第791話 春に向けて

「次は、春の社交に向けての話をいいですか?」

「えぇ、いいわよ!ニコライは、そろそろ動き出しているのね?」

「はい、アンナリーゼ様のご提案どおりの香水ですね。体制が整いましたので、各店舗への配送を始めています」

「各店舗?」

「病のことがありましたので、ローズディアの公都の店とサシャ様に相談をしてトワイス国の店、あとは、ここの本店の3店舗の展開となります。本当は、もう少し、販路を広げたかったのですが、こればっかりは……」

「そうね、その考えはいいと思うわ!このご時世、あまり、世間を刺激しないほうがいいもの。ローズディアでの売上はそれほど気にしなくていいわ。国内が落ち着いたらと様子をみてちょうだい」

「トワイス国の方ですが、当初予定していた数より、少し多めに欲しいと連絡が入っています。何やら、サシャ様が先に王太子妃に話してしまったらしく、『おもしろそうじゃな?』と……すでに、王太子妃の周りでは、次の流行の話だけ先行してしまって、入荷を待ちに待っている状態だそうです」

「シルキー様……好きですね。おもしろいこと」

「秘めた恋を云々言っていた気がするが?」

「そうですよ。まだ、浸透していないのですけど……たとえば、ジョージア様と私は、今、香水を共有しています。だから、同じ香りがするはずなんですけど……」

「そういえば、アンナリーゼ様から、いつもの甘い薔薇の香りがしませんね?」



 自身で言ったものの、指摘されみなに見られると、さすがに恥ずかしい。今年、作ったばかりの香りではなく、ジョージアがいつも使っているものを少しだけ分けてもらっていた。と、いうか……公都の屋敷にあったものを勝手に拝借していた。緊急的に開かれた夜会で、公に次の流行の話をするために……。

 実際、夜会に行ったときに女性方は、ジョージアの使う香水に気が付いた人も何人もいたことに驚いたものだ。



「ヒーナを夜会に連れて行ったから、そのときに公への次なる流行の話をするために借りていったの。私、思ったのだけど……」

「なんですか?教えてください!」

「ジョージア様の香水って、実は何種類も掛け合わせてあるものなのね」

「そうなのですか?」

「あぁ、好きなものをより、好きな香りにと思ってね。アンナから同じ香りがすると、悪いことでもしているようで、少しさっきから落ち着かないんだけどね……」

「そういうことです。人によると思いますけど……こういう効果が欲しいのですよね。それと……」



 ジョージアを少々睨む。



「何……かな?アンナ、怖いんだけど?」

「ジョージア様って、未だにモテるんですね?」

「なんで?俺は、アンナだけだよ?」

「香りです。私がこの香水をつけて歩いていたら、あちこちの女性から、ジョージア様!と声をかけられましたよ?」

「妬いてくれているのかな?」



 少し嬉しそうに、トロっとした蜂蜜色の瞳を細める。たぶん、誰にもわからないだろうが……これに、微笑みが追加されたら、世の女性はきっと抗うことなくついて行くのだろう。幸い、ジョージアは、黒の貴族のような性質ではないので、お誘いされたとしても断るだろうが。



「そういうのは、報告会が終わってからお願いします!」



 イチアにピシャリと言われ、すみませんと悪くない私が謝る。



「それで、効果はありそうってことですね?」

「えぇ、新しい香りなら……効果がありそうだと確信したわ!組み合わせの方ではなく、もうひとつのほうは、まだ、出荷していないかしら?」

「男性用のものと、男女どちらがっていうものですね?」

「えぇ、そう」

「それなら、まだです!そろそろ、出荷準備にかかりたいとは思っていたのですが、飾り箱の件で、アンナリーゼ様に確認がしたくて……」

「それなら、報告会が終わったら、すぐに聞くことにするわ!あと、お願いがあるのだけど……」

「お願いですか?」

「えぇ、至急、ラズを呼んで欲しいの。作ってもらいたいものがあるわ!あと、あの二人ね!」

「コルクとグランですね。わかりました。至急連絡をとってみます!」



 ありがとうとニコライにいうと、簡単なことですよと笑う。みな、私がこうしたいといえば、簡単なことだと請け負ってくれるのだが……それぞれに私に添うよういろんなことを考慮してくれているのだろう。



「今度は何をするんだ?」

「香水の話は今、してたでしょ?同じものを恋人と、もしくは、秘密の相手と共有するっていうのが、今年の流行にしようとしているんだけど……何か他にも仕掛けがしたいの!組み合わせの方は、もう、売るための準備が整っているし、あれは、どちらかというと女性の好む香りが多いからね。流行らせたいほうは、まだ、もう少しだけ、時間があるのかなって思って」

「アンナは、次から次へと何か考えてくるね?」

「殆どが思いつきですから、振り回される方は、大変だと思いますよ?ニコライとか、本当によく動いてくれてます!学園でニコライから先に声をかけてくれて、本当によかった!もし、そうじゃなかったら、こんなに事業拡大なんて、考えられませんでしたよ!」

「どうしてだい?」

「見てください!三商人の渋い顔を」

「私たちですか?」

「えぇ、そうよ。もし、ニコライが私のお友達ではなかったら……あの三商人を相手取って事業展開から利益計算から何から何まで説明しても、きっと重い腰は上げてもらえませんから」

「……そんなことは、なぁ?」

「テクトさん、アンナリーゼ様の言っていることは、きっと正しいですよ!どんなに先見の明があるアンナリーゼ様の言葉だったとしても、今のニコライのように私たちは動けませんから!」



 ユービスがニコライを見て頷く。商人ニコライは、領地の三商人に認められるくらい、商人として、大きく成長したことをこの場で示したようである。

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