第19話 隠したかった事


 昼休みになって十分程経過しようとしていたが、彼女は一向に現れなかった。

 校舎裏の渡り廊下、コンクリートの階段に座り込み、僕は購入したパンに手を付けずぼんやりと錆びた折板屋根を眺めて待ち続けていた。

 

 今まで彼女が遅れてきた事は無かった。それどころか僕よりも早くこの場所に座り待っていてくれていた。

 

 明らかにおかしい、何かあったのだろうか?

 僕は立ちあがり、とりあえず教室の方へ戻ってみることにした。




 生徒玄関からスリッパに履き替えてアスロックの床を歩き、渡り廊下から生徒棟の方へ移動していく時、もう一つ先の渡り廊下の自動販売機付近に男子と女子が密集している所が目に入った。

 

 特段珍しくもない光景で、目に止める必要もなかったのだが、思わずそちらを見てしまったのはあいつらの声が迷惑なくらいうるさかったからだ。

 

 悪い意味で目立つ行為を平気ですることを、彼らは校内での立場が上だからこそ許されているのだと勘違いしているのだろう。

 実際には常識を弁えないはみ出し者だという自覚がないのだろうか。

 

 その時彼らの一人が布に包まれた何かを投球し、渡り廊下間にある草むらの方に落ちた。中身が飛び出し、白米や卵焼き、その他の具が落ちた場所から散らばる様子が遠目に見えた。

 

 誰かの弁当箱を放ったのだろう、しょうもないことをする連中はどこの学校にもいるんだな。落ちた弁当包みを見た時、僕は思わず目を剥いた。

 

 タータンチェックの弁当包み、それに見覚えがあったからだ。

 

 彼らの隙間から一人の女子がスリッパのまま外に飛び出し、投げられた場所の方へ向かっていった。


「・・・詩織?」


 彼女は膝をついて散らばった中身を手で掴み、弁当箱の方へ戻している。

 そんな中、後ろの方からはゲラゲラと気味の悪い笑い声が上がっていた。

 

 僕は怒りが込み上げるのをぐっと堪え、詩織の方へ駆け寄った。

 彼らは僕の姿を捉えるとおいっ!と声を上げていたがそんなもの相手にはしなかった。

 

 詩織の傍に来て腰を下ろし、草の葉が引っ付いたミートボールを拾い上げる。

 僕の姿に気付いて彼女は目を見開く。


「・・・涼川くん?」


 感情を押し殺したように蒼白とした表情から、彼女の悔しさが伝わってくるようだった。

 今まで彼女の華やかな笑顔を見ていた分だけ、その変化は歴然としていた。

 彼女は手を止め、口を結んで僕の方を見る。


「ダメだよ。今近づいたら。涼川君まで巻き込まれちゃう」


 こんな状況で僕の身を案じてくれるなんて、彼女はどこまでも優しい。僕は彼女の注意を聞くことなく弁当の中身を拾い続ける。


「僕は大丈夫。それよりも早くここから離れよう」


 ちらりと彼らの方を見ると四、五人の男女グループはこちらに睨みを効かせ目を合わせれば因縁をつけられそうな勢いだった。

 大方片付け終わると僕は彼女の手を取り、その場から足早に離れた。




 いつもの渡り廊下の方まで逃げると、僕と詩織はゆっくりと地面に腰を落とした。

 彼女の手はずっと震え、座り込むと体を丸めて声を潜めて泣き始めた。

 彼女の頭をそっと撫でると、僕の腕の中に入るように彼女は身を寄せてきた。


 なんと声を掛ければいいのか分からなかった。

 大丈夫だなんて気休めに等しいし、彼らへの憎悪の言葉を吐いても彼女は喜ばないだろう。

 

 ただ傍にいてあげること。

 そうすることでしか、僕が彼女に対してできることはなかった。




 いつから詩織はいじめられていたのだろう。

 彼女の様子を見る限り最近の出来事だとは察しがついたが、問題はその原因だった。

 

 詩織と話しても、彼女は中々そのことを話してくれようとしなかった。

 彼女が傷を掘り返したくないから話したくないのか、それとも僕が関係しているからこそ話したくないのか?

 どちらにしても深く踏み込めない部分もあり僕はその類の質問を避けるようにした。

 

 クラス内での孤立、不登校、突出した容姿。

 いじめのきっかけとなりそうな要素は確かにあった。

 彼女の美しさは相手の醜さを際立たせ、不登校が続けば人から疎まれ、いじめに発展しても孤立している彼女が口外できる相手もいなければ、されたところで助けてくれる人もあまりいない。

 むしろ今後の立場を危うくさせるだけに終わる。

 

 芳しくない状況だった。

 幸い彼女が再び不登校に陥る事は無かったが、いじめの被害を少しでも防ぐため僕は学校にいる間ずっと詩織の傍を離れないようにしていた。

 

 彼らが「こっちに来いや」と高圧的に言ってきた時も、僕は彼女の手を取り行かなくていいと小声で伝え、一切を無視することにしていた。

 その事に対して彼らはその場で手を上げてくる事は無く、案外場所を選ぶ奴らなのかなと思っていた。

 

 しかし彼らの怒りは確実に買っていた。

 ある時詩織は持病を拗らせ授業中に倒れ、午後の間はずっと保健室で寝込んでいた。今日は父親が迎えに来るという事らしく、仕方ない、一人で帰るかと家路を進んだ。

 

 その日はぽつぽつと小雨が降っており、傘を差すか差さまいかと迷うほど微妙な雨量だった。

 一応僕はビニール傘を差して、学校を少し離れた人気のない路地を歩いている時。

 

 運悪く、僕は彼らに遭遇してしまった。

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