第779話 懐かしい我が家まで
公都を出てから1週間。
領地の境目で私とノクトは足止めを余儀なくされる。
「領主が率先して、決まり事を破るのはよくないわよね……」
屋敷は目前であるにも関わらず、ぼんやりと野営地で過ごしていた。野営地といえど、簡易宿場が、いつの間にか出来ていて、そこに泊まることになる。病を領地に持ち込まないために必要なことなので、文句は大きな声では言えない。
「アンナ、明日の朝には許可が下りるだろ?」
「えぇ、そうね。そういえば、今晩お薬を渡されるのよね?」
「ヨハンが作った薬だったな。感染病に対して、予防効果があるのと、領地で罹患したときに他への罹患させないためのらしいな」
「そうなのよね!いつの間にって感じがするわ。これがあるから、2週間の隔離生活が短くなったのよね。ヨハン様様だわ!足を向けて寝られない!」
「しっかり、足蹴にしてそうだけどなぁ?」
ジトっとした目でノクトに言われ、そんなことないと否定する。雑魚寝をすることすら、少なくなってきたが……きっと、蹴り飛ばしていることだろう。
ヨハンの作った薬は、ここ数週間のうちに他領の治験参加している人たちによって、少々の誤差を出しながら完成した。元々、研究していたらしいので、後は治験だけとなっていたらしいのだが、治験者を勝手に集めてやってしまったらしい。
罹患者の多い場所で、まだ、罹患していないものから進め、南から北へと薬を流してくれている。
アンバー領とコーコナ領は、ヨハンの研究のお膝元ということで、優先的に薬を流してくれた。成分を見てもちっともわからないけど、変なものは入っていないことは、助手が成分表に書かれている原材料を見せてくれて説明を受けたので大丈夫だろう。
粉になるとわからないけど……目に見える薬草だったらわかるからね!
それで、治験後の配布については、さすがに公と私へ許可を取ってきたので、私は許可を出したのだ。
コンコンと扉がノックされるので、どうぞと声をかけると、この宿を管理してくれている女性が入ってきた。
「アンナリーゼ様、こちらがお薬になります。どうぞ、これをお飲みになってください」
「ありがとう。あなたも、大変ね?」
「私は、別の病で子を亡くしました。夫と話して、イチア様の出された求人に募集をしたおかげで、働くことが出来て、幸いです」
「そう、それは……なんというか」
「そんな顔しないでください。私も夫もアンナリーゼ様が、この領地へ来てくださったから、希望もできましたし、元気になれたのです。今は、子と三人でここでの生活を楽しんでおります」
「それなら、よかった。家族も一緒なのね!」
「えぇ、そうなのです。アンナリーゼ様には、ぜひ、お礼を言いたかったのですが、今回このようにお会いできたこと、嬉しく思います」
「大変だと思うけど、頑張ってね?」
「もちろんです!」
女性の顔を見れば、強く逞しい領地の女性たちを思い起こさせる。どんなに辛くても、上を見て足を踏ん張り、頑張ってくれている彼女たちには、いつも私の方が勇気づけられる。
ニコリと笑い、女性は部屋から出て行く。
私は薬を飲み、ひと眠りするのであった。
◇◆◇
朝、スッキリ目が覚める。春近しと言えど、まだまだ寒さが残る朝だが、清々しい気持ちになった。
中庭を少し散歩していると、空気感が懐かしい。
「やっと、帰ってこれた!」
まだ、領地と領地の境目ではあるが、ここ数年でいっきに慣れ親しんだ私の第二の故郷の景色にホッとする。
「アンナか?」
「ノクトももう起きたの?おはよう!」
「この分だと、すぐにでも出発出来そうだな?」
「そうだね。でも、その前に、焼き上がるパンのとってもいい匂いがするから、朝食をいただきましょう!」
ニコッと笑いかけると、何だか残念そうである。なんで、そんなに残念そうなのかは聞かないが、釈然としない。
とにもかくにも、美味しそうな香りに私は引き寄せられていく。
「そういえば、領地に帰ったら、まずは、お誕生日会か?」
「それもあるんだけど……」
「何があるんだ?」
「義父母がね、帰ってくるの。領地を見て回りたいって申し出があって、無下に出来ないでしょ?」
「それなら、別にアンナでなくてもジョージアにお願いしておいてもいいんじゃないか?今のアンバー領なら、アンナよりジョージア様の方が詳しいんじゃないか?」
「そっか。それもそうだよね。それより、屋敷でのおもてなしを中心に頑張ろうかな?」
「それも、リアンがちゃんと進めているから、アンナが入ってしまうと、邪魔になるぞ?」
「……私って、邪魔者?」
「しばらく、領地から離れていたからなぁ……それより、この春の社交用に進めていること、今後の話をセバスやイチアと詰めておいた方がいいだろう。あとナタリーと協力して……」
「うーん、やっぱり、私はそっちの方がいいのかもね!石切りの町へ一度向かうわ!街道の進み具合の話も聞きたいし」
ノクトに指摘をされ、離れた期間のことを思うと何もできないことが歯痒い。ただ、南部へ行ったからこそ、掴んだこともあるので、それも含め、領地の話をみんなでする方がいいのだろう。
次の始まりの夜会まで、私が整えなければいけないことはたくさんありそうだ。
朝食も食べ終え、レナンテの背に跨る。久しぶりの領地、領主の屋敷まで間、逸る気持ちはあれど、ゆっくり見て帰った。
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