第760話 よくも!
ノクトと話したとおり、ヒーナのことは任せることにした。その間、私はキースと共に広場を回る。
ヒーナの部下たちが、そろそろ仕掛けてきてもいいころだと思ったからだが、意外と何もないことに物足りなさを感じていた。
「アンナリーゼ様」
「どうしたの?キース」
「あの、これから、この伝染病は落ち着いていくでしょうか?」
「そうね……すぐには無理だと思うけど……原因となるジニーは押さえたから、新規で増えることはないと思うわ。すでに罹患している人の周りは、まだ、次なる患者になる可能性があるから、しばらくは、この光景が続くでしょうね」
目の前に広がる病人だからけの状況を見て、キースは小さく息を吐く。
私と出会って数日。なかなか濃い日々を過ごしただろう。
「……キースはまだ、私に引き抜きされたいと思う?」
こちらを見てから、少し考えるそぶりをする。思い出してみれば、酷い旅路だったなと笑ってしまった。
どこの貴族や領主ともいろいろあったのだ。国の実体を目の当たりにした気持ちだろう。
「……思います」
「間があったわね?理由を聞いても?」
「……はい。ここ数日、アンナリーゼ様について回って、自身の実力不足が如実にわかりました。実は、サーラー様にできるのなら、俺にも簡単にこなせるんじゃないかって思っていたんです」
「なるほど。ウィルは、難しいことも難なくこなしてしまうから、そう見えるよね……実際、やってみると、とてもじゃないけどってこと、あるもの」
「アンナリーゼ様でもですか?」
「うん。私は、ウィルほど、万能じゃないから……ああいう人が、上に立つと、さらに上は楽だけど……部下になると大変よね。私は、部下になることはないし、いつも振り回しているほうだから、ウィルは大変だと思うわ」
苦笑いすると、身に沁みましたと呟く。キースの方を睨むようにみつめると、あははと空笑いがかえってきた。
「アンナリーゼ様。俺、強くなります。これから、近衛で鍛えてもらって……必ず。そしたら、引き抜いてくれますか?」
「お眼鏡に叶うほど強みができたら、私から迎えにいくわよ!」
にこりと笑いかけ、特に問題はなさそうだから行きましょうかと診療所の中へと帰る。
その途中、何か強くなる秘訣はあるのかとか聞いてくるので、エリックに肩を並べるほど、努力しなさいと笑っておく。エリックにとなると……国で1,2を争うくらいなのだが、目指す最終目標は、高い方がいいだろう。
あとは、キースがどんなふうに成長できるかが楽しみにしておく。
「あぁ、ちょうど、いいところに!」
部屋へと歩いていると、ノクトと物凄く不機嫌そうなヒーナが私を睨む。任せていたことが終わったようで、ノクトに若干引きずられるようにヒーナは歩いていた。
「ヒーナは、不機嫌そうね?それで?終わったの?」
「あぁ、終わった。見事なものだぞ?」
ノクトと話していると、さらにヒーナは私を睨みつけてきた。
「裏切れないシルシね。まぁ、裏切ってもいいけど……その背中のものがある限り、インゼロには戻れないわね」
「なんてことしてくれたの!よくも!」
「ヒーナが受けるべき罰は、そんな軽いものじゃないわ!」
「なら、殺せばいい!領主の屋敷を襲ったのは、私一人でやったことだ。この命で償えばいいだけだろ?」
「死ぬなんて、私が許すと思った?」
小首を傾げて、ヒーナを見下ろす。私の目を見て、一瞬怯むヒーナは、本能的なもので私が怒っていることに気が付いたのだろう。
「死より重い罰があるものか!」
叫ぶヒーナに首を振る。死より重い罰は、存在する。ヒーナにとって、今の状況が死ぬより辛いはずだ。
「インゼロ帝国、皇帝の元へ帰れないことは、ヒーナにとって、何より辛いことではなくて?」
「そんなことないっ!」
ひらっと見せる紙切れ。いつものようにちゅんちゅんと鳴く小鳥が、ヒーナを再度捕らえた日に持ってきた情報であった。
「ヒーナ、あなた、皇室へ仕えているのではなくて、皇帝へ仕えているのよね?」
顔色が変わった。怒りを露わにしていた目も狼狽の色を見せ始める。
「ヒーナという名は、皇帝がつけた名前。現皇帝に、子どものときに拾われたのよね?だから、慕っている皇帝を裏切れない。でも、その背中にある紋章は、皇帝が与えたものじゃない。ましてや、インゼロ帝国が与えたものでもない。あなたが背負ったその背中の紋章は、私の紋章が入っている。青紫薔薇の紋章が。この国だけでなく、私の紋章は、他国にも知れ渡っている。あなたが、なんて言おうと、私の呪縛からは逃げられないのよ」
唇を噛みしめ、悔しそうにしている。ヒーナも背中に彫られたものを確認したはずだ。その意味を一目でわかるようにしてある。
青紫の薔薇の花束を持った女神の周りに女王蜂を始め、12匹の蜂が青紫の薔薇の花びらを持ち、1匹の蜂が赤薔薇の花びらを持っている図案そのままがヒーナの背中にあるのだ。
青紫の薔薇と女神は、私のことを示すらしい。女王蜂はアンバー公爵家の家紋だ。その周りを12匹の蜂が青紫の薔薇の花びらを持っている姿をウィルを始めアメジストを渡した人に見立ててあるらしい。どこで聞いてきたのか、赤薔薇の花びらを持つものも、表現されていた。
それを見れば、強制的に彫られたものだとしても、仲間はどう思うだろうか?
ヒーナは、わかっているのだ。どんなに口で言い募っても、この背中のものが、全てを壊してしまうと。だから、帝国へは帰れないと。
「ヒラヒラのドレスを着て、私と一緒に夜会へ出てもらうわ!せっかくですもの。その背中の青紫の薔薇を披露してもらいましょう!」
意地悪く笑うと、力なく項垂れるヒーナ。全てを諦めたかのようなその様子に死より重い罰となったことは、見て取れた。
「いつまでも、あなたの掌の上では踊らないわ!今日の日を後悔する日が必ずくるから!」
「そうかもしれないわね。これから、あなたは、命を救ってくれた人に命を狙われることになる。無気力に死ぬなんて、許さないから!」
ノクトにヒーナの監視を頼むと、私はジニーの元へと向かう。ジニーもそろそろ目が覚めてもいいころだろうと、病室へと入って行った。
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