第765話 もう一人のお嬢さん

 ところでと続く、もう一人のお嬢さん。



「アンナリーゼ、何故、先程の頼みだったんだ?わざわざ男性パートを踊るような真似までして。それなら、誰か別の者と躍らせればよかったのではないのか?」

「公の目は節穴ですか?ちゃんと見えてる?」

「むっ、失礼だぞ?ちゃんと見えている!」

「私と踊ることに意味があったのですよ!」

「……僭越ながら」

「どうぞ、宰相さん」



 話に割って入ってきた宰相に微笑むと、コホンとひとつ咳払いをした。



「もう一人のお嬢さん、仕掛けがありますね?ジニーさんにはない」

「えぇ、さすがです!国の……公のお守をされているだけありますね!」

「なんだとぅ?」

「わかっていないのでしょ?公は」

「……うるさい。宰相もわかっているものか!」

「それは、答えを言ってもらえばわかりますから!」



 私は宰相に話を促す。私がなぜ、この時期に小規模でもいいから夜会を開いてほしい、公とのダンスのあとヒーナとのダンスを二人だけでさせて欲しいと願ったのか。

 宰相の考えを聞くのが楽しみで口角が上がってしまった。



「今回の夜会の申し出……それは、あのお嬢さんのお披露目が目的ですね。自身が開く夜会や茶会でないのは、公から公爵であるアンナリーゼ様を労うという意味ももちろんあったのかと思いますが、狙いはそこではなかったと推測します」

「その心は?」

「すばり、お嬢さんの背中」

「背中?何かあるのか?ジニー後ろを……」

「ジニーの背中じゃないわよ?公」



 私は大きく呆れたというふうにため息をついた。宰相が目をつけたところは、正しい。



「それで?」

「……私見ですが、背中の模様。あれは、アンバー公爵アンナリーゼを示していますね?」

「何を?」

「うん、それから……?」

「あのお嬢さんが、インゼロからの刺客……それも、かなり上位のものだと見受けられますが、違いますか?」

「上位一歩手前な感じかしら?」

「あの小娘が?」

「そう、あの小娘がって見た目だけで、私より年上ですよ!見る目ないなぁ……」



 ジニーが私たちのやり取りを聞きクスクス笑っている。照れたような公は無視で話を続ける。



「どういった立場のものなのですか?」

「聞いたことあるかしら?戦争仕掛け屋って、インゼロ帝国の中枢の裏を」

「それなら、こちらも気を付けているところですけど、まさか?」

「まさかの一員ね。それも、中枢に近いと私たちは考えている」

「……それじゃあ、処分するということですか?」



 首を横に振った。ここからは私が話す方がいいだろう。



「処分はしないわ!」

「なんでだ?アンナリーゼ。危険なものを置いておくわけにはいかないだろ?」

「そう。だから、この夜会なの。宰相も言ったでしょ?お嬢さんの背中とお披露目だって」

「背中の意味はわかりますが……」

「俺は、わからん!教えてくれ」



 公に胡乱な目を向けると、宰相がすまなさそうにしていた。



「その説明からですか?」

「あぁ、そうだ。背中の図柄がどうしたっていうのだ?あれは、ドレスの一部……」

「なんかじゃないわよ!罪人と同じく、体に直接彫られているの」

「なんだって?あんな小さな女性にか?」

「えぇ、一生消えない傷として、私が残すように言ったの」

「それは、図柄どおりのことなのでしょうか?アンナリーゼ様」

「そう。その通りよ。宰相」

「だから、なんなのだ!図柄どおりの意味とは!」

「公は見られなかったのですか?あの女性の背中を」

「見るには見たが……たしか、聖女がいたな?」

「聖女は、アンナリーゼ様を指します」

「はっ?アンナリーゼ?」

「そうです。そして、女王蜂はアンバー公爵家もしくは、ジョージア様でしょう。その周りにいた蜂は、アンナリーゼ様を取り巻く方々」

「……ウィル・サーラー、セバスチャン・トライド、ナタリー・カラマスか?」

「そうでしょうね。他にもいましたから……」



 私の方へ視線を送ってくる宰相に苦笑いをしておく。



「常勝将軍ノクト、軍師イチア、ローズディア公国近衛団長エリック、ローズディア公国文官パルマ、アンバー公爵家筆頭執事ディル、専属侍女デリア、ハニーアンバー店店主ニコライ、宝石職人ティア、兄であるサシャと夫人エリザベス、トワイス国宰相候補ヘンリー」

「な……なんだ、その豪華な!」

「私が子どもの頃から、ずっと手を伸ばし続けてきた友人たちです。私の『夢』にずっと協力してきてくれた人が描かれているのですよ。青紫薔薇とともに。それをヒーナの背中へと彫った。死より重い罰として」

「それが何故、死より重いのだ?」

「インゼロ帝国現皇帝にヒーナが拾われたからですよ。信頼しているからこそ、今回の騒動に送り出したとも思っています。そんな子が、他の貴族の紋章なんて彫られたら、どうなりますか?」



 伏し目がちに机を睨んだ。



「命を狙われる?」

「それは、もちろんでしょうね。中枢に近いなら、知っていることも多いでしょうから。それに、ヒーナは帰る場所もなくなりましたし、夜会でお披露目をすることで、裏の世界では、国内外に誰のものかと知れ渡る。アンバー公爵に寝返ったのだと。それが、狙いでもあります」

「死ではダメなのか?」

「ダメですよ。皇帝に近い人間が死ねば、必ず、それを元に戦争が始まる。こちらが、仕掛けたことになる。それだけは、ダメです。ヒーナがあくまで裏切ったことにしなければ、いけないのですよ。この国は、今、危機的な状況です」

「それは、わかっている……人が病に」

「それだけじゃない。このまま、春の種まきの季節が来てもこの状態であれば、来年の今頃は餓死者が国中に溢れる。そこを狙わない帝国ではないでしょう」

「そこまで……」

「可能性のある限り、小さなことでも考え先を見ないと!いつ、仕掛けられてもおかしくない状況になっています。この国に戦争仕掛け屋が入り込んでいるのはたしかなのですから。今まで以上に気を引き締めていかないと……予想より早く、戦争になって苦しむことになります。危機感を持ってください!伝染病だけでなく、いろいろなことが、連鎖的に始まっているのだと、私は感じているのですから!」



 厳しい言葉を並べていく。公は、この病さえおさまればと思っていたようで、驚愕の顔を向けてくる。

 今は、それでもいい。

 でも、準備が整っていない今、攻め入られれば、あの悪夢のようになってしまう。

 それだけはと、私はギュっと手を握った。

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