第731話 その悪女、聖女のよう
次の領地へと向かう。どこを見ても同じような光景に、正直ウンザリしていた。
どうして、人は……特に貴族は、こんなにも欲が深いのだろうか?道端で力尽きて倒れこんでいる人や子どもを抱えて途方にくれている母親の姿を見ると胸が痛い。
薬はあっても、ここで使うわけにはいかず、グッと我慢する。冷たい視線が刺さってくるようだ。
「馬に乗る私たちは、領民から見たら、贅沢のように見えて憎いでしょうね……何もしてあげられなくて、どうしようもないけど、綺麗な服と馬に健康な姿が、今はそういう対象なのだろうね……」
「仕方ありませんよ。私たちは……というか、アンナリーゼ様は公から使者なのですから。他のことに目を向けているわけには……」
キースが私を励まそうとしてくれたとき、レナンテの前へ男が一人立ちふさがった。
「よぉ、ねぇーちゃん。いい馬に乗っているじゃないか?」
「そうね。美人さんよね!」
「その馬、置いてけ!あんちゃんたちも、同じくだ!」
わらわらと人が集まってきて、身動きを取らさないようにしてくる。明らかに盗賊……というわけではない。病による仕事が減って、収入が得られない、そんなところだろう。
「レナンテをあげるわけにはいかないわ!この子はとっても気難しい子ですもの。他の人だと、ケガをするわよ?」
「そんなことは、どうでもいい。それなら、それで、食うだけだから」
「食べないでよ!私のレナンテを!」
憤慨すると、ふっと笑う男を睨む。キースは剣の柄に手をかけたが、ウィルが止めている。普通の領民へ近衛が剣を向けるわけにはいかないからだ。
「馬を置いて行かないなら、ねぇーちゃんが、俺らのために一肌脱いでくれてもいいんだぜ?」
「何故、私が?私は、この領地とは無関係の人間だもの。そんなの嫌よ!」
「困っている領民への施しは、必要じゃないか?」
「私の領民は困っていないから、別に施しなんてしなくてもいいわよね?」
ウィル?と声をかけると、また、何か企んで……という顔になった。レナンテの手綱を渡して、私はスルッと下りる。
レナンテから下りればわかる。私の前に立ちはだかった男性の図体が大きいこと。
「なんだ?何をしてくれる?」
「何もしないわよ!どかないと、痛い目をみるだけよって話」
「なんだそれ……?細腕のねーちゃんなら、いくらでも……」
そういった瞬間には、足払いをして男性を倒してしまう。何が起こったかわからない男性は空を見上げ、ポカンとしていた。
「悪女か!」
「失礼な!不意打ちっていうのよ!」
「それは、悪女がするやつだ!」
意味が分かんない……とため息をつくと、キースが縛りましょうか?と聞いてくる。私は首を横に振っていたら、倒した男性が起き上がってきた。
「この辺は、伝染病はどうなの?」
手を差し伸べて聞くと、目を見開いて、私の手を取る。
「見ての通りさ。死人も何人も出ている。治し方もわからないし、薬もあるのかないのか……」
項垂れるのは何もこの男性だけではない。
「ねぇ?病を治す気はあるのよね?」
「……ある!だけど……」
「じゃあ、ここに町医者はいるかしら?」
「いるけど……」
視線の先を見れば、町医者なのか目が合った。その瞬間に逸らす。
「逸らさないでくれるかしら?」
「……町医者と言っても、もう何十人と見殺しにしてしまった。もう、自信がないから、そう呼ばないで欲しいんだ」
「なるほど、じゃあ、あなたを連れて領地の中心部に行きましょう!」
「あんた、本当に悪女だな!自身がないと言っているやつに、無理やり、何処かへ連れて行こうとするなんて!」
「でも、あなたの自信がないと困る人はたくさんいるよね?」
「……どういうことだ?」
周りを見てと、微笑むとゆっくり見回す町医者。みんな途方にくれ、縋りたい気持ちが顔に出ている。当の町医者本人が匙を投げてしまったら、どこにどう助けを求めたらいいのか、わからないのだろう。
「あなたの自信なら、取り戻せるかもしれないし、今も苦しんでいる誰かを一人でも救えるようになるとしたら、あなたは、努力しないのかしら?」
どう?と問いかけると、目が潤んでいる。町医者も治す方法があるのなら、手を尽くしたいと思ってくれているようで、それならと頷いた。
「あなたは、やはり、悪魔のような人だ……私に。もし、自信が戻らなかったら、どうしてくれるんだ?」
「そのときは、そのとき。町医者をやめて、違う領地へ移り住めばいいのじゃない?たぶん、ここでは、生きづらいでしょうから!」
しばらく考えた上で、何か納得したのだろう。私を見つめて頷いた。
「どこへでも連れて行ってくれ。ここにいる人たちを救いたい」
「わかったわ!キースに乗せてもらって。今すぐ出発するけど、誰かに伝言を……」
そういうと、立ちふさがった男性が、町医者の家族や診療所へ伝言してくれるらしい。
「旅の道連れが、増えたな……」
ウィルがことの顛末を見守ってくれていた。キースの後ろで、初めて乗る馬に驚きながらキースにしがみついていた。
「しかし、町医者のおっさんも、あの大男も、よく、姫さんに手出ししなかったな?」
「……それが、何か?」
「もし、何かあれば、首と胴体が離れていてもおかしくない人物だって言えばわかるか?」
ひぇっと小さく悲鳴をあげたあと、恐る恐る聞いてくる。
「あなたは?」
「アンバー領の領主ですよ!」
「もしかしなくても、聖女様ですかね?」
「……聖女って、定着しているのかしら?」
ため息をついたが、否定がないということは、この領地でも、言われていることに驚いた。
「領地で、聖女アンナリーゼ様を知らない人はいないが、まさか……会えるとは」
複雑なのだろう。心の内が読めるような表情に、苦笑いをしたのであった。
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