第732話 手っ取り早く向かいましょう!
領地の様子を見ながら、中心地へと向かう。どこかしこも、少し前のアンバー領を見るような様子になっていた。
「ひどいですね……これは。ところどころで死人がいるんじゃないですか?」
キースは、街の様子を見て、汚いとかみすぼらしいと言っているが、私とウィルには見覚えがあるので、キースの言い分に苦笑いした。
「あの、少し前までは、こんなことにはなっていなかったんですけど……これは……」
一緒についてきた町医者も、様子の変わった街に息をのんでいた。
「もう少し、なんとかならないものなんでしょうかね?」
キースは、嫌なものを見るかのように目を背ける。無意識だろうが、その姿は、なんだか寂しい。
「キース、そこまで酷くないわよ?まだ、いい方よね?」
「あぁ、まだ、マシだよね?人が死んでないし、腐ってもないし、臭いも……まぁ、マシだよね?」
「そうよね。うん、あの日は、本当に衝撃的だったわよね……ニコライやビルに、かなり念押しされて、本当に町へ行くのか?後悔しないかって何度も言われたわよね。大丈夫と言った手前、何も言わなかったけど……」
俺たち頑張ったよね?とウィルが同意を求めてきたので、頷く。アンバー領の悪口なんて言えないけど……領地の現状を目の当たりにしたとき、心が折れたことは内緒だった。たぶん、口には出さなかったけど、ウィルやセバスも同じ気持ちだったんじゃないかと思う。だからこそ、町を村を懸命に綺麗にした。アンバー領が発展できるようにと心の底から努力をしてくれているのがわかる。
「酷くないって、アンナリーゼ様は一体どこの領地を回ってそんなことを言っているんです?今、目の前の街並みが物凄く汚いのが見えませんか?臭いも酷いですし……ここまでの領地はそんなことなかったのに……」
「どこって、言わなくてもわかるでしょ?アンバー領よ!ここの何十倍も酷かった。領民が手を取り合って、今のアンバー領の姿になっているけど……死体とかゴミとか汚物とか、町中にあって普通だったよね?ウィル」
「あぁ、普通だったな……臭いし汚いし、遠征へ行ったほうが、まだ綺麗だったし、ここは、全然、綺麗な方だ」
「そうなんですか……」
「キースは、ゴールド公爵領にいたのでしょ?ゴールド公爵は綺麗好き……いろんな意味で綺麗好きって話だから、綺麗なところで住んでいたのでしょうね?公都も綺麗だし、近衛の寮も綺麗だよね。だから、こういうところへ来ると、そういう反応になるんだよね。
でもね?その感覚は忘れないで。この環境に慣れてしまうと、アンバー領のようになるから。病も蔓延してたりで、本当に大変だったんだから!」
ゴミ拾いなどをした当時のことを思い出した。まだ、数年しか経っていないのに、変わりに変わったアンバー領を今では誇りに思っている。
「じゃあ、キースはこのまま広場へ向かって。ここでも同じようなことが起こっていると思うから、ウィルと手っ取り早く向かいましょう!」
「姫さんについて、領主の館へ向かうから、頼むな!」
「わかりました。何かあれば、呼んでください!」
キースと町医者とは別れた。ウィルと領主の屋敷まで馬に揺られると、ポツリと呟くウィルに頷く。
「アンバー領ってさ、かなり努力したよな。姫さん一人じゃどうにも出来なかったと思うけど……姫さんの努力が領民の動くきっかけになったわけだし。俺、それだけでも今更ながら感動するわ」
「そんなこと言われても、ウィルたちが手伝ってくれなきゃ、何にも出来なかったよ」
さてとっと、レナンテから私はおりた。ここでも、おなじみの門兵がしっかり閉まった門の前にいた。睨まれたので、ニッコリ笑う。
「こんにちは!領主はいるかしら?」
「なんだ!貴様らは。領主様にお前たちのようなものが、会えるわけがないだろ?」
鼻で笑われた。ウィルの方をチラッとみると、ため息をつく。
「ん……しかたないな。これを見れば、通したくなるよ?」
公にもらった紋章を見せると、慌てて一人が屋敷の中へと走っていく。
「あんまり、長く待たさないでねぇー!うちの姫さん、気が長いほうじゃないから……暴れちゃうかも!」
走っていく門兵の背中にウィルは茶化すように声をかけた。可哀想に、それで焦ったのか、転んでしまう。
「ウィル、それは、可哀想だわ!」
「何が?本当のことだろ?」
もう一人の門兵はわからなかったらしく、いきなり駆けて行ったもう一人に驚き、私たちが勝手に屋敷に入らないように見張っていた。しばらくすると、でっぷりした領主とその夫人が、大慌てでぜぃはぁぜぃはぁと息を切らしながらかけてくる。
「あれなら、走るより歩いたほうが早くないか?」
「ウィル、それは、あまりにも失礼だわ!筆頭公爵が玄関先……門前で足止めされているのだから、大慌てで走ってくるっていう立場上の見せ方というものがあるのよ!」
「なるほど……それにしたって、ここに来るまでに酸素不足でぶっ倒れるぜ?」
「……何も言わないであげましょう!それが、貴族の優しさってもんよ!」
姫さんの言い方の方が酷いなと肩を竦めて苦笑いをした。やっと辿り着いたぶ……でっぷりした領主夫妻は、酸欠状態で今にも倒れそうな様子で言葉も発せず、ヒィーハーゼーハーと荒い息で挨拶をした。
「どうも、初めまして!そんなに慌てて、どうかしたの?あぁ、筆頭公爵をおもてなしせず、外に放り出していたから、わざわざ領主自らが来てくださったのね!」
ニッコリ笑ってみるも、まだ、息が整わない。さすがにまずいと思ったのか、後ろに控えていた、領主の屋敷の筆頭執事が、挨拶をし、応接室へと案内をしてくれる。息の整わない領主夫妻は、動き出した私の後ろを歩きながら、恨み節の一つや二つや三つ言ってやりたいのに、息をするだけで精一杯で話すことができないでいた。
ウィルにちょんちょんっと肩を叩かれ、後ろの大丈夫?と聞きたげだが、大丈夫であろう。侍従たちが何も言わないのだからと思っていると、とうとうドッタン!と大きな音と振動ともに夫人が倒れた。
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