第778話 やっと、帰れる!

 領主たちとの会合も、概ね決めなくてはいけないことは決まった。ローズディア公国の半分より少し多い会合であったけれど、ゴールド公爵傘下の領地は、そっちでまとまってくれるだろう。

 公の方を見れば、課題は残るものの、悪くない手応えを感じていると顔に書いてあった。


 さて、私は、面倒なことに巻き込まれないうちに……


 静かに後ろで見守っていてくれたディルに視線を送ると椅子を引いてくれた。私は立ち上がり、公へと挨拶をしようとしたとき、目が合ってしまった……公と。



「それでは……」

「アンナリーゼは、執務室へよるように!」



 ニッコリ笑ってこちらを向くので、拒否権はないというものだろう。


 今日、私は、失敗していないはずだよね?


 今日も今日とて連れていかれるのであった。



「公、今日の私はどこも失敗していませんよね?」

「していないと言えば、していないし、していると言えばしている!」

「どこが!」



 領主たちが集まり状況や今後の話を終えれば、私は領地へ帰るつもりだった。不本意にも公に呼び止められたことで、未だ屋敷にも帰れずにいた。



「学都の話なんだが?」

「それは、私、今は気分ではないので、話しません」

「いいではないか、俺とアンナリーゼの仲ではないか?」

「そんな猫なで声で私を陥落させられると思っていますか?だいたい、公では無理ですから、その気持ちの悪い声をなんとかしてください!」

「あぁ、わかった。それで?」

「話しません。まだ、何も整っていないのに、話すことなんて何もないじゃないですか?」

「いつだったか、トライドから、アンバー領の識字率について聞いたことがありますね?」

「宰相まで、私を脅すのですか?」


 コテンと小首を傾げると、滅相もないと首を振る宰相。セバスは、ローズディア公国の文官であるため、領地のことをちゃんと報告しているらしい。今までは、わりと見てももらえなかったので、こちらとしては、何をしていてもよかったのだけど、最近は、宰相付きにパルマを献上したおかげで、内情が少し漏れている。別に悪いことをしているわけではないので、構わないのだが、厄介な場合もあることは、今、学んだ。



「識字率だと?国民の識字率は……だいたい4割あればいいほうだろ?」

「公よ、識字率は3割をきっておりますよ」

「そんなに低いのか?」

「学ぶ人も少ないですけど、学ぶ場所も少ないですから、一向に上がらないのが問題なのです」

「それで?アンバー領の識字率はいくつなんだ?」



 私に言っても言わないだろうと思ったのか、宰相に尋ねる公。



「私が把握しているのは、8割を越えていると伺っていますよ?どうです、アンナリーゼ様」

「今は、9割を越えていますよ」



 ボソッと呟くと、なんだって?と公が驚く。

 学都を目指しているのだから、領地内の識字率をあげるのは当たり前の話だ。



「もういいですか?私もひまではありませんし、公の命令で数ヶ月も我が子と会えない日々を過ごしているんです。公なんて、疲れたといいながら、第二妃といちゃこらしているんでしょ?人に働かせて、自身は甘えるだなんて。晒し首にして差し上げたいわ!」



 睨むと、一瞬怯んだが、慣れっこだと、まだ立ち向かってくる。立ち向かう先が、私でなくゴールド公爵へ向けばいいのに!と思いながら、次の言葉を待った。



「秘訣みたいなものがあるのか?」

「お答えできません」

「トライドを返してもらうぞ?」

「では、文官を辞めてもらいます。退職金は、そうですね……未来の宰相だと思えば……きっと安い額を……」

「待て待て!」

「私、早く帰りたいのです……みんなの無事な顔を見たい!公ならわかってくれ……ないですね。子ども、嫌いですものね。きっと、子どもに勉強を教えられるようになったら、識字率が上がる方法を思いつくと思いますので、この話は、おしまいで。では!」

「今回は、ご苦労だった」

「本当ですよ!報酬楽しみにしています!」

「次も頼む!」

「うーん、それは、お断りで!公がもっと他の領主と話をして力をつければ考えなくもないですよ?」

「それは……」

「今日の領主たちの人数、覚えておいてくださいね!公の味方ないし、中立の領主たちです。中には、私が来ることに期待して来ていた領主たちもいたと思いますが。自力で8割の領主たちを揃えられるようになってください。国の危機だというのに、半分の領地、しかも、大領地の領主が殆ど顔を出していない。それが、どういう意味なのか、しっかり考えてください」

「……わかっている」

「それなら、跳ねのけられてもめげずに、公の誠意をみせてください。領主たちは、金のうまみにだけ反応しているわけではないのですよ?」



 それではと席を立てば、もう、呼び止められることはなかった。馬車に乗り、公都の屋敷へと帰る。

 そこで、今日の話をノクトに伝え、アンバー領とコーコナ領へ手紙を書いた。最南端にいるだろうヨハンとウィル宛にも書き、一足先に領地へ帰ると締めくくる。



「なんとか、間に合いそう」

「大旦那様たちですか?」

「そう。明日の朝、ここを発つわ!馬車での移動ではなく、馬で移動することにするよ。その方が、早くつくし……このご時世、馬車で移動すると目立つから」

「わかりました。旅の準備をしておきます」

「ごめんね、デリアの側にいてあげなくて」

「いいんです。デリアはアンナリーゼ様の側にいたいでしょうが、大きくなっているお腹を慈しみ、生まれてくる命を楽しみにしております。元気な子を産むことが、今は何より大事だと思っているみたいなので」

「うん、よろしくね。デリアのこと」

「もちろんです。夫として、妻も子も愛しみます」



 ありがとうといい、眠りにつく。次の日の朝早く、公都から出発するのであった。


 待っててね、アンバー領!やっと、帰れる!

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