第11話 運命の後押し
掃除時間になり、校庭周りの草を小林と談笑しながら抜いていた。
広大な運動場に散りばめられた生徒達は監督の先生一人では管理しきれず、どこで油を売ろうとバレようがなかった。
序盤は小林と最近公開された映画の話をしていたが、話題の切り替えを狙って僕はさりげなく詩織について尋ねることにした。
「朝、高坂が綾瀬さんに対して、ちょっと浮いている子と言っていたけど、あれってどういう意味なのかな?」
彼はうーんと唸る声を出し、適当な草を引っこ抜いた。
「まぁ、言葉通りの意味だよ。ちょっと変わっているというか、それを拗らせてクラスで浮いているって感じかな」
「それってどんな風に?」
「あーほら、今日だって早退してただろ?あんな感じ。学校休み勝ちだし、たまに来たと思えばすぐにいなくなるし。悪い奴には見えないし、きっと事情があるんだろうから皆それを察して聞かないようにはしているんだけど」
そこで彼は手を使って草を抜くジェスチャーをしてくる。
口ばっかり動かしていると怪しまれるから、せめて掃除をしているフリをしろという意味だろう。仕方なく足元にあった草を摘まんで抜く。
「クラスは色んな人間の集合体だから。どうしても協調性っていうのは少なからず必要なんだよ。綾瀬は、致命的にそれが欠けている。だから皆声を掛けづらいし、訳ありの子として認識され距離を取られている。浮いているっていうのは、まぁそんなところだろう」
「つまり、他の人と比べて付き合いが悪いから綾瀬さんは孤立しているの?」
「はっきりいえば、そういうことだな」
「そっか・・・」
それはまた大した理由だなと心の中で悪態を吐いた。たったそれだけの理由で彼女は浮いていると言われるのか。
恐らく誰も彼女に話しかけないからという流れから連鎖的に詩織は皆から距離を取られ、今の状態へと陥ったのだろう。
そんな彼女を誰も救おうとせず放ったままなんて、なんとも情けない話だ。
「小林は、何とも思わないのか?」
「そりゃ、気の毒だと思うよ。でもクラスには目に見えない流れってものがあって、俺は基本それに逆らわず流されることに徹している。もし波の流れに逆らおうものなら、俺も巻き添えを食って沈むリスクがあるからな。それに、俺個人がどうこうして変わる問題じゃないだろ」
「どういう意味だよ?」
淡々と仕方がないように話す彼を見て、僕は苛立ちを覚えた。これがもし中学時代の僕だったら迷わず胸ぐらを掴みにかかっていたかもしれない。
「・・・おいおい、そうムキになんなって。冷たい言い方になったのは謝るよ。つまり俺が言いたいのは、綾瀬自身が変わる意思を見せない限りは、何も状況は変わらないってことだ」
そこまで聞いて、確かに彼の言い分も一理あると思った。
周囲が彼女を求めても、彼女自身がそれを拒んでしまえば友好な関係は望まれない。
教室内での彼女を見た時、誰も近くに寄せ付けようとしない雰囲気を纏っていたことを思い出す。
周りが彼女から一歩距離を置いているのと同時に、彼女も自身の殻に籠りそこから出てこようとしないのだ。
「っていうか涼川、何で綾瀬がそんなに気になるんだよ?もしかして知り合いとか?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「知り合いでもない、初めて見た女の子をそこまで熱心に調べようとする」
小林は察しがついた様にニヤニヤする。
「もしかして、恋か?」
僕が硬直して心の中で狼狽しているとき、そこでタイミングよく掃除の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「時間だ、早く行こう」と素早く立ち上がると、「はいはい」と彼は楽しげに追いかけてきた。
こんなことをしては迷惑だろうか?そう思いつつ、足取りは目的地に向かって着実に進んでいた。
照りつける太陽が身を刺し、既にシャツの中はベトベトの汗で塗れていた。
今日の最高気温は三十五度、年々更新する夏の暑さは今年も本腰を入れて僕達を苦しめていた。
水道管工事が繰り返され継ぎ接ぎだらけのアスファルトの道がまっすぐに伸びており、それに沿って木の電柱が一定の間隔で並べられていた。
見渡す限りの広大な畑と長閑な山々、在来木造の家が建っているくらいで、あとは代わり映えのない田舎の景色だ。
僕は携帯画面に表示されたマップアプリを見ながら、自分の立っている位置と目的地との距離を確認する。
こんな辺鄙な場所でも通信環境は生きていることに関してはせめてもの救いだった。
それから五分程歩き続けると、目的の場所が見えてきた。
汚れ一つ目立たない真っ白な外壁に浅緑のスレート瓦が乗っており、二階建ての細長い建物はこの町でトップクラスに大きい建築物に見えた。
広く取られた砂利のグラウンドに一部芝生が敷かれ、その上に色鮮やかな塗装が施された滑り台やブランコ、ジャングルジムなどが設置されていた。
久しぶりに目の当たりにしたそれらは、小さい頃に遊んだものと比べて一回り小さく感じた。
銀色の門扉の前で立ち止まり、すぐ横の塀には〈社会福祉法人 清光園〉と書かれたプレートが柱に埋め込まれていた。
門扉越しに中の様子を覗くと、グラウンドの端の方で三、四人程の小学生が遊んでおり、施設の方は一部の部屋の窓から照明のうっすらとした光が見えた。
ここで立ち止まっていると不審者と勘違いされてしまう。
怪しまれる前に早く行動を起こさなくてはいけないのだが、ここにきて緊張し門のレバーを引く手が拒まれた。
用事自体は簡単なもので、ものの一分足らずで済んでしまうだろう。
たったそれだけの事なのに、これから彼女と会えることを思うと身が竦んでしまう。女子に話しかけることに抵抗を覚える、初心な少年だったと言う事に今更ながら気づかされた。
そんな僕に助け舟を出してくれたように、この時運命は僕の背中を後押ししてくれた。
「涼川くん?」
どこからか鈴を転がしたような声色が聞こえ、僕の胸は跳ねる。
振り返ると、太陽に手を翳し、目を細めてこちらを見る詩織がいた。
ノースリーブのシャツにショートパンツの格好は素朴なようで彼女の細身が強調され色気が増したように見えた。
両手に持ったビニール袋からはネギの先端や食品の包装が飛び出しており、隣には小学生位の女の子二人が詩織のシャツの端を持ってトコトコと歩いていた。
心の準備も待たず出会ってしまった急展開に僕は内心焦りを覚える。
「や、やぁ。綾瀬さん。今日も暑いね・・・」
ぎこちない挨拶をして、続く言葉を僕は探す。彼女は不思議そうに首を傾げていた。
「涼川くん・・・どうしてここに?もしかして、お知り合いがホームにいるんですか?」
僕は首を振り、怪しまれないよう少しだけ笑みを浮かべた。
「いや、今日は綾瀬さんに用事があって来たんだ」
「私に・・・?」
その時詩織の傍に居る一人の女の子が「ねぇねぇ」と言い詩織のシャツを引っ張った。
「お兄ちゃんだぁれ?お姉ちゃんの彼氏?」
それを聞いたもう一人の女の子が手を叩いてけらけらと笑った。
「ち、違うよ、結衣ちゃん!涼川くんに失礼よ!」
「あー顔真っ赤だ。照れてるー!」
女の子二人はからかうようにきゃっきゃっと騒いでいた。「もうっ」と言い詩織は頬を膨らませる。
この状況に関係のないことだが、詩織が僕を呼ぶ呼称が涼川さんから涼川君に変わっていることに気が付いた。同級生だと判明したことで、自然と沿うものに訂正したのだろう。
「暑いから早く入るよ。手洗いうがいを忘れないようにね」
「はーい!」
元気よく返事をして二人は門扉を開け中に入った。途中一人の子が戻って来て「彼氏さんもよかったら」と肩をすくめて言い奥の方へ走っていった。
詩織は僕の方を上目遣いに見てクスリと笑う。
「ごめんなさい。あの子達、元気すぎて困っちゃうよ」
「ううん、可愛い子達だね。荷物、持つよ?」
「え、そんな。いいですよ・・・」
僕は彼女の両手からビニール袋をゆっくりとした動作で掠め取り、「結構重たいね」と笑いながら言う。
「ありがと・・・」
彼女は照れた様子でお礼を言うと、門の前まで歩き振り返る。
「よかったら、中で休んでいきませんか?スイカ、あるんですけど」
言われた提案に僕は頷き、「じゃあ、折角だからご馳走になろうかな」と朗らかに答えた。
思わぬチャンスがやって来たと、僕の心は踊った。
彼女はパッと笑顔になり、「暑いので早く行きましょう!」と背中を軽く押して中の方へ入れられていった。
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