第722話 この紋様が目に入らぬか!Ⅲ

 目を右へ左へとやって、落ち着きがないぽっちゃりさんに笑いかける。

 私に話しかけようかどうしようか、さらにおどおどとしていた。



「……あの、ちょっと、お待ちください!」

「えぇ、待っているわ。あと、7分くらいで、薬を持ってきてくれるものね!」



 ぎょっとして、慌てて出て行った。



「姫さん、脅しすぎ……」

「そうかしら?本当のことを言ったまでよ?」

「確かに、本当のことですけど……」

「さて、どうするのかしらね?たぶん、薬は貴族のうちでも誰かが病にかかって飲んでいるだろうし、貴族たちに等分して渡しているから、あと5分で集められるはずがないわよね」

「そうですね……一体どうするつもりなんでしょうか?」



 私たちは、お茶を飲んで待っていると、そろりそろりとぽっちゃりさんとは違う人が入ってきた。



「あなたは、どなたかしら?」

「……領主の弟です。薬の件で参りました」

「それで?何かしら?」

「薬は、決められた時間には、集められません」

「どうして?領主は、集められると言っていたわよ?」

「……それが、できません」

「公が派遣した医師を囲って、公が国民のために用意した薬をこの領地の貴族たちがくすねたってことかしら?」

「……面目ないです」



 領主の弟は、項垂れる。項垂れたって、容赦はしない。



「面目ないで国民の命が守れるなら、いいわね!今すぐ貴族たちのところから、薬と医師を連れてきなさい。領地に溢れかえっている病人を直すことを最優先させないといけないのよ。あなたたち、貴族も手を貸しなさい」

「手をですか?」

「当たり前じゃない。貴族だとか平民だとか、今の異常事態に言ってられないわよね?それに、今、領民に手を差し出して置かないと、見向きもされなくなるわよ?」

「領民に見向きをされずとも、領地は回ります。領主が領地の運営をしているのですから」

「それは、違うわよ?」



 私の言葉に訝しむぽっちゃりさんの弟。どういうことなのかと話を促してきた。



「本当に何もわかっていないのね?あなたたちの生活は、どうやって成り立っているのか、ちゃんと知らないの?」

「わかっていますが?私たちの何がわかっていないと申すのか!」

「じゃあ、聞くけど……私たち貴族は、領民の税金で生活しているのに、領民に見向きもされなくなったら、どうやって税を徴収するの?他領へ流れて行ったら、税収は減り、私たちの貴族の生活は苦しくなるはずよ?私たちの生活は、ともかく……公共工事もできなくなるだろうし、負の連鎖が始まる。それらを目に入れず、次の代に押し付ける……そんなやり方もあるけど……疲弊していく領民は、領主を早々に見限るでしょうね!アンバー領のように」

「!」

「それに、領民が汗水たらして働いてくれているから、私たち貴族は楽に生活をできるのよ。私たち貴族だけが楽な生活をするなんて、ありえないでしょ?領民へもちゃんと還元しないといけないわ!こんな有事の際には、手を差し伸べるのが領主たる私たちの仕事であるはずよ?」

「それは……そうなのかもしれません。私どもは、貴族であることにおごりがあったようですね」

「わかってくれればいいのよ!さて、あなたがた領主は、自領の領民に対して、これからどうするのかしら?」



 ニッコリ笑うと、ぽっちゃりさんの弟は頷いた。どうしたらいいのか、どうしなければならないのかがわかったようだ。



「薬の件は……」

「あなたたちが、領民へ手を差し伸べるのであれば、不問といたしましょう。今、町医者たちも懸命に勉強して、この病に立ち向かってくれていますから、あなたたちも傲慢に接するのではなく、手を取り合って病に打ち勝てるよう努力いたしましょう」

「はい」



 結果的に領主も含め救い、公の人気取りに私が奔走しているわけだが……先程のお礼も忘れてはならない。それは、おいおい話をすることにして、まずは、扉の向こうで隠れていたぽっちゃりさんを呼び寄せる。

 恐る恐る、こちらへ向かってきた。



「ぽっちゃりさん、さっきの話を聞いていて?」

「はい……私どもは何をすればよろしいでしょうか?」

「そうね……手を取り合って何かをするればいいとは言ったけど……領主には領主のやり方があるわね!例えばだけど、差し入れをするとか、どうかしら?それも、ちゃんと、ぽっちゃりさんが先頭にたって、病の領民への差し入れをしに来たという体で何かするのはどう?」

「なるほど……領民へ見えるように何かを行うのですな」

「そうね。今更って思われるかもしれないけど……そこは、自分たちがしでかしたことだから、反省をした上で、同じ領地に住むものとして、手を取り合っていきたいと表明した上で、必要物資を差し入れするのね。いらないものを渡されても、正直迷惑だから。ただでさえ、病人でごった返しているのだから!」



 私は立ち上がる。



「どこに行かれるので?」

「私だって暇じゃないのよ。いつまでも長居はできないわ!」

「何を差し入れしたらいいのか……」

「それなら、現場へ問い合わせたらいいでしょ?どんなものが不足しているかを教えてくれるはずよ!」



 部屋から出るときに振り返る。対照的な領主兄弟ではあるが、この領地はなんとかなりそうだなと思えた。



「そうだ、さっきのね!」

「えっ?」

「お詫びの品の話」

「……はい、忘れてはいらっしゃらなかったのですね……何をご所望でしょうか?」

「アメジストとか鉱石が採れるって聞いているのよね!お金は、出すから、少々まけてくれると嬉しいのだけど?」

「鉱石ですか……」

「何はともあれ、この病の終息してからの話にしましょ!お互い頑張りましょうね!」



 応接室から出ていくと、さっそく領主兄弟は、私の助言の元、慌ただしくしているようだった。

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