第838話 ノクトがわいてきた

 セバスとイチアと三人で話していたら、盛大なため息祭りになった。私が陰ながらいろいろとしていたことを知らなかったようで、二人は、明後日の方を向いていた。



「そういえば、私……」

「まだ、何かあるのですか?他にあるのなら、さっさと言ってしまったほうが、僕たちがらくだからさ?」

「……そんなに邪険にしなくても。言ってあると思っていたけど、まだ、だったかなって」

「今度は、何ですか?少々のことでは、驚きませんよ?」

「……うん。今更ながらなんだけど……」

「はい。何でしょうか?」

「アンバー公爵家の筆頭執事」

「ディルさんですか?あの御人が何か?」

「……前公の耳だったのよね。ゴールド公爵家にもいるんだけど……あっちはあっちでそのあたりはうまくやっているみたいなんだけど……」

「「……今、なんて言いましたか?」」

「ん?」



 アンジェラが生まれたときに、ディル自らに今後の身の振り方を考えろと言ったことを今話しているに過ぎないので、目新しい話ではない。

 うちもいろいろと筒抜けになると困ることもあるので、ある程度、情報を選んで公へ献上してほしいと考えていたころだったのを思い出していた。



「だから、今、なんて言いましたか?って、聞いているのです。アンナリーゼ様!」

「どれのこと?」

「耳っていうことはですね?わかりますか?アンナリーゼ様。筆頭執事といえば、公にアンバーの内情が筒抜けじゃないですか?」



 イチアが厳しい目でこちらを見、セバスは首を振っていた。私にとって、それほど重要なことでもない。



「そうね。私も困ったことがあったり、何かあれば、ディルに相談しているわ!なんせ、アンバー公爵家の中で知らないことはないから」

「それが、いけないって言っているんです!すぐに、その相談とかするのは、辞めてください!じゃないと、公に優位な情報が……」

「……あぁ、そういうこと」



 こともなさげに言えば、二人がこちらをくわっと見た。その目を見れば、アンナリーゼ様!とお叱りを受ける前であることは、わかる。



「何をそんなに警戒をしているのかはわからないけど、ディルは私の味方よ?二重の耳になってくれているのよ。そのことをデリア以外に話したことがあったかなって思って。ウィルやセバス、ナタリーは友人ではあっても、アンバー公爵家のことには関われないでしょ?味方もいない、ジョージア様も取られた。デリアと二人でどうやってアンジェラを守っていこうかって考えていたときに、脅してみたのよ。ディルを」

「……アンナリーゼ様に脅されたなんて、たまったものじゃないですね」

「それで、今、そんな話をするってことは何かあるのですか?」

「うん、人をね……よこしてもらおうと思うの。デリアは護衛も兼ねていた侍女だったけど、リアンはそうじゃないし、ウィルも近くにはいない。エマはデリアの後継だけど、それほど力があるわけじゃないから、子どもたちを守るために一人、人が欲しいの」

「なるほど。子どもたちですか」

「うん、今回は、狙われたのがジョージア様だったから、まだ、いいんだけど……子どもたち、特にアンジェラを狙われると非常にまずいわ。だから……ね?」



 まだまだ、小さい子どもたち。守るためには、人手はいる。ジョージアにも護衛を一人つけるべきだと考えると、人手は少ない方だ。交代要員も必要になる。

 ウィルは元々近衛からの借り物。今のような状況であれば、今回のようにかの地に留まることもある。

 それをいうなら、アデルもなのだが、アデルは近衛をやめ、この領地に根付くと引き抜き案を受けてくれている。



「確かに、のどかなアンバー領には、刺客なるものが送られてくる日が来るなんて思いもしなかったですからね。それだけ、国内でアンバー公爵家の力が戻る傾向があるということでしょう。次の始まりの夜会で、アンナリーゼ様がどれほどの人を惹きつけてくれるかによりますが」

「……セバス。どれほど、盤面の色は、青紫に変わっていると思う?」

「それは、やはり、金に対抗するためですか?」



 私は頷いた。



「元々、金とアンバーは同格なのよ。ローズディア公国の初代公の妹が降嫁した公爵家なのだから。気のいいアンバーが、長年、金を始めいろいろな領地から搾取され続けていただけだと、私は思っているわ。領主も領民をそれを受入れていた。初代公がいるときは、それでよかったのよ。公が可愛がっていたハニーローズがアンバーにはいたから」

「今は、その意識改革も含めたアンバー領の改革なんだね。第一次産業となる麦やいもや砂糖、他にも養豚や葡萄、養蚕や綿花などから、第二次産業につながる粉の生成、ベーコンやハム、葡萄酒に蚕や綿から作る糸や布にドレスなどの加工品。第三次産業となる公都の本店ハニーアンバー店を含む領地に直売で利益を得る。店先支店を置くのは、店を構えず、お客の要望にだけ応えられる店を早急に出したかったのと、地元で根付く信頼できる店との繋がりを考えて。全て、アンナリーゼ様の考えを元に動いていること」

「簡単に言ってしまえば、そうなるね。セバスは最初から、アンナリーゼ様とともにこれらの未来構想をしてこれたこと、羨ましい限りだよ」

「イチアもほとんど初期から関わっていたと思うけど?砂糖が欲しいって言ったときには、もれなくノクトとイチアがついてきたんだもの」



 あのときは……と愚痴を言っていると、部屋が豪快に開いた。待っていた手紙と一人が届いたのだろう。

 放蕩していることを許しているのは、腕が立つからでもあるし、その顔をみればニコライについて回ってくれていたのだろう。



「何やら呼ばれた気がするぞ?」

「ノクト」」様」

「おう、ただいま。今、アンナの望みの品を届けにきたぞ?」



 脇に抱えられている子は、なんだかぐったりしている。大丈夫なのかと心配になるが、領地の入口を通らず、どこかから抜けてきたのだろう。

 昨日、襲われただけなのに、もう、欲しいものが届くなんてと笑いたくなった。

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