第792話 春に向けてⅡ

「あとは、農作物ですね。秋に蒔いた分の収穫がそろそろ始まります。じきに次の種まきがありますけど」

「どうなのかしら?」

「どうというと?」

「他の領地が、もしかしたら、間に合わない場合があって、食糧危機に陥る場合が考えられるの」

「それでしたら、今年は、元より3期作をしてみようという話が農家の方から出てきています。特に麦と芋を手がける農家からの話がありますから、もし、他領の食糧危機だったとしても、幾分かは放出できますよ!」

「さすがね!食糧危機になる可能性を多めに見積もっておいてくれると助かるわ!もしかしたら、主食だけでなく、いろいろと足りなくなる可能性もあるから」

「全ては、病からですね」

「うん、こればっかりはね。仕方がないよ!みんななりたくてなっていたわけではないんだし!」



 確かにとみなが頷いている。今年は、他領の農家は、対策を練ってはあるが、どうなるかはまだわかっていない。なので、予備の見直しなど、しておくのは必要だと呼びかけた。



「新しい作物についても、今年は作ってみることになっています。まだ、作れるかは実験段階ではありますが、ヨハン教授のいうとおり、何事もなくできてしまう気がします」

「そうだ。肥料の提供をする約束になっていたんだけど、それは、手配できそう?」

「すでに準備は終わています。近日中に指定されたところへと送る予定ですけど」

「それなら、安心ね!イチアもセバスも仕事が早くて助かるわ!他の人たちも、手伝ってくれているのよね……本当に、いつもありがとう」



 いえいえこれくらいと笑うイチア。有能過ぎる軍師は、有能すぎる文官でもあるんだなと感心してしまった。セバスもだいぶイチアの技術や心遣いが読めるようになってきているので、頼もしい。成長していっているセバスを見ると、なんだか嬉しい。思わずクスっと笑ってしまった。



「あと、養豚場の話なんですが……」

「うん、どうかしたの?」

「本格的に進めたいとヤイコから連絡がありました。許可は少し待たせていますが、どうしますか?」

「そうだね……さっきも言った通り、食糧危機に陥る可能性もあるの。だから、出来るだけ、保存食になるものは、あるとありがたいわね!あぁ、そうそう。おもしろい加工の仕方を教えてもらったの!」

「それは、どんなものですか?」

「ハム!」

「ハム?ハムって、ハムですよね?」

「うん、そう。でも、なんていうか……もっと、じゅわっと美味しいのよ!見本に買ってきてあるから、ヤイコたちにも送っておくわ!あと、今日のご飯にも出しましょう!驚くほど、おいしいのよ!」

「ハムはハムでしかないですよね?」

「そう、思うでしょ?ニコライ。食べたことないかしら?厚切りしたハムのステーキ」

「……ありませんね」

「とっても美味しかったから、ぜひ食べてほしいの!あと、そのハムを作るのには結構な手間暇がかかるっぽいから……けっこういい商品になる可能性があるわね!」



 ニコッと笑うと、ニコライも笑う。商人らしいその笑顔をみれば、興味を持ってくれたようだ。これで、ハムの加工から販売まで、大まかな道筋はつきそうである。



「アンナは、どこでそんなハムを?」

「南に行ったときに、出されたんですよ。私が食べたのはスープの中に浮かんでいましたが、向こうの人に聞くと厚く切って焼くのが1番美味しいそうです!」

「あぁ、それ、俺も食べた!」

「ノクトも?」

「聞いたことあるなぁ……と思っていた、あれな?」

「あれですね?」

「イチアも?」



 ノクトとイチアもニヤッと笑っている。これは、ぜひとも商品になるだろう。



「あれなら、商品価値はかなり高いはずだ。まず、作れる職人も少ない上に、作るようの原材料である豚を仕入れることが困難だったはず。職人に声をかけて、こっちに移住できないかの相談を持ちかけてみたらどうだ?養豚場を作るなら、豚の加工工場も作るつもりなんだろ?」

「えぇ、それはもちろん。養豚場の近くに作れればって……今は、葡萄園の土地も含めて飼い放しになっているのだけど……そうね。ヤイコと葡萄農園の方とも相談して、今後のことを決めていきましょう!出資することは決めていたのよ。建物を建てたりするにも人手がいるから……春まで待ってもらっていたんだけど、そろそろ動けそうね!」



 頷くと味を知っている二人と大きな商売になるとふんだニコライが頷いた。

 この三人が頷いたなら、きっとこの話は早い。あっという間に、いろいろと出来上がってくるだろう。



「アンナリーゼ様、よろしいですか?」

「何かしら?ナタリー」

「今年の春の社交で着るドレスの話ですけど……」

「えぇ、お願い」

「今年は、首回りにレースをあしらったものにいたしました。後で見ていただきたいのです」

「わかったわ!用意できたら、すぐに呼んでちょうだい!」

「はい、わかりました。今年の流行は2種類にしました。アンナリーゼ様のように背が高くほっそりしている人に似合うドレスと、背の低い方用のドレスにわけてあります。ご自身が選べばいいと思いますが、いかがでしょうか?」

「体型にあったドレスか……今まで、流行りばかりで、あまり考えていなかったけど、それ、とってもいい気がする!今後もそういうふうに考えましょう!流行りだけを追うことなく、自身にあった輝けるドレス!素敵だね!」

「そうですよね。未婚の令嬢が、アンナリーゼ様と同じようなドレスを着ても、背伸びしているように見えて、とても似合っているとは思えません。販売の方にも流行りを入れつつ、その方に似合ったドレスを提供するよう伝えてもいいでしょうか?」

「そうね……売上云々より、その方がいいわ!ドレスは、淑女の嗜みですもの。自身が輝けるものを選ぶべきね!」



 ナタリーは何度も何度も頷く。少し前から、そのようなことを考えてくれていたらしく、似合わないドレスでは、輝けないのがもったいなく思っていたらしい。

 ナタリーの目はしっかりしているので、この件は任せていいだろう。ニコライとこちらも話し合うだろうと、許可だけだしておくことにした。

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