第761話 お嬢さん、私と一曲踊りましょう!

 ジニーが目を覚まし、しばらくしたころ。冬の終わりが見えてきた。私は予定を繰り上げて公都へ帰るべく準備をしていた。

 先に帰ると南へ向かったウィルとヨハンへ手紙を出し、公都へ向け報告書と帰る旨の連絡をする。



「やっと、帰れるわね……」

「まだまだ、終息はみえないが、耐えるしかないということだな」



 そうねとノクトに呟いていると、キースが不安そうにこちらを見る。キースとは旅の途中で出会った。本来は、近衛として、与えられた持ち場で動き回っているはずだった。



「キースとは、ここでお別れね?まだ、公都には戻れないでしょ?」

「……はい。元居た持ち場へ帰ります。アンナリーゼ様とともに行動できたことは、とても光栄でした。また、いつの日か……」

「キースが強くなった日には、迎えにいくわ!約束よ!そのころには、キースが私を必要としていないかもしれないけど……」

「そんなことは、ありえません!努力し、強くなって、必ずや!」

「そう言ってくれるのは、とても嬉しいけど、キースの人生よ。もっと視野を広く持って、いろいろなものに触れなさい。その結果、まだ、私を望んでくれるなら、その手を取るとしましょう。また、会う日まで、キースの成長を楽しみにしているわ!」



 微笑むとキースは膝まづく。私はその意味を理解しの左手を差し出す。キースは、その手を取り、甲にキスをした。

 待っているわと微笑めば、頷いてくれる。

 キースは、そのまま元の配置の場所へと戻り、私たちは、馬車に乗り公都へと向かう。随分南へ来ているので、ここからだと、けが人もいるので公都へは半月以上かかるだろう。



「そういえば、公に何かお願いをしたのか?」

「えぇ、小さな規模でいいから、夜会を開いて欲しいと。あと、ナタリーにも連絡したわ!背中がグッと開いた大人めのドレスを頼んだの!」

「それは……ヒーナに着せるためか?」

「もちろん!快くナタリーは準備してくれるようよ!」



 馬車の小窓から話をしながら揺られている。四人旅ととはいえ、けが人一人、諸事情でけが人ぽいのが一人いるのだ。私とノクトが代わる代わる御者をしながら、公都へとむかった。

 公都の着いたころには、少し冷たさを控えたような風が吹くようになった。

 ディルとデリアが出迎えてくれたが、とても厳しい顔をして居ることがわかる。妊婦であるデリアに近づけてはならない二人であることはわかっているが、仕方のないことだ。



「アンナリーゼ様、おかえりなさいませ。さっそくですが、公から、私的な夜会が開かれるので、参加してほしいと連絡がありました。いかがなさいますか?」

「もちろん、参加よ!あと、この二人も。ヒーナにはナタリーから送ってきてくれたドレスを使うわ!あとは、ジニーなんだけど、私のドレスを着せてあげて。然程体型が変わっていないから、大丈夫そうだし」



 ディルは首を振った。どうやら、気を利かせたナタリーがジニーの分も用意していたらしい。これで、二人を公主催の夜会へ連れて行けることに少しだけ、ほっとした。



 それから夜会の日までは、南での報告書を纏める時間とし、長旅の疲れを癒す。

 夜会当日、ヒーナを整えていた侍女とメイドが驚いて私の部屋へ駆け込んできた。もちろん、私の支度をしていたデリアに二人は叱られたが、事情を話し叱るデリアを止める。



「アンナリーゼ様、あの……」

「背中のね?」

「はい……今日、着るドレスですと、背中全体が見えることになり、その……」

「いいの。その図柄を他の貴族へ見せるための夜会ですもの。気にせず、準備してちょうだい」



 わかりましたとでていく侍女とメイドの質問に、デリアが疑問に思ったらしい。質問が私にくるので、後でヒーナの背中を確認するように言っておく。デリアのことだから、お小言を言いそうであるが、気にしないでおこう。

 準備も整い、夜会へと向かった。派閥を越えた人選を頼んであったので、夜会の会場へ向かえば、いろいろな人が揃っている。

 私はエスコートをしてもらえる人がノクトしかいなかったので、お願いし、後ろをしずしずと歩くヒーナとジニーをときたま見た。

 今日の夜会の主役は、私ではない。後ろを歩くヒーナとジニーだ。そして、二人ともに、すでに注目が集められていた。

 長旅の労いのための夜会であったので、公へ挨拶に向かうと、疲れた顔を私にだけ見せ、後ろの者たちを確認する。



「ただいま、戻りました」

「ご苦労だったな。まだ、しばらくは、かかるだろうが……」

「そうですね。注意深く様子を見ましょう」



 微笑めば、いつものように公も疲れた顔を引っ込める。そして、手を差し出されたので、その手を取る。ダンスのお誘いだった。

 ホールの真ん中まで向かえば、誰一人と踊っていない場所で二人、優雅に踊る。ただし、口はしきりに動く。



「それで、夜会を開く理由はなんだ?」

「私を労うためですよ!単純に。本当に疲れましたから……貴族たちの蛮行にもインゼロがきってきたカードにも、振り回されっぱなしです!」



 拗ねたように公へ抗議をすると、すまなかったと呟いた。こうして体を寄せているる間にしか言えないことを済ませていく。



「見慣れぬものが後ろについていたが……あのストロベリーピンクの髪の女性は?」

「高級娼婦ですよ。ジニーと申し、ヨハンの実妹です。あと、病を加速的に広めていったのは、娼婦という仕事がら、貴族男性を虜にしていったからみたいです」

「確かに……アンナリーゼそっくりだ。さぞかし、南の方の貴族どもは、怖いもの知らずだったんだろうな……」

「どういうことですか?」

「言葉のままだ」



 苦笑いをしたとき、音楽が鳴り止む。公とのダンスが終わったのだが、公にもう1曲、誰にも邪魔をされずに踊りたいとおねだりをした。仕方がないと、用意してくれる。

 公は自身の席に戻り、その前にノクトたちと佇んでいた少女をちらりと見ていた。



「お嬢さん、私と一曲踊りましょう!」



 ヒーナへホールの真ん中から呼びかけると驚いていた。挑戦的に笑いかければ、私を睨み、歩いてくる。その顔を見れば、私の仕打ちに怒っていることがわかる。

 近くにきたヒーナを優しくエスコートするように抱き寄せた。

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