第757話 アメジストの瞳

 馬車から伏し目がちに降りてきた彼女こそ、この旅の最終目的といっても過言ではないだろうか?

 長いまつ毛、白い陶器のような肌、見るものを魅了するアメジストの瞳がこちらを見て微笑んだ。



「うわっ……」

「これは……!」

「私、ソックリね!」



 キースが言葉を失い、ノクトが驚き、私が私のソックリさんに微笑んだ。



「……誰だ!」

「誰って、言わなくてもわかると思うけど……私とソックリのお嬢さんを連れているのだから」

「そんなはずは、ないだろう?と言っているのだ。アンバー公爵が、何故、このような場所にいるのだ!」



 私はノクトを見上げ、何でだと思う?と不思議そうに問う。大きなため息とともに、組織の頭であろう執事の服を着た男を睨んだ。



「どう考えても、そのお嬢さんを追いかけてきたんだろ?うちの奥さまは、危険なことでも首を突っ込むのが大好きだからなぁ……」

「別に、危険なことが大好きなわけじゃないし、できることなら、子どもたちと一緒に冬を過ごしたかったわ!」



 ビシッと指さす。



「ジニー、あなたを迎えに来たのよ!これ以上、ローズディアで勝手なことはさせないわよ!」

「……何故、私の名前を?」



 鈴の鳴るような美声で私に問いかける。その声すら甘美な時間を与えてくれる……そんな夢心地にさせてくれるものだった。



「あなたの兄であるヨハンから聞いたの」

「……お兄様、生きてらっしゃったのね」

「えぇ、ヨハンのおかげで、傾きかけている国の天秤を戻しているわ!これ以上、傾けさせないためにも、あなたにはこちらに従ってもらいます」

「……嫌と申したら、どうなさるおつもりですか?」

「強制連行かしら?」

「私、強いですよ?」

「あら、奇遇ね!私も、強いわよ?」



 ドレスの裾を惜しげもなくナイフで切り裂いたジニー。他の組織のものも武器を取り出した。



「皇族には手を出さないのじゃないの!」



 ノクトに嘆くと、死んだことになっているからなぁ……と暢気に答え剣を抜く。私も同じく剣を抜いた。キースだけ遅れて、ワタワタとしていたが、構えたようだ。



「さて、脅しですめばよかったんだけど……あちらさん、やる気満々のようよ!どうする?」

「ジニーはアンナに任せる。他は、俺とキース……キース大丈夫か?」

「狙われるわよ?」



 あきらかに、向こうの視線はキースに集まっているので、弱いと判断されたのであろう。ヒーナは、ただ、ことの行方を御者台から見ていた。



「アンバー公爵、お手合わせ願えますか?」



 優しく微笑むジニーに私は苦笑いをするしかない。まるで、自分からダンスのお誘いを受けている……そんな気持ちだ。



「油断はするなよ?」

「誰だと思っているの?」



 ノクトと軽口を言っていると、小型のナイフが飛んできた。このままだと、レナンテが狙われるだろう。



「行けっ!」



 レナンテから飛び降りると同時に、ジニーも走り出す。切り裂いたドレスがヒラヒラと揺れ、白い足が艶めかしく見える。

 次の瞬間には、金属の激しいぶつかった音が鳴り響いた。他も始まったのか、あちこちで聞こえてくる。

 前の領地で拾ったイヤリングと同じものが、ジニーの耳に揺れていた。視線をほんの少しそちらに向けたとき、突き飛ばされ距離を取られる。



「何を狙っているの?公爵様は」

「何も。あなたが、大人しくついてきてくれたら、こんなことしなくて済んだのにって思っていただけよ!」

「そう。でも、私には私の任務があるの。公爵様は公爵様らしく綺麗なドレスでも着て、男性を侍らしていればよかったのでなくて?」

「侍らすね……興味もないわ!そんなこと」



 少し隙が出来たので、私はジニーに駆け寄り切りかかろうとすると、身軽に後ろへと退避する。


 ヒーナと同じで、身軽ね……私も、負けてないけど!


 さらに詰め寄ると、ジニーの口元から赤い液体が垂れる。


 しまった……私とノクトは大丈夫だけど……キースが!


 そう思った瞬間には、私の方へではなく、ジニーから近いキースの方へ駆けていく。ただでさえ、二人を相手していて、うまく切り返しができていない危ない状態であった。

 キースへ呼びかけようとしたが、手一杯のキースを呼んで集中を欠くわけにもいかない。

 足元にあった石を掴み、ジニーに向かって投げる。


 その行方を見ていた。御者台から放たれたナイフによりジニーにあたることなく途中でそれは、落ちる。



「ヒーナ!」



 ニィっと笑うヒーナのそれは、暗殺を生業としているもの特有のものであった。人を殺すことに喜びを感じるようで、剣戟の音が響くこの場で目を爛々とさせている。



「よくやったわ!ヒーナ!」



 ジニーがキースへと近づいたとき、キースを相手にしていた二人が距離をとった。

 手に持っているものは、剣しかない。それを投げれば、まだ間にあうが、その隙にヒーナが私を狙うだろう。ヒーナの使うナイフは、きっと、何か仕込んである。


 毒が効かないとはいえ、さすがにと躊躇いもあった。

 その躊躇う間に、キースへとさらに近づくジニーへ、私は思い切り剣を投げる。ヒーナに落とされることを想定はしていた。

 だから、もうひとつ、ナイフを投げて置いたのだ。ジニーの背中に向かって。

 1つ目の剣は、いわば目くらまし。そのあと投げたディルにもらったナイフが、ジニーの背中を捕らえ、倒れこむ。私へとヒーナもナイフを投げて来たが、こちらは二つ目のナイフを投げたことで避けることができた。

 そのまま、落ちた剣を拾い、ジニーの倒れた場所まで駆けていく。体を震わせるだけで、身動きが取れないようだ。



 ジニーが倒れたことで、キースはまた苦戦を強いられていたので、加勢をして切り倒した。

 キースに呻く二人を縛るように言ったころには、ノクトも二人をのしたところだった。

 ヒーナを警戒しながら、ジニーの元へ向かう。痙攣しているようで、苦しそうに呻いている。


 私は、地面に倒れたその後ろ姿を見下ろしたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る