぱりっとソーセージを食べながら、テディはスタロプラメンを呷った。





「ほんとに弱いな」

「なによ、端から潰す気だったんでしょう?」

「まあな」

 二本めのスタロプラメンを飲んでいる途中でぐったりと眠ってしまったテディを見やり、ユーリはその飲みさしの瓶を取った。それをくいっと呷ると「じゃ、そろそろ始めるか」と云って立ちあがり、ベッドの周りを片付け始めた。

 サイドテーブルの抽斗を開け、一瞬無表情に中を見つめたかと思うとそのまま閉める。ルカも立ってエロティックシティの袋を手にするとベッドに向かって放り、「運ぶか?」とユーリに訊いた。

「ああ、そっとだぞ……また前みたいにパニックを起こすかもしれないからな」

 ついさっきまでいつものように莫迦話をしてふざけていたのに、今はユーリもルカも、まるで今から戦地にでも赴くような厳しい顔つきでテディを見ていた。

 云ったとおりに慎重に、テディを二人掛りでそっとベッドに運ぶと、ユーリは袋のなかからロニーの買ってきたものを取りだした。

「おいロニー、こりゃなんだ。フルセットじゃねえか……拘束キットとボールギャグと首輪にロープに……おいおい、パドルとニップルクリップまでありやがる」

「知らないわよ! 売り場もよくわからなくて困ってたら店員さんが勧めてきたから! でもいちおう、痛くないように裏地ついてますかって訊いたのよ! そしたら店員さん、にこにこして初心者さんですかー、大丈夫ですよって、これは人気商品ですって! それじゃだめなの!?」

「いや、かえっていい……ちと面倒だが」

 また真っ赤な顔をして口先を尖らせているロニーをまったく気にすることなく、ユーリはくそ、寝かせる前に確かめりゃよかった、とぼやき、ベッドの下から黒いベルトを足許へまわした。ルカがそれを取りベッドフレームの隙間を通して、テディの靴下を脱がせ代わりにそれを装着する。同じようにユーリもスチールとパインウッドのヘッドボードの隙間から通し、黒いバンドをテディの手首に巻きつけた。

 テディは少し頭を動かしたが、なにも気づかずに眠っている。

「準備完了……ああ、ロニー。悪かったな、もう帰っていいぞ」

「ええ? 私も心配だから手伝うわよ……当然でしょ」

「いや、悪いことは云わない。ここから先は俺らに任せて、帰ったほうがいい。……俺も、さすがにあんたの前じゃやりにくい」

 ユーリは怖くなるほど真剣な表情で云った。ルカも頷く。

「俺も帰ったほうがいいと思うぜ。いたってどうせ見ていられないだろうし」

 今から起こることをあらためて想像して、ロニーはわかった、と素直にその部屋を後にした。




       * * *




 ロニーが帰ってから、約一時間後――

 僅かに身じろぎ、テディの意識はゆっくりと浮上した。

 寝返りを打とうとした気がするが、なにかにそれを妨げられた。思うように躰を動かせなかった違和感に、ゆっくりと目を開ける。

 眉をひそめ、左手から伸びている黒いベルトを見るとテディは驚愕し、手を思いきり引いた。同時に脚が引っ張られ、びくりとして頭だけ起こし、脚を見る。ブランケットが掛けられていたが足先まで覆われてはいず、少し動かすと足首に手首と同じ、黒いバンドがつけられているのが見えた。ベッドに縛りつけられているのだ。

「……なんだよこれ!!」

「目が覚めたか。調子はどうだ?」

 壁際に置いていた椅子がベッドの傍らに移動されていて、そこにルカが坐っていた。

「これはなんだって訊いてるんだよ! 外せよちくしょう!」

「なんだって……拘束具だな。自由には動けないけど、そんなに痛くはないだろ?」

「だから、なんだってこんなもので俺を拘束してるのかって訊いてるんだろうが!」

「うるさいな……でかい声をだすなよ。ユーリが起きちまうだろ」

 その言葉に、テディは開け放たれたドアのほうを向いて首を伸ばした。カウチソファの肘掛けから、確かに組まれた脚と、コートやスローケットが掛けられているのが見える。

「ああ、トイレに行きたいときは云えよ。そのときだけは外してやるから」

「……トイレに行きたい」

「ほんとかよ」

 疑わしげな目を自分に向けながらも、ルカはしょうがねえな、とベッドにあがってきた。ブランケット越しに覆いかぶさるようにして、右手首に装着されたバンドとベルトを繋いでいる金具を外す。続いて左手も自由に動かせるようになると、テディは自分で手枷自体を外そうとした。しかし。

「待った待った。それはだめ」

 テディの手を取り、ルカは外したばかりの金具を今度はもう一方のバンドにかちりとつけた。するとそれだけで、もうテディには手枷を外すことはできなくなった。

「なんなんだよいったい……。俺が寝てるあいだにSMごっこでも始めたのか?」

「SMごっこってよりお医者さんごっこかもしれないぜ? で、調子はどうなんだ」

 その言葉で、テディは自分が何故こんなものでベッドに拘束されていたのかを覚った。

「……嘘だろ、まさか」

「なにが嘘だよ? おまえ、あと一回だけって云ったじゃないか。もうやめるんだろ?」

 話しながらルカは足枷を外すと、「さ、トイレだろ。行こう」と、テディを立たせた。ベッドルームを出てリビングを横切りながら、テディはソファの上で目を閉じているユーリをちらりと見た。

 ルカがこうやってついていて、ユーリが今は眠っているということは、彼らは交代で自分を見張るつもりなのだろう。もうヘロインを打たせてはもらえないのかと思った途端、頸筋に冷や汗が伝い、俄に口の渇きを感じた。

 こんな拘束具まで用意して――そういえば、エロティックシティがどうのという会話を聞いたような気もする――彼らは、本気で自分に悪癖を断たせようとしているのだとわかる。

「さっさと済ませろよ。ここで待ってるからな」

 テディがバスルームに入ると、ルカはそう云ってドアを閉めた。

 ユーリが眠っている今なら、ルカだけならなんとかなるかもしれない。テディは両手の自由を奪っている手枷を外すことができないかと、バンドを繋いでいる金具を蛇口に引っ掛けようとした。が、そう巧くはいかず、かつんかつんと音が響くだけで、とても外せそうにない。

 そのとき「おい、済んだか? 開けるぞ」と声がした。テディは咄嗟に開きかけたドアを勢いよく押してバスルームを飛びだした。ばんと音がして、額と肩のあたりをぶつけたらしいルカがよろめく。

「痛ぇな! この野郎――」

 呻くルカに、テディは容赦なく体当たりした。すると手枷が外れていない所為で、肘鉄を喰らわせるかたちになった。もろに鳩尾に入り、息が詰まった様子でルカが苦しげに躰を折る。テディはそれを見て一瞬動きを止めたが、自分を責めるルカの視線から逃げるように背を向けた。

 足早にキッチンへと向かい、冷蔵庫を開ける。しかし――

「ちくしょう、どこへやった……!」

 大きくはない冷蔵庫のなかには、一式を入れたあの容器の影も形もなかった。頭にきて、テディはばん! と力任せに冷蔵庫を閉めた。

「――やれやれ。おまえは利口だと思ってたのに、薬ってのはほんとに怖いな……こんなに莫迦になっちまうのか」

 背後から聞こえたその声に、テディはびくっと身を竦ませた。振り向くと、ユーリがキッチンと部屋を仕切っているアーチに凭れ、腕を組んで立っていた。

「同じところに大事に置いといてやるわけがないだろうが。ああ、でも安心しろよ。また必要になるから別のところに保管してある。禁断症状がいよいよひどくなったときにショック死されたら困るんでな、そのぎりぎりでまた半分だけ打ってやる。わかったか?」

 それを聞いて、テディは信じられないというようにゆるゆると首を振った。

「嘘だろ……? 俺はてっきり、病院に送られるもんだと……」

「なんだ、病院のほうがよかったのか?」

「そういうわけじゃない、けど……」

 ユーリはいつもとはまったく違う荒々しさで肩に手をまわすと、ベッドルームへと促した。ルカと違い、荒っぽいことに慣れていそうなユーリから逃げられる自信は、テディにはなかった。途中、額を押さえて立っていたルカの前で立ち止まり、ユーリがその顔を見て呆れたように云う。

「まったく、使えねえお坊ちゃんだなおまえは」

「別に逃げられたわけじゃないからいいだろ」

 ルカがむっとして口を尖らせる。だがユーリは、駄目押しのようにばっさりと云った。

「ドアの前に立つ莫迦がいるかよ。場数が足りねえとだめだな」

 足りないどころか、ルカはまともに喧嘩すらしたことがないはずだ。ついテディがふっと笑いを漏らすと、ルカはおもしろくなさそうに膨れっ面をした。


 ふたりはまたベッドに自分を拘束するつもりのようだった。これから起こることが怖ろしかったが、逃げることはもう叶いそうになかった。ルカが腕を取り、背中を支える。が、それは躰の具合を心配してのことなのか、それともまた逃げられないようにと思ってのことなのか、判然としなかった。

 ベッドの真ん中に坐らされ、テディはもう諦めたように脚を投げだしていた。その足首に足枷をつけながら、ユーリが穏やかな口調で話し始める。

「病院に頼るとどうなるか、おまえ知ってるか? 俺はな、ルネが死んでから悔しくてたまらなくて、どうしたらよかったのかっていろいろ調べたんだよ……ああなる前に、俺にできることはなかったのかってな。で、医者になんか頼っても、メサドンってヘロインの代わりの薬をどっさり処方されてヘロイン中毒がメサドン中毒に変わるだけだって、そのとき知ったのさ。

 なんだかどこでもメサドン治療は当たり前みたいになってるが、あれはスマックみたいに気持ちよくしてくれないくせに、やっぱりそれが切れると禁断症状には襲われるんだ。いったいどこの誰がそんな莫迦げた治療を続けようと思う? じゃあどうしたらいいんだってまたいろいろ調べて、長年やってても頭やられてない奴に話を聞いて、結局、禁断症状に耐えて量を減らしていくのがいちばんだってわかったのさ。ちゃんときつい思いをすれば、もう二度とやらないでおこうと思うだろ。メサドンを使う奴ってのは禁断症状から逃れたくてやってるだけさ。その証拠に、スマックが手に入るときはしっかりそっちに戻りやがるしな」

 淡々と話しながら、右手の手枷をベルトに繋ぎ終えると、ユーリは途惑い気味に聞いているテディの顔を見下ろした。

「テディ。今からおまえは相当きつい思いをするはずだ……もう死んだほうがましだってくらいな。ひょっとしたらおまえは、死んだほうがましだっていうような思いを、もう今までに何度もしてきたのかもしれない。こんな辛いのはもうごめんだって、世間のイメージどおりジャンキーのままでいいって思うかもしれない。けどな、悪いがおまえの人生はもうおまえだけのもんじゃねえんだよ。おまえはバンドに必要なベーシストで、俺にとっちゃ替えのきかない大事なリズムコンビネーションの相棒だ。もちろん音楽を抜きにしたって、おまえのいない世界なんて考えられない。俺だけじゃない。ロニーだってドリューだってターニャだって、みんな同じだ……、もちろんルカも。俺たちはもう大家族みたいなもんだろう? おまえにはちゃんとまともな状態でいてほしいんだよ。酒盛りで真っ先に潰れたって、コーラしか飲んでなくたっていいからそこにいてほしいんだ。いつでも、どんなときでも俺の隣りにいてほしい。これは俺のエゴかもしれないけどな……。傍にルカがいるが、もう一回愛してるって云おうか?」

 テディは唇を震わせながら、ユーリの顔をじっと見つめた。そんな自分を、同じように見つめているルカを見る。ルカはどこか遠くを見るような目を自分に向け、ただ黙っていた。

 目を閉じる。ヘロインへの渇望が、ユーリとルカの愛情に押し流されるように遠ざかる。やがて心の奥から浮きあがってきた本音を、テディは素直に吐きだし始めた。

「……死んだほうがましだなんて、俺は思わなかったよ……。昔は……、ちょっとは考えたことがあるかもしれないし、どうだっていいって思ってたこともあるけど……」

「うん」

 目を開ける。ユーリが頷くのが見えた。

「……なんで俺、こんな目にばっかり遭うんだろうって……もう厭だって、もう……でも……、それでも、思えなかったんだ。だから――」

「うん」

 眼が熱い。視界が滲む。テディは続けた。

「だから……スマックに頼ったんだ。ほんとは酒でも、もっと飲めればよかったのかもしれないけど……」

「うん」

「……もうどこかへ逃げて、隠れてしまおうかなんてことも思ったけど……、どんなにもう堪えられないって思ったって、棄てられないものが……多すぎて……」

「うん」

 ルカのほうを見る。瞬いた眦から涙が一粒伝い落ち、その姿を――自分を見つめるブルーヘイゼルの瞳を、はっきりと映した。

「どうせジャンキーだと思われてるんだし……。バンドも……スマックさえあれば、ちゃんと……やっていけるって……」

 涙が滾々と溢れ、ぽろぽろと止め処なく頬を伝う。その涙をユーリが指で拭い、優しく髪を撫でた。

「うん、わかってる。おまえがどれだけつらくて、どれだけスマックがおまえを救ってくれたか、ちゃんとわかってるさ。……だけど、もうツケを払わなきゃいけない。スマックはおまえを楽にするのと引き換えに、なにもかも奪っちまうからな。そうなる前に、そろそろ戻ってくるんだ。ずっとついててやるから、耐えきれ。できるな?」

 テディはこくりと頷いた。

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