TR-11 - Cocksucker Blues
ショックを受けたのかエリーは退室し、ターニャとマレクも自分はここにいていいのかどうかと迷うように、視線を彷徨わせていた。
ロニーも額に手を当て、溜息をつくばかりだった。ジェシは画面から目を逸らして下を向き、ルカは苦い表情でなにかを堪らえるように黙って画面を見つめていた。ドリューはそんな皆の様子を気にかけるように、繰り返し周囲を見まわしている。
とりあえずの仮編集を終えたというドキュメンタリー映画の内容を、まずはバンドメンバーとごく内輪のスタッフだけでチェックしようと集まったこの日。先日のブルチャークパーティのときのように楽しめるかと思っていた試写は、想像していたのとは違う出来栄えにしんと静まりかえっていた。
移動中の車のなかで眠りこけるルカ、こってりと甘そうな苺のミルフィーユを食べるテディ、肩慣らしに始まるジャムセッション――そんな無難な映像は、始まってからほんの二十分程だけだった。初めにユーリがジョイントを巻いているのが映ったとき、ロニーは「ちょっと……なんでこんなのカットしてないのよ」と抗議の声をあげたが――そのとき、既になんとなく厭な予感がしていた。
映っていたのは、ジョイントの廻し呑みくらいのものではなかった。
ルカとテディのじゃれあいから始まる濃厚なキスシーンや、ソファの背に隠れてはいるが睦みあっているのがわかるシーン。そして、ユーリがテディの耳にピアスホールを開けたあと、鏡の前で後ろから抱きしめ頸筋にキスをしているシーン。それに驚き、テディがユーリともそんな仲になっていることを初めて知ったロニーは思わずルカの顔を見た。が、どうやら彼はそのことをもう知っている様子だった。
他にも、撮られていたことに当人がまったく気づいていなかったらしいシーンや、当人がまったく覚えていないと云った、酒やドラッグの影響下にあったときの言動――そんなとんでもない映像が、次から次へと映しだされた。ロニーもルカたちバンドの面々も茫然としながら、それから目を離せないでいた。
そして、なかでも極めつけがガラスのプレートの上に線を描いた白い粉――おそらくコカイン――をスニッフィングで摂取しているルカと、ユーリとテディがヘロインを静脈注射しているシーンだった。
「……おまえがスノウにまで手をだしてるとはな、まったく気づかなかったな」
「こっちの台詞だろ、スマックだけはやるもんかって云ってたくせに」
「その話はあとでたっぷりとさせてあげるわ……私も交えてね。ニール、これはいったいどういうことなの」
ニールは平然と――否、むしろなにか偉業を成し遂げたかのように、興奮気味に云った。
「いい出来だろ。まるで〈コックサッカー・ブルース〉みてえだと思わねえか。こんなの今の時代、もう俺にしか撮れねえ。伝説になるぞ」
「……あんた、いかれてるよ」
「こんなもの上映できるわけがないでしょう!」
「はっ、まさに〈コックサッカー・ブルース〉だな。このままじゃ確実に発禁だ」
〈コックサッカー・ブルース〉とは、ローリングストーンズのドキュメンタリー映画のタイトルである。
公式に未発表なままなので幻の問題作とされているそれには、一九七二年の北米ツアーのバックステージやホテル、移動中の飛行機内でのローディとグルーピー、メンバーたちの乱痴気騒ぎやドラッグ使用のシーンが収録されている。
発禁になったとはいえ、監督のロバート・フランク立ち会いのもと数回上映されたことがあり、画質の荒いブートレグも大量に出回っていて今はウェブ上でも視ることができるので、もはや幻とは云えないかもしれない。
「とにかく、このままじゃ話にならないわ。問題のある箇所……ひとつひとつ云わなくてもわかるわよね!? 全部カットして、編集し直して! 百歩譲ってテディのアイスバーとかバブルバスとか、ああいうのはかまわないから――」
「いやアイスバーまずいだろ」
「あのやばさは男じゃないとわからんかもしれんが、俺もあれは外したほうがいいと思う」
「そ、そうなの……」
当のテディは、なにやらばつが悪そうに肘をついて唇を弄りながら画面を視ていたが、あるシーンに切り替わるとふとその僅かな動きを止めた。
眉根を寄せるその様子に気づいて、ユーリがその視線の先に目を向ける。
『――初めてやったドラッグって? いくつだった?』
『……十歳、だったかな……。たぶん、MDMAだったと思うよ、そのときはなにもわからなかったけど……』
『早いな、そんなに悪かったのか?』
『ううん……、おふくろの連れに飲まされたんだよ、強引に』
画面には、ユーリに肩を抱かれてベッドに腰掛けているテディを斜め後ろから撮った映像が映しだされていた。薄暗い部屋で、ふたりは少し酒に酔ったように気怠く、淡々と話をしている。
それを見て、驚愕したようにユーリが声を張りあげた。
「消せ!! 今すぐビデオを止めろ! ……ニール、止めるんだ!」
「な、なんだってんだ……」
ユーリがニールに掴みかかった。
「ちくしょうてめえ……こんなところまで撮ってやがって、しかもカットもなしかよ、ふざけるにも程がある!!」
「ちょ、ちょっと、ユーリ……」
ロニーは止めようと立ちあがりはしたものの、あまりの剣幕に押されて思うように声がでない。マレクも立ってふたりを見ているが、どうすればいいのかと躊躇しているようだった。
「消せ! 早く――リモコンは」
慌てて手を伸ばしたニールとユーリの手が、リモコンを奪いあうようなかたちになった。デスクの上でくるくると回り、ふたりの手のあいだでお手玉のような動きをしたあと、リモコンは手と手の隙間をくぐり抜けるように落下し――ぱきん、と音をたてた。
電池が飛び出て、ころころと部屋の隅へ転がっていく。ユーリがリモコンを慌てて拾いあげたが、同時にスピーカーから聴こえてきたテディの声に間に合わなかったことを知り、ぴくりと動きを止める。
『そいつはまだましだったよ……』
『……もっとひどい奴がいたのか?』
『……』
『殴られたのか?』
『……殴られもしたけど……』
『……なにをされたんだ』
『……させられた……、しゃぶらされたんだ』
『な――』
『ブロウジョブ……させられたんだ。無理遣り、口のなかに突っこまれて……、頭押さえられて……』
『……いくつのときに』
『……十一』
しん、と部屋のなかが静まりかえり、決して大きくはないはずのテディの声が妙に響いた。ユーリはリモコンの残骸を握りしめながら躰を震わせ、ロニーは大きく目を見開き、両手で口許を覆った。
そしてはっとして、ルカを見た。ルカも知らなかったことなのだろう、彼は信じられない、といった顔で凍りついていた。
どうしたらいいのか、かける言葉もみつけられないでロニーが黙ったままでいると、ドリューがゆるゆると首を振りながら立ちあがった。ドリューはディスプレイのほうに近づき、DVDプレイヤーのイジェクトボタンを押した。
ぶぅん、という低い音がし、ディスクトレイが出てくるのを見て、ユーリががくりと膝から崩れる。
「ディスクを……取りだせばよかったんだよな……、俺は莫迦だ……」
泣き笑いのような表情になってテディを見る。テディはじっと動かず無表情なまま、もう真っ暗になった画面を見つめていた。
「テディ」
ユーリの声に、ようやく我に返ったようにテディが口許を歪めて笑った。
「……こんなの撮られてたのまったく知らなかったよ……。ごめんよ、なんか。変な話しちゃっててさ。引いたよな、ユーリも……」
テディはユーリを見て、困ったように笑った。
「ごめん、いっつも気を遣わせて……俺なら平気だから」
「なんで……おまえが謝ることなんか、これっぽっちもないだろう」
テディはゆらりと立ちあがると「ちょっと顔でも洗って……外の空気吸ってくるよ」と云い、部屋を出た。
ユーリはその跡を追おうとしたが――まだ椅子に坐ったまま動けずにいるルカを見ると足を止め、怒鳴りつけた。
「おまえが行け! なにをいつまでもショック受けたような顔してやがる……! ショック受けてんのはおまえでも俺らでもない、テディなんだよ莫迦が!」
ルカが途惑ったようにユーリを見る。
「……ユーリ、おまえは――」
「早く行け!」
がたんと椅子を蹴って、ルカが部屋を出ていく。それを見送るとユーリは、今度はニールに向き直って、低い声で云った。
「……俺は、このいかれたおっさんを一発殴らなきゃ気が済まねえからよ」
「いや、おい待ってくれ。話を――」
なにもできずただ様子を見ていたロニーは、ひっと両手で顔を覆った――云うが早いかユーリは、ニールの顎から頬のあいだあたりに、強烈な右ストレートを喰らわせた。
テディの母親は恋多き女だった。
実の父親には最初から別に家庭があったらしく、テディは父親と一緒に暮らしたことがない。会った記憶さえなかった。母に一度だけ父親について尋ねたことがあったが、会ったことならあるわよと云われたところで、テディにはどの男がそうだったのかわからなかった。物心ついた頃から、母の傍にいる男はころころと変わり続けていたからだ。
テディはおとなしく素直で、利発な子供だった。だからだろうか、大抵の男はテディをまるで実の子のように可愛がってくれた。今では人見知りが酷いテディだが、幼い頃はすぐに人に懐く、甘えん坊な子供だったのだ。少し大きくなった頃にはギターを教えてもらったり、音楽を一緒に聴いたりして過ごした、まるで本当の父か兄のように慕った男もいた。
しかし、なかにはギャンブルで生計を立てていた
長い黒髪と黒い瞳を持った母は美しい人だった。頭の回転も速く、話せば誰とでも打ち解ける社交術も持っていた。そのうえ素晴らしい声の持ち主でもあり、どこへ行ってもホテルやクラブでジャズシンガーとしてやっていけたし、誰かから定期的に送られてくる金も受けとっていて、生活に困るということはなかった。
彼女は息子を愛してはいたが、育て方はあまり知らないようだった。引っ越して学校に通わせるための手続きだけしたら、あとはほとんど放ったらかしだった。八歳くらいになってテディが自分で買い物をし、適当に食事ができるようになると、朝のパンさえ用意することはなくなった。
だからテディは、自分の世話を焼いてくれる男が来るとむしろ喜んでいた。母が仕事でいない夜のあいだ、勉強を見てもらったり一緒に食事をしたりする相手がいることが、ただ単純に嬉しかった。母が男とまた揉めたのか、引っ越しの準備が始まると酷く落胆したものだ。
ヴロツワフに住んでいた頃の男も、初めのうちはテディを可愛がっていた。ただ、この頃はテディのほうが変わりつつあった――この男の前、プラハに住んでいた頃一緒だった男が、やたらと躰に触れてきたり膝の上に坐らせようとしたり、挙句の果てにドラッグを一緒にやらせようとしたりする輩だったのである。実際に無理遣りMDMAらしき錠剤を飲まされて、気分が悪くなったこともあった。なのでテディはそれまでとは違って、新しく来た男に対して警戒することを覚えていたのだ。
それを、その男は気に入らなかったらしい。
母の留守中、男はちょっとしたことで怒鳴るようになり、手を上げるようになり、しまいにはまだ十一歳のテディに
母にも、誰にも云えなかった。それは、なにかよくわからないなりにもとんでもなく恥ずかしいことであるのはわかったし、母に云ったのがばれてまた殴られるのが怖ろしかったからでもある。誰にも知られてはいけないのだということは、男が服で隠れるところしか撲たないことで察せられた。
それに、テディは思っていた――どうせ、母はこの男とも長続きしない。もう少し辛抱すれば、きっとまたどこかへ行って新しい生活が始まる。だからそれまでのあいだ、少し我慢をして頑張って要求されることを熟せばちょっとはましになる――テディはそう信じ、男に云われるまま舌を使い口と手を動かし、躰も触らせるようになった。殴られないように、機嫌を損ねないように。すると男は今度は、この淫売め、ガキのくせになんていやらしいんだとテディを殴った。そして――
おまえみたいなふしだらなガキにもう手加減する必要はないなと、男はテディのジーンズに手をかけた。
* * *
「テディ」
ルカがみつけたとき、テディは車の往き交う広い道を渡った先に佇み、川を見下ろしていた。
テディの視線の先を追う。川面には、夕暮れ時の美しい空の色が映りこんでいた。静かに凪ぎ、きらきらと光を弾くその様子を眺めていると、少し気分が落ち着くような気がした。テディは一度ふぅ、と息をついてゆっくりと振り返ると自分を見、少し困ったように笑ってみせた。
「驚いたよな、あんな……ずっと思いだしもしなかったんだけどな。聞きたくもない話聞かせちゃって悪かったよ。飲みすぎてたのかな、ほんとに憶えてなくて……なんで俺、あんな話したのかな……」
莫迦だよな、とテディは笑った。「ごめん、ルカ」
「なんで謝るんだ。なに笑ってんだ……俺はそんなに頼りにならないのか」
「俺は別に――」
「ユーリのほうが頼りになるのか……、そうだろうな」
俺はどうせ苦労知らずのお坊ちゃんだしな、とルカは自嘲気味に苦笑した。
「……おふくろが死んだときさ」
また川面に視線を戻し、テディが口にした言葉に、ルカははっとした。
「気づいたら、ずっといたはずの男がいなくなってて……たぶん、厄介事に巻きこまれるのが厭で逃げたんだろうけど……俺、ほっとしたんだ。おふくろのことを悲しむより先に、もうこれであちこち移動しなくても済むんだ、もう俺になにかしてくる奴はいないんだって、心底ほっとしたんだよ。……酷い息子だろ」
テディがこんなふうに自分のことを話すのは滅多にないことだった。ルカはなにも云う言葉をみつけられないまま、テディの横顔をじっと見つめた。
「で、バーミンガムのじいさんのところに連れていかれて……いちおう血の繋がったじいさんだし、俺ずっとここにいていいのかな、ちゃんと家族になってくれるのかなって思ってたら、さっさとあの学校に入れられたろ? まるで厄介払いするみたいにさ」
まあ、そのおかげでルカと会えたけどね、とテディが独り言のように呟く。
「……なにが云いたかったんだっけ……、なんかよくわからないな。なに云ってんだろうな俺――」
冷たい風が髪や頬を撫でていく。凪いだ川面に映っていた薄紫と茜色がゆらゆらと揺れて混じりあい、遠くのほうで街灯の黄色い光が瞬いたのが見えた。ふと寒さを覚えて、そろそろ戻ろうと声をかけようとして見た横顔が、どこか遠くを見つめているような、そんな気がして――
ルカは両腕を伸ばし、テディを思いきり抱きしめた。
扉を開けたテディが明かりをつけ、まず目に入ったのは独特な模様の葉の観葉植物だった。
エントリーホールと呼ぶには少し狭いスペース。東欧では土足で室内に入らないところがけっこうあるが、そこにはエンジニアブーツなど、いくつもの靴が並べられてはいるものの、室内履きらしきものは見当たらなかった。見れば、テディは靴は脱いだが、そのままソックスで部屋に入っていた。そのソックスでさえテディはいつも気がつくと脱いでしまっているのを思いだし、彼らしいなと少し笑う。しょうがなくルカも倣って靴を脱ぎ、テディに続いた。
左に折れアーチを潜ると、そこは開放的な広い部屋だった。
壁際の床の上に、バイク用のグローブを中に入れ逆さまにしたヘルメットが置かれている。奥の壁には旧い映画に出てくるようなハング窓が等間隔で並び、そのあいだにギターとベースがスタンドに丁寧に立てかけられていた。部屋のほぼ真ん中にラグが敷かれ、その上にはテーブルとソファ――このリビングで家具と呼べるものは、どうやらそれだけだった。
アーチで区切られたセミオープンのキッチンには最小限の設備しかなく、ダイニングテーブルさえ見当たらない殺風景なその部屋を、ルカは興味深げに見まわした。
以前、ふたりで一緒に住んでいた部屋には、もう少し生活感があったはずとルカは思った。フローリングの床に直にステレオコンポが置かれ、その横にたくさんのヴァイナル盤とCDが立てかけられている以外はTVすらなく、キッチン側の窓の下には乾燥機から取りだしたままといった感じの衣服が
床に散らばった雑誌や新聞、脱ぎ散らかしたソックスなどを踏まないようにテディについて右手へ進むと、開けっ放しのドアの向こうに朝抜けだしたままのような乱れたベッドが見えた。テディは上着を脱ぐと、それを壁際の椅子に掛け、振り向いてルカを見た。
その目に吸いこまれるようにして近づき、ルカは唇を重ねた。
感触を確かめるように何度も何度も角度を変えて啄みながら、背中に手をまわす。テディが頸に両手をかけ、柔らかい舌をルカのそれに応えて絡みつかせると、頭の芯が痺れたような感覚が走った。息が苦しくなるまで互いに深く貪りあい、空気を求めて唇が離れるとそのまま頬、瞼、額と唇で辿っていき、躰を離す。
「……シャワー浴びてくる」
「ああ」
テディがベッドルームを離れ、エントリーホールに置かれた観葉植物の向こうに姿を消すとルカは、はぁ、と溜息をついてベッドに腰掛けた。
正直、途方もない衝撃だった。性的虐待――母親の新しい夫や恋人による虐待というのはよく聞く話ではあるが、まさか自分の恋人がそんな目に遭っていたなんて、想像もしたことはなかった。そして、それを自分より先にユーリが知っていたということも、受け容れ難かった。
テディは酔っていたのか話したことを憶えていないと云ったが、そんなことは関係なかった。ユーリと寝ようがなにをしようが、他人には触れられたくないそんな話をするのなら、他の誰でもなく自分にしてほしかった。いちばん長い付き合いであるだけでなく、誰よりもテディのことをわかっているという自信が、ルカにはあった。あまり誰もが経験しないようなことを一緒に乗り越えてきた仲だという自負もあったのだ。それがひび割れ、砕け散ってしまったような気がした。
テディの過去に対するショックも小さくはなかったが、もはやテディのいちばん近くにいるのは自分ではないのだと思わされたショックのほうが、もっと大きかったかもしれない。ユーリに怒鳴られたとき、彼ではなく自分が追いかけていっていいのかとつい迷ってしまったくらいだった。
明かりをつけていない部屋に、半開きにしたドアの隙間からリビングの光が射しこんでいる。冷蔵庫を開け閉めする音がして、ベッドを照らす光が遮られるとアップルタイザーの瓶を持ったテディがルカの前まで来て立ち止まり、飲む? と瓶を眼の前に差しだした。首を横に振るとルカは、テディがサイドテーブルに瓶を置くのを待って薄手のジャケットを脱いだ。シャツの
シャツを脱ぎ、テディの背中を抱きながらそっと横たえると、ルカは花から花へと蝶が舞い移っていくように、あちこちにキスを落とした。甘やかな舌をもう一度味わい、頬から頸筋、胸、脇腹と辿り、巻いたバスタオルが少し持ちあがっているのを見ると、黒いジーンズの釦を外した。下も脱ぎすてテディのタオルも取り去ると、代わりに足許まで捲られていたブランケットを引っ張り、肩まで潜る。
「……寒くないよ?」
「布団かなんかかぶってないと落ち着かないんだよ、知ってるだろ」
そう云ってルカはテディの膝を割り、覆い被さって愛撫を始めた。
十五の頃から数えきれないほど重ねてきた躰は、どこをどうしてやればどう反応するのかすっかり知り尽くしている。弱い頸筋に唇を這わせていき、吸いついてやろうと髪を撫であげると、まるでスポットライトのように照らされたそこに、赤い鬱血痕をみつけた。
動きを止めたルカを、途惑ったようにテディが見つめる。
「ルカ……?」
テディの不義には慣れている。だが、自分だけが知っていると思っていたいちばん弱いところにこうして印をつけられると、なんだかもうおまえのものではないのだと、念を押されているような気がした。ちりちりと肚の奥のほうで蒼い炎が身を焼くのを感じ、ルカはテディの腕を引き起こすとそのまま乱暴に後ろを向かせた。
「痛っ……ちょっと、なに――」
自分の表情を見せず、強引に痛みを与えてやろうと思ったが、いやでも目に入る背中の色鮮やかなタトゥーが、さらに気に障った。くそっと内心で毒づき、また仰向けにさせると、テディの手がサイドテーブルの抽斗を示すように伸ばされた。しょうがないなとルカはそこを開け、潤滑ジェルのチューブを取りだした。
キャップを開ける――新品ではなかった。ルカがこの部屋に来たのは今日が初めてだ。つまり、そういうことだ。もやもやとしながらも加虐的な気分で保っている自身に絞りだしたジェルを塗りつけ、両脚を抱えこんでようやく深く繋がると、テディが白い喉を仰け反らせ、小さな叫びをあげた。
こんな気分でテディを抱くのは初めてだった。
それでもこうして、昔から変わらない縋ってくるような表情と、自分の与える快楽に身を捩る様を見ていれば、愛しいと思う気持ちが全身を駆け巡りだす。
「っ……おい、もう達く……」
――スキンをつけていない。射精する寸前に抜くはずがテディがそうさせなかった。ルカ、ルカと何度も名前を呼ぶ声を耳許で聞きながら躰の奥深くで爆ぜると、テディがぎゅっとしがみついたまま、熱い息を溢して震えた。
ようやくルカの躰をロックしていた脚が解かれ、身を離す。ルカはテディの横に並んで横たわり、荒く息を吐いて天井を見上げた。
「……中で出させるなよ、腹壊すぞ」
「うん……なんか、そうして欲しかった」
そんなことを云うテディに、愛しさが込みあげる。
ああ、まただ――こうやってぐるぐると考えていたことが押し流されて、俺たちはまた同じことを繰り返すんだと、ルカは思った。
半身を起こして口吻け、唇を何度か喰んでから離れると蕩けたような目でテディが自分を見つめていて、ルカも頬を緩めて見つめかえす。
蒼い炎はもう、消えていた。
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