第11話 隣の肉屋の看板娘、田尻凛子登場。

 夏休みは時間の経つのが早く感じる。もう八月中旬だ。


 今は家族がメインで使っている畳の部屋で俺は美希さんの宿題を手伝っている。時刻は午前十時。


「——宿題全部終わったぁ。一護君ありがと〜」


 メイド服姿の美希さんが嬉しそうに座ったまま背伸びをしている。


「おっじゃましまーす」


 玄関の方から声が聞こえた。この声は——。


「一護久しぶり〜。って、あ、あれ? え? 美希さんが何故いるの? しかも可愛いメイド服着てる⁉︎」


「どちら様ですか?」


 美希さんが家に入って来た女の子に質問した。


「え? 同じクラスの田尻たじり凛子りんこですけど」


「知らない」


「し、知らない⁉︎ 私の席って美希さんの隣なんですけどぉぉ」


 う〜ん。美希さんは俺の時も同じクラスなのに知らないって言ってたなぁ。冗談なのか本気なのかよく分からない。


「隣の席の人でしたか。凛子さんは一護君とどんな関係ですか?」


「いきなり何⁉︎ どんな関係って私は一護のお隣さん。そして私の家はお肉屋さんで一護の家はお得意様なの」


「そうですか。お隣のお肉屋さんのお嬢様ですか。凛子さんは一護君の只のお友達なんですね」


「うっ……。み、美希さんは一護の何? どうしてメイド服なんて着ているの?」


 何故だろう。二人のやり取りで部屋の空気が重くなっていくのを感じる。


「私は住んでいたアパートが老朽化で無くなりホームレスになったところを一護君に拾ってもらい、お母様からメイドとして雇われました。メイド服は制服です。

 そして私と一護君の関係は生涯を共に生きていくパートナーです」


 美希さんは簡潔に言った。凛子さんは困惑している。


「ちょっと待って。情報量が多すぎぃぃ。なんなのその非現実的な内容は。一護ホントなの?」


「ホントだよ」


「えぇぇ……。そんな真顔で言わなくても……。私が部活の合宿に行っている間にそんな事があったなんて。パートナーって事はもしかして……」


「そうです。恋人以上の関係です」


 しれっと言い放つ美希さんを見て驚く凛子さん。


「はぅぅ。私だって一護の生涯のパートナーになりたかったんだよぉぉ」


「は? そうだったの?」


 お隣に住んでいる田尻凛子さんは俺と同時期に引っ越して来て同じ高校に通う同級生。気づかなかった。凛子さんが俺とパートナーになりたかったなんて。


 つまりは俺の事を好きって事だよな。


「……奪ってやる」


「はい?」


「美希さんから一護を奪ってやるぅぅ。宣戦布告じゃぁぁぁ」


 凛子さんが訳わからない事を言い出した。


「凛子さん落ち着いて。それは無理だから。俺は美希さん以外の女の子には興味がない。諦めて」


「へっ? 一護にふられたぁぁぁ。うわ〜ん」


 凛子さんは泣き出した。喜怒哀楽が激しい。


 俺と美希さんが座っている正面に凛子さんは泣きながら座った。


「……分かっていたよ。一護は私に興味ない事は。出会ってからいっぱい好き好きアピールしていたけど気付いてくれなかったし……」


「ごめん。マジで気づかなかった」


「……いいよ。二人の間に私が入る隙間は無さそう……悔しいけど……」


「お茶どうぞ」


 美希さんが冷静にお茶を凛子さんに差し出した。


「ありがと。……あっつ。ねぇ、二人に何があったのかもう少し詳しく教えてもらえないかな」


 凛子さんが俺たちに尋ねる。美希さんに教えていいか聞くと『いいよ』と許可が出たので一通り教えた。


 ◇◆◇


「そっか。私も美希ちゃんのプライベートは知らなかったけど大変だったね」


「もう大丈夫です。一護君がそばにいてくれるから」


「う〜。失恋したばっかりなのにぃ。それ聞くとつらいけど、私は身を引くよ。そのかわり美希ちゃん、私と友達になって」


「……ごめんなさい。無理です」


「えぇぇ〜。どうしてぇぇぇ」


「友達にいい思い出がないから……二度と作らないって決めてるから……」


 美希さんは悲しそうな顔をしている。過去に何かあったみたいだ。……聞けないな。


「何かあったかは分からないけど、私はその友達じゃないよ。分かった。友達を作らないのなら親友になろ」


「親友?」


「そだよ。親友は喧嘩をしたり、遠慮はしないけど裏切らないよ」


「ごめんなさ——」


「はいダメー。美希ちゃんの拒否権は一回だけでーす。現時点で私と親友になりました〜」


「え⁉︎」


「はいこれお土産。みんなで食べてね。じゃ、私帰るね」


 そう言って凛子さんは立ち上がり部屋を出て行った。


「……ねぇ一護君、私どうしたらいいの?」


 美希さんは困った顔をしている。


「う〜ん。悪い人じゃないから親友になってもいいと思うよ」


「一護君が言うのならなってもいいかな」


 ニコッと笑う美希さん。


「そろそろお昼だね。昼飯作ろっか」


「私が作るね。何食べたい?」


「そうめん」


 俺のリクエストを聞くと隣にいる美希さんは立ち上がった。その途中で俺の頬にキスをした。


「一護君。凛子さんじゃなくて私を選んでくれてありがと」


 そう言って美希さんは台所へ。


 ……美希さんの人生ってつらい事が多そうだ。これからは楽しい人生にしてあげたいな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る