第12話 やっぱり決心した
両親は、旅館のカウンターで、支払いを済ませる。
伯母さんの招きではあったが、客として着たけじめとして、払うのだという。いくつかのサービスは無料にしてもらったところがあるがーー。
俺たち家族の出発にあわせて、入り口の前に車を用意してくれていた。
温泉街の麓の駅まで30分ほどかかるのだ。
鞄を送迎用のバスに積み込むため、静香もロビーにいた。
俺の鞄を持ったときに、ちらっと見た。
だが既に諦めたのか、それ以上は何もしてこなかった。
声をかけようとしたが、荷物を抱えて、また玄関前のロータリーに歩いていった。
小さな少女の鞄には、パソコンやら何やらを一式積み込んだ俺の鞄は重かったようで、ややよろめきながら運んでゆく。
俺は立ち上がった。
「お客様、結構ですのでお気遣いなく」
顔も見ずに断った。
「いいよ、大変だろ」
「お、お客様……こ、これがわたしの仕事……ですから」
明らかに辛そうに重たそうに運んでいる。
「いいから渡せーー」
「あ……」
なおも抵抗する静香から鞄をひったくり俺の鞄をバスの荷台に入れ込んだ。
いよいよ出発の時間がきた。
帰りは玄関先まで伯母さんが送った。
「姉さん、凄く良かったわ。頑張ってねーー」
「ありがとうございます、お義姉さん」
「いいえ、とんでもない。楽しんでもらえたかしら」
びしっと着物を着て佇むその様は、見るからにこの旅館を取り仕切っている女将の威厳が漂っている。
「さあ、お客様が出発されるわ」
傍らには静香も部屋の世話をした担当の仲居として、控えていた。
「ありがとうございました。お気をつけてーーまたお会いできる日を楽しみにお待ちしております」
静香は、大きく頭を下げた。
「ああ、もうーー」
俺は頭をかきむしった。
困った少女を見てたら、放っておけないーー。
ちくしょう、静夫かどうかは、関係ない。これは、俺の主義だ。
そして、俺にできることといったら、これしかないだろう。
両親の後ろに控えていた俺は一歩前へ出た。
「伯母さん!」
突然乗り出した俺を見ても動じない。
「なんでしょうか?」
俺は、大きく頭を下げた。
「俺を、いえ、僕をここで働かせてください」
「ちょ、ちょっと良太。何いってるの!?」
突然の行動に母さんは驚く。
「俺、考えました。ここで働きたいんです」
笑顔だった伯母さんが、急に真顔になる。
「……本気で言ってるのですか?」
「もちろん、本気です!」
「来るものは、拒みませんがーー」
「おい、良太。冗談で言うもんじゃないぞ」
「親父、いや俺だって男だ。金だって欲しいし、やりたい社会勉強にも良いしな。うちでごろごろしてるより、ましだろう」
そういうと親父は俺の本気度を察したのか、それ以上は止めてこなかった。
「……きっちり自分で責任を取るんだぞ」
「わかってるって」
「姉さんは厳しいわよ? 身内の経営だからって甘く考えると大変よ?」
母さんも父さんに同調する。
「違うよ、母さん。俺、ここでやってみたいんだ」
冗談か、気まぐれと思った父さんも母さんも当然だが、止めにかかる。俺は本気であることを訴える。
「ちょ、ちょっと待って!」
静香が叫んだ。
「何もそこまで……」
「静香さんを見て、俺も刺激を受けました。何かやらないとって。お願いします、伯母さん」
さらに頭を下げる。
伯母さんは少し目を閉じつつ、呟いた。
「まだまだ至らない娘ですが……静香をきっかけに、何か思うところがあったのでしょう……」
そういうと、目を見開いた。
「いいでしょうーーさやか。あなたは?」
伯母さんは、俺の母親の意向を伺う。
「この子がそうしたいというのなら……」
「ありがとうございます!」
「ばか、何言ってんだよーー」
静香は、この展開に流石に驚いた様子だった。そのせいで、いつもの口調に戻っていた。
「ばかってなんだよ、お前がそうさせたんだろ」
そのやりとりに渇が飛ぶ。
「静香っ」
伯母さんの制止に、静香は再びお仕事モードに戻り、背筋を伸ばした。
「は、はいっ」
「感謝しなさい。あなたを慕って一緒に働く仲間ができたのですからーー」
「はい……」
「良かったですね、静香ーー」
厳しい面もあるが、些細なことでも評価するときには評価する伯母さんの一面もみれた。
「伯母さん……」
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