TR-27 - Shangri-La
無事、三枚めとなるアルバムのレコーディングを終了したバンドの面々は、休息する暇もなくリリース前のプロモーションに追われ、TV出演や雑誌のインタビューに明け暮れる日々を送っていた。
まだザ・ロウ・フィルム――動画につけられていたタイトルが今やすっかり定着していた――騒動の余波は残っており、どの雑誌のライターもニューアルバムについてひととおり質問をしたあと、これを訊かないと帰れないとばかりに話をシフトしてきた。
移動中など、外で質問を投げかけられるのと違い無言を貫くわけにもいかず、ルカたちはさらりと躱したり皮肉を云ったり、際どいジョークにして返すなどして乗りきった。否定はせず、言い訳や反省の言葉も一切云わず、あれは普段の自分たちの姿だ、だからどうした? という態度でなんでもないことのように振る舞ったのだ。
映像で明らかになったことに対し中途半端に弁解をするよりも、そうしたほうがいいというのがメンバー全員の意見であり、これを機にイメージチェンジを図ろうというロニーの策でもあった。
それは容易にできることだった――ブレイクした当初の、女性受けのいいアイドル的なイメージより、こちらのほう――所謂ロックスター然とした感じで振る舞うほうが、実際は素に近かったからだ。特にユーリはそれじゃあとばかりに以前のスパイキーヘアに戻し、唇にリング型のピアスまでつけ始めたので、両腕のタトゥーと相俟ってますます近寄り難い雰囲気になっていた。
ルカも、持ち前の調子の好さと人を喰ったように返す言葉でトリックスター的なカリスマ性を発揮し、記者たちを煙に巻いていた。それでも心臓の強いインタビュアーがテディに対し、名指しで性的虐待について質問をした。ルカたちは内心穏やかではいられなかったが、テディは「変にトラウマにならずに今もファックしまくってるから、問題ないよ」と、涼しい顔で答えた。呆気にとられたのはインタビュアーではなく、背後で思わず目を見合わせたルカとユーリのほうだった。
そんなふうにプロモーションを熟す合間を縫って、ポスターやミュージックビデオの撮影も行われた。
多忙な日々はあっという間に過ぎ、ようやくニューアルバムの発売日を迎える頃には厳しく長かった冬は過ぎ去り、ぽかぽかと暖かい春の陽気になっていた。
* * *
「かんぱーい!」
「アルバムチャートまたもや一位、おめでとうー!」
事務所に速報が入ってすぐ、その場にいたロニーとスタッフ一同、ルカたち五人はドン・ペリニヨンを次々と開け、何度めかの祝杯をあげていた。
サードアルバムは全英アルバムチャートとビルボードのトップロックアルバムチャートを始め、他各国でも軒並み一位を独占するという快挙を成し遂げていた。音楽誌のレヴューでも絶賛され、特にテディの演奏はベース専門誌で称賛の言葉を散りばめられた解説が特集で載り、表紙にまで採用された。
愛用のレイクプラシッドブルーのジャズベースを抱え、同じ色をしたインディコライトのピアスをつけたテディの載ったその号は、あっという間に本屋から消え去り、とんでもないプレミア価格でネットオークションに出品されるという事態まで引き起こした。
他にもジー・デヴィールが表紙になった音楽誌はいくつもあり、ユーリも表紙でこそなかったがドラム専門誌で特集記事を組まれ、こちらもジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスのドラマーであったミッチ・ミッチェルと比較されるなど、賛辞が贈られていた。ユーリは「なんだよ……、ジンジャー・ベイカーじゃねえのかよ」と云いつつも嬉しそうに鼻を掻き、ジミ・ヘンドリックスの大ファンであるドリューはユーリ本人以上に感激していた。
テディはもうひとつ、意外な雑誌に写真が掲載されていた。『クールなモデルフェイス』というイメージがすっかりジャンキーのレッテルで塗り潰されたことで、ロニーも露出禁止令を解き取材を受けたその雑誌は、タトゥーとインプラントの専門誌だった。
巻頭を飾ったインタビューもなにもないその誌面には、腰の下辺りまで尾羽を伸ばしている背中の鳳凰と牡丹をすべて収めつつ、際どいところは愛用のベースで巧く隠したヌードの後ろ姿が載っていた。次のページを開くと、それだけ身につけたヴィンテージデニムのポケットに指をかけ、俯き加減に髪を掻きあげているテディの姿を斜め横から撮ったものと、四つピアスが並ぶ耳に焦点を当てた横顔など、三つのカットが載っていた。
その写真でクローズアップされている右腕のタトゥーを見て、ロニーやルカたちは大層驚いた。
「えっ、この腕のやつ知らないわよ!?」
「俺も気づかなかったな。いったい、いつの間に入れたんだ」
ユーリまでがそう云うのを聞いて、ロニーもルカももう一度驚いた。
「ええ、ユーリも知らなかったの? あれだけ一緒にいたくせに……」
「いや、一緒っていっても、レコーディング中や取材攻めのときはけっこう別行動だったからな」
テディは面倒臭そうに欠伸をした。
「ロンドンでちょっと時間ができたときに行って、ちょこちょこっと彫ってもらったんだ。前ほどでかいのじゃないから早かったし、気づかなくても不思議はないよ」
「ああ、あの店か……、なるほど」
ユーリがテディの右手を取ってシャツの袖を捲ると、雑誌の写真と同じ、渦巻く炎のような毛で覆われた獣の絵が現れた。肘を跨ぐようにしてぎょろりと目を光らせ牙を剥き、一匹の獣が牡丹の花をバックに、威嚇するように爪を出した前足を踏ん張っている。袖に隠れて全部が見えているわけではないが、まるで肩から降りてきてテディを護ろうと吠えているような構図だとロニーは思った。
「それってなんの絵なの?」
「獅子だよ。ライオンに似てるけどライオンじゃなくて、中国の幻獣なんだってさ」
「悪くない。しかし、まさかヌードを載せちまうとはな」
「ヌードって……タトゥーがぜんぶ見えるようにしただけだろ」
そう云うとテディはすっと手を引き、袖を下ろした。
ん? と、その仕種にロニーはなにか引っかかるものを感じた。
なんだろう。なんだかなんとなく、いつもと違う気がしたのだけど……と考えつつ、その違和感がいったいなにかわからない。ロニーは首を捻りながら、ふと何の気なしにルカを見た。するとルカもなにか気に入らないというような目でテディを見ていて――不意に、はっとそれが思い浮かんだ。
そうだ。テディってけっこう、見せたがりなところがあったのに。
背中にタトゥーを入れたときは自分から云いだして、わざわざ脱いでまで見せてくれたのに、どうしてシャツの袖くらい――そう思ったとき、ロニーの頭のなかを一瞬、厭な予感が過ぎった。
が、その正体はまだ掴めず――無意識に否定していたのかもしれないが――眉間に皺を寄せたまま、ロニーはじっと探るようにテディを見つめた。それに気づいているのかいないのか、テディはシャンパンのグラスをぐいと呷り、こう云った。
「帰る。エミルかタクシー呼んで」
少し驚き、ロニーはルカやユーリと顔を見合わせた。
「帰るって……なに、どうしたの」
「もう今日はなにもないんだろ。今日だけじゃないか、しばらく仕事ないよな。もう帰ってゆっくりするから、なんかあるときだけ迎え寄越して」
――明らかにテディらしくなかった。
否、忙しく動きまわっていたときは多少、こんなふうにぞんざいな物言いをしたこともあったかもしれないが――少なくとも彼は、皆で祝杯をあげているときに水を差すような、こんなものの云い方をできる性格ではなかった。以前のテディなら、もうこれ飲んだら帰ってもいいかな、くらいのことしか云わなかったはずだ。
同じように考えていたのかユーリも怪訝な顔でテディを見つめ、喇叭飲みしていたシャンパンのボトルをデスクに置いた。その音に弾かれるようにその場を離れようとしたテディの腕を、つかつかと近づいたユーリが素早く掴む。
「テディ……どうした。おまえ、さっきからなんだかおかしいぞ?」
テディは、またもその手を振り解いた。
「おい――」
「うるさいな、ほっとけよ」
その場にいる全員が耳を疑っただろう。テディが誰かに対してそんな物言いをするなんて、少なくともロニーは本当に初めて耳にした。やはりユーリも面食らったようで、その一瞬後にはテディの胸ぐらを掴み、睨みつけていた。怒りの色を浮かべた顔を今にも噛みつかんばかりに寄せ、掴んだシャツを絞めあげる。
「ちょ、ちょっとユーリ――」
喧嘩が始まるのかと焦り、ロニーは慌てて椅子から立った。だがその瞬間ユーリは、はっとなにかに気づいたように手を緩めた。
「おまえ……」
ユーリがじっと眼を覗きこむと、テディはふいと顔を逸らした。舌打ちをしながら「ちょっと来い!」と鋭い口調で云い、ユーリがテディの腕を再度掴む。そのまま引き摺るようにして部屋を出ていくと、ドアが閉まる寸前に「なんだよ、離せよ! ほっといてくれ!」とテディの喚く声が聞こえた。
変だ、確かになにかがおかしい。ユーリはなにに気がついたのだろうと居ても立ってもいられず、ロニーはその跡を追った。ルカも放っておけない様子で、その後についてくる。いったい何事だろうと途惑っている様子のドリューとジェシと、スタッフたちだけがその場に残された。
廊下に出てどこへ消えたのかと左右を見まわす。ルカが「きっとあそこだ」と向かったのは、ふたりがよくジョイントの廻し呑みをしていた、喫煙所を兼ねた休憩室だった。
その部屋の前まで来ると、微かにユーリの声が漏れ聞こえてきた。そっとドアノブを回すロニーの手をルカが止め、ほんの少し隙間を開けた状態で中の会話に耳を
「――俺を舐めてんのか、昼間の猫みたいな瞳孔しやがって。冷や汗も出てるぞ。もうわかってんだ、観念して袖捲ってみろ……!」
「やめろって……痛っ、離せよ……!」
「やっぱりな。構図は悪くないがなんだか中途半端な場所に彫ったなと思ったんだ。おまえ、針の痕をごまかすためにタトゥー増やしたな? いつからだ、いったいいつから……いや、何時間おきくらいに打ってるんだ、
「……時間……わからない……。そんなにはやってない……」
「ほんとにか? よく考えてみろ……今もう軽く禁断症状が出てるだろ。最後に打ったのはいつだ」
「昨夜……でも、別にいいだろ。もう離して――」
「何時頃だ」
「憶えてないよそんなこと……!」
息を潜めてそれを聞いていたルカが、いきなりドアを開けて部屋に入った。はっとしてテディとユーリがこっちを向く。ロニーも慌てて中へ入り、ドアをそっと閉め厳しい顔でテディを見た。
「スマックか」
ルカはたった一言、そう口にした。
スマック――ヘロイン。それを聞くまでもなく、ロニーにももうわかっていた。テディは暫しルカと睨みあうようにして目を合わせていたが、なにも云わないまま顔を背けた。認めたも同然だ。
ユーリが掴んでいる右腕の袖は捲られたままで、獅子のいない側――肘の内側の血管に沿って青紫の点がきれいに並び、線になっているのが見えた。ロニーの視線に気づいたのかテディは袖を下ろしながらまたユーリの手から逃れようとして躰を捩るが、逆に両腕を正面から捉えられ、真っ直ぐに覗きこむように真剣な目を向けられた。
「テディ。もう、ここまでだ。これ以上やらせるわけにはいかない……、スマックだけはだめなんだ。おまえだって知ってるだろう」
「いっしょにやってたじゃないか……」
ユーリは頭を振った。
「ああ、やってたな。で、こう云ってたはずだ……絶対にひとりでやるな、続けてやっちゃだめだってな。いつもの量で効き目が薄いと思ったら、もうインターバルをおかないとやばいんだって教えただろ。……いや、おまえだってほんとはわかってるんだよな。わかってるから隠してたんだろう?」
こうやって話しているあいだにもう、テディの様子が変わり始めているのがわかった。発汗し、欠伸を噛み殺すように口を開き、目は潤み風邪のひき始めのように洟を啜っている。
その様子を見てロニーははっと気づいた――ロンドンでレコーディングを始める前のあれは風邪なんかじゃなく、ヘロインの離脱症状だったのだと。では、ということは――
「エミルに調達させたの?」
テディは答えず、ただロニーから目を逸らした。
「そうなのね……。あんな真面目な子に、なんてことをさせたの」
「いいだろそのくらい! あいつは俺のローディだろ、俺が欲しいって云ったものを揃えるくらい、やって当然じゃ――」
ぱん! とユーリがテディの頬を張った。テディはその勢いでふらりとバランスを崩し、咄嗟に壁に手をつくと、そのまま崩れ落ちるように壁際のソファに坐ってしまった。
「エミルもやってるのか」
その質問に、テディは俯いたまま首を横に振った。
「エミルは……俺の云うとおりに
「なるほど。まあ、なにを買わされてるのかぐらいはわかるわな。……モバイルだせ」
「……なんで」
「いいからだせ。もちろんアンロックしてな」
渋々といった様子でテディがポケットからモバイルフォンを取りだし、四回ボタンを押してユーリに渡した。ピッ、ピピピピ……と小さな音がして、なにかを探しているらしいユーリがぴた、とその手を止める。
「この『J』って頭文字だけで登録してあるのは誰だ?」
テディは唇を噛んでそれには答えず、ぎゅっと拳を握りしめた。
「当たりだな。削除、と……ああ、履歴も消しとこう。……ふん、他に怪しい名前はないようだな」
ロニーにも、それが売人の番号だったのだということはわかった。
ユーリはモバイルフォンをぽんとソファの上に放り、こっちを見た。
「いちおうエミルとも話をしてやってくれ。下手なことしてないかも確かめて」
もちろん、とロニーは頷いた。
そんな僅かなあいだにも離脱症状は進行しているらしく、テディは坐ったまま、膝を動かしたり腕を擦ったりし始めた。落ち着かない様子で顔を両手で覆い、そのまま髪を掻きあげ頭を抱える。
「……もう、俺が悪かったから……帰らせてくれ……」
テディが啜り泣くような声で云う。その苦しそうな姿に表情を曇らせ、ユーリは溜息とともに云った。
「俺のせいだ。もっと早く気づかなきゃいけなかった……。考えてみれば兆候はあったからな」
「兆候?」
「ロニーの前じゃ云えないな。まあ、単純に忙しいせいで疲れてるんだなとしか思ってなかったが……」
「……なるほどね」
ルカはすぐに合点がいったというように頷いた。が、なんのことを云っているのかはなんとなくロニーにもわかるのだが、それがヘロインを使っている兆候になる理屈まではわからない。
「ヘロインって、その……できなくなるの?」
そんな質問をしてきたロニーに、ユーリは頭を掻いた。
「そこ掘りさげるのかよ! ……まあ、できなくなるっていうより、その気にならなくなるんだ。スマックの効き目が圧倒的すぎて、セックスなんかただ面倒臭いだけになるんだな。セックスだけじゃない、他のこともなんにもしたくなくなるのさ」
「なんにも……」
ロニーの脳裏に、ドキュメンタリー番組などで見たことのある、蹲ったまままったく動かない廃人同様の
「俺は大丈夫だよ……、中毒になんかなってない。仕事もちゃんとしてるし、相手だってしてたろ……!」
そう云ってテディは立ちあがると、ユーリを押し退けてドアのほうへ動いた。が、ドアの前にはルカがいて、腕組みをしたままじっとテディを見つめている。立ち止まってしまったテディの腕をユーリがまた掴み、引き戻すようにしてソファに坐らせる。うぅっと呻くとテディは身を竦ませ、自らを抱きしめるように両腕を抱えこんだ。
「苦しいのか。体中のあちこちが痛むんだろう? 骨が軋むみたいに。テディ、おまえは立派なジャンキーだよ、世間のイメージどおりのな。もうごまかすな、認めろ。認めて、もうやめるって肚を括れ」
「ユーリ、あなた……よく知ってるわね」
「ふん、俺だって禁断症状くらいは経験してるさ……今のテディの状態よりもうちょっと軽かったがな。そこで一回
言葉を切って、ユーリはがたがたと躰を震わせるテディの横に腰を下ろすと、抱きこんで背中を擦ってやった。顔をあげ、ユーリの胸許に縋るようにしがみつくと、テディはつらそうに歪めた顔をユーリの肩口に埋めた。「頼むよ、帰らせて……。もうやめるから……これっきりにするから、あと一回だけ打たせてくれ……」と懇願する声が漏れ聞こえる。
ユーリは背中を擦っていた手を止め、頭を撫でて抱きしめた。
「わかった。帰ろう……。一回だけだ」
ロニーは目を大きく開き、眉を寄せた。
「なに云ってるのユーリ、真っ直ぐ病院へ行けばいいじゃない! なんであと一回なんて」
「同じことだ」
ユーリはテディを抱きしめたまま云った。「病院へ行っても医療用のヘロインを少量打たれるか、メサドンを処方されるだけさ。今こいつの頭のなかにあるのは、とにかくヘロインが欲しいってことだけのはずだ。そんな状態でもうやめるなんて云われても、まったく意味がない。いったん落ち着かせて、本当に自分からやめなきゃって気づかせないと、病院へ行ったって無駄だ」
「そんな……無駄なんてことはないでしょう? 治療して健康に戻れば――」
「ロニー」
それまで黙っていたルカも、首を横に振った。「ユーリの云うとおりだ。本人にやめる気がないのに病院へなんて連れていったって、またすぐに戻っちまうさ。こいつが、人がなにを云っても聞かないで自分の思う儘にするのは、俺が誰よりも知ってる。それが史上最強のドラッグなら尚更だろ」
「史上最強……」
ユーリが頷く。
「最強っていうより最凶だな。そもそも、こんなに怖ろしいドラッグだってわかっててみんなはまっちまうのは、幸せになるからだしな」
「幸せ?」
「幸せって言葉が正しいかどうか、俺にはわからない。ヘロインの厄介なのは、痛みも苦しみも精神的な辛さもなにもかも感じなくして、なにも考えないでいられるくらい、ただ気持ちよくしてくれるところなんだよ。さっきも云ったが、なにもする気にならないっていうか、ただ寝転がってるだけで満ち足りてしまうんだ。……人間やめてる感じなのに幸せって、いったいなんだって思うだろうがな」
うぅ、とユーリの腕のなかでテディが身じろいだ。
「そろそろやばそうだ。ロニー、人目につきたくないんで車で送ってくれるか。ルカ、暇ならおまえも――」
「もちろん手伝うさ。おまえの考えてることくらい想像はついてるし」
「そうか。じゃあ……ちょっとエロティックシティへ行って買い物してきてもらおうか」
「エロティックシティ?」
エロティックシティというのはプラハに何店舗もある、有名なアダルトショップである。
「なんでそんな……ああ、わかった……。わかったけど、俺がそんなところで買い物できるわけないだろうが。俺をなんだと思ってる」
「だな、おまえじゃちょっと目立ちすぎるか……。だが、俺もあの店には顔をだしたくないんだ。どうするかな」
「おまえはなんで」
「店員や常連客に知り合いがいるんでな。……となると」
そう云って、ユーリはじっとロニーの顔を見た。それに倣うように、ルカもロニーのほうを向く。
ロニーはえ!? と、目を丸くしてふたりの顔を交互に見た。
「え、なによ!? 私にそんな店へ行けっていうの!? っていうか、いったいなにを買えっていうのよ!」
「手枷」
「それも手首が痛くならなそうな、内側がヴェルヴェットかなんかの」
「で、長めの鎖のついたやつな。丈夫なやつ」
「ボールギャグもあったほうがいいかもな」
「ああ、舌噛むから」
「どっちもSM売り場にあるから」
ロニーは何度も首を縦に振りつつも、呆れかえった。
「あんたたちがなにをする気なのかはわかったわ……。ところで、なんでそんなものに詳しいの」
ユーリとルカは顔を見合わせた。
「まあ、男ってのは最低な生き物らしいから……な」
肩を竦めてルカがそう云うと、ロニーは同情するようにテディを見た。
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