寂しさと退屈の起源
ジュン
第1話
A「独りでいると寂しくてつらいです」
B「独りでいると、ってどういうこと?ずーっと独りでいるの?」
A「そうじゃないですけど……。疲れやすくて働けなくて」
B「通院しているの?」
A「はい。睡眠薬と抗うつ薬を出してもらってます」
B「効いてる?楽になった?」
A「楽にはなりました」
B「良かったじゃない。でも、寂しくてたまらないんだと」
A「はい」
B「寂しさに効く薬ってないんだよな。『抗寂しさ薬』って開発されてない。まあ、アルコールがそれに近いのかも」
A「お酒ですか……」
B「まあ、勧めないけど。アルコール依存症になっても困るし」
A「寂しさをどうしたらいいのでしょう……」
B「なんか趣味みたいなのを持てばって助言する人いたりするけど、あれってなんの解決策にもならないんだよな」
A「そうですね。自分も無理でした」
B「そもそもが、なんで人は寂しさを感じると思う?」
A「独りでいたくないから……。一人にしないで、みたいな……?」
B「そうだね。人間って哺乳類でしょ。だから、残るわけだね、『おっぱいの思い出』みたいなのが。要するに、『ぬくもりの思い出』でしょ。おっぱいが対象人物全体を認識すれば、『お母さんの思い出』となる」
A「お母さんの思い出……」
B「そう。でも、お母さんの思い出がない、というか、希薄な人もいる。愛情の記憶があまりないというか。そういう人は、自分の感情をうまく感じられなかったり、表現できなくなったりする。表現しても『芝居がかった』嘘臭い振る舞いしかできなくなっちゃう」
A「なんでそうなるんですか?」
B「赤ん坊の時から、お母さんの気持ちを『察してあげる』訓練をさせられるわけさ。母性本能なんてものは作り話であって、母親も、赤ん坊をかわいいと思えないとか邪魔だ、うっとうしいと感じることってあるわけだ。赤ん坊は、そういうお母さんに『捨てられないように』相手の心を読む、マインドリーディングの技法を身につけるわけさ」
A「マインドリーディング……」
B「そう。だから、自分を表現するときも、『自然に』表現できなくて、常に『検閲』が入るわけだ。自分が自分の演出家みたいになっちゃう。だから、自分は役者さんだ。役を演じる以外なくなっちゃうわけだね。結果、『あいつ嘘臭い』とか『コミュニケーションとれない』とか『親密性築けない』とか思われちゃう。で、嫌われたり、苛められたり、無視されたり、避けられたりしちゃう」
A「それで、孤立してしまう」
B「そう。だから、『寂しい』ってことになるわけだ。そんな、深刻な(病理的な)寂しさを、趣味を持とうだとか、自己啓発セミナーがどうとかさ、心理学の本や宗教の本を読んで、一時的に癒された気になってもすぐ効力失うよ」
A「じゃあ、どうしたらいいのですか?」
B「カウンセリングが有効なケースが多いけど、全部じゃない。精神科医療は薬が出せるのが強みだけど、それだけだ。心理療法と精神科医療の両方を使えた方がいいっちゃいいけど」
A「心理療法ってクライアントは話すだけなんですか?」
B「むずかしいこと聞くね(笑)」
A「話すとスッキリする……」
B「話すとスッキリするは間違ってはない。カタルシス療法、おしゃべり療法だ。ただ、話はそんなに単純なことじゃないだよな」
A「というと……」
B「話ながら記憶を整理したり、凍りついた記憶が氷解して言語化されたり、言語化の過程そのものが元の記憶に上塗りされて、記憶が変化していったり、それから、話してくなかで、カウンセラーに対して怒りや憎しみの感情が向けられることはしばしば起こる」
A「カウンセラーさんに怒りや憎しみがわくのは、自分のことを理解してくれないとクライアントが感じるから?」
B「そうなんだけど、その感情は、本来はカウンセラーに分かってほしいものではないんだな。自分の親、とりわけお母さんに分かってほしい(分かって欲しかった)感情なんだ。その感情を、現在の自分が現在の母親にガチでぶつけられないことがほとんどだ。心理的な要因もあれば、物理的要因(母親は高齢だ、とか)もあるし、社会的要因があったりもする。だから、そういう『負の感情』がカウンセラーのところに転がり込んでくるわけ。聞いたことあるかもだけど『転移』という現象だ。」
A「転移……精神分析の用語」
B「フロイトが発見したのは事実だ。臨床心理学は、理論的な基幹に精神分析学、フロイトは無論フロイト以降の学派も含めて、分析を大事にしてる。その点、医学は分析より、エビデンス・ベースドって言いたがるね」
A「寂しさのことなんですが……」
B「そうだった。フロイトの話になっちゃったよ(笑)」
A「寂しさは、母子関係に行き着くんですね」
B「てことが多いね」
A「原点回帰が必要……」
B「原点回帰は『退行』と呼ばれてるよ」
寂しさと退屈の起源 ジュン @mizukubo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
言語認知物理学/ジュン
★0 エッセイ・ノンフィクション 連載中 1話
言語認知物理学/ジュン
★0 エッセイ・ノンフィクション 連載中 1話
言語認知物理学/ジュン
★0 エッセイ・ノンフィクション 連載中 1話
言語認知物理学/ジュン
★0 エッセイ・ノンフィクション 連載中 1話
言語認知物理学/ジュン
★0 エッセイ・ノンフィクション 連載中 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます