第721話 この紋様が目に入らぬか!Ⅱ
「あの……」
「なんか、物足りない!」
「物足りねぇ……」
伸びている兵を見下ろしながら、ため息をついた。キースは、別の意味でため息をついていたようで、私たちを見たあと、倒れこんで腹やら腕やら足をさすっている兵士を見ていた。中には、気絶しているものもいる。
「弱いわね?アンバー領も、こんなもんかしら?」
「いや、今は、これの5倍は強くなっているはずだ。この前手合わせしたときに、少々手ごたえを感じたから」
「それなら、いいわ!」
私たちのやり取りをポカンとしながら聞いていたキースが、我を取り戻したようである。
「二人とも、剣は……」
「抜いてないなぁ」
「剣なんて、使う程強くもないし……振り回せばいいっていうものでもないでしょ?」
「仮にもお二人は、貴族……それも、上位の貴族ですよね?アンナリーゼ様は、女性でしょ?」
「女性が強いとダメっていう法はどこにもなかったと思うけど……?」
「そういうことではなくてですね?」
「キース、普通のご婦人と一緒にしたら、ダメだ。普通ではないご婦人だから」
さて、行きましょうかと歩き始めると、笛が鳴らされた。意識まで刈り取らなかったので、他の兵に知らせたのだろう。
「面倒なことになりそうね?」
「切りかかってきたのは、そっちだし……いいんじゃないの?たまには、体も動かしたいしな……」
「二人とも、何を言っているのですか?話し合いをするのでしょ?」
「「そうだった……」」
残念そうにしていると、わらわらと兵が集まってくる。私は、ウィルに紋章を見せるようにいい準備をしてもらった。
「これは、いったいどういう……」
「そいつらに、やられたんだ!」
「強いぞ!」
私たちを指さして、倒れこんでいる兵が口々に集まってきた兵へいうのだが、その前に紋章を翳す。
「この紋様が目に入らぬか!」
ウィルの声が響くと、みなが一斉に紋章を見る。この国の国章とアンバー領の紋章が刺繍してある小旗を見せると、やはり兵士たちは顔を見合わせる。
「何事だ?騒々しい!」
見事に悪役領主を絵に描いたようなぽっちゃり体型でえらっそうにしている男が迷惑そうに玄関から出てきた。
私をチラッと見て、誰だ?このものたちはと、聞いていた。ただ、自身の警備兵たちが転がっているのをみれば、ただ事ではないことは感じていたようだ。
兵たちが、領主と思われるぽっちゃりさんの前に出ていた。
「そこのぽっちゃりさん!」
「ぽ……ぽっちゃりさん?」
右に左にぽっちゃりさんが、見ているがあんただよ!とキースに言われ驚いていた。
「ワシのこと?」
「他に誰が?」
「……ワシは、この地の領主である!そなたら、ワシの屋敷で一体何をしてくれておる!ひっと……!」
ウィルがさりげなく見えるように小旗を広げていたのだろう。ふるふると震えはじめたぽっちゃりさん。
そのうち、泡を吹いて倒れるのではないかと思うほど、震えはじめた。
「領主様、いかがなさいましたか?」
「……い、今、い、い、今すぐ応接室を準備しろ!」
私に駆け寄ってくるぽっちゃりさん。さすがに、私のことは見たことがあるだろう。戴冠式や社交の季節などでも、かなり目立っているはずだ。
公の後ろ盾として、常に華やかみえるようにしているのだから。
「領主様?」
訝しむ兵たちに、ぽっちゃりさんは、これ!と叱る。ぽっちゃりさんがいきなりペコペコとし始めたので、取り残された兵はどうしたらいいのかと、お互いの顔を見合わせていた。
「ようこそ、おいでくださいました。アンバー公爵。このような、むさくるしい場所へ……こちらの兵が、大変失礼なことをしてしまい、大変申し訳ございません。お詫びに、私に出来ることなら何でもさせていただきますので、どうか、お許しください」
ぽっちゃりさんは、ペコペコとしていたかと思えば、土下座に変わる。頭を地面に擦りつけるかのようなその仕草は、形だけであろう。
ちらりと後ろをみたら、戸惑っている兵たちは立ったままだったので、今すぐ土下座をしろと叱るぽっちゃりさん。
その姿がおもしろくて、私は何も言わずに見つめているだけだった。
「部屋の準備ができました!」
大慌てで侍女が整えてくれたのだろう。私たちを案内してくれる。
「あの、それで、今日は何用だったのでしょうか?」
「えっ?何用って、ここに公が派遣した医師がいるでしょ?その医師と薬を返してもらいに来たのだけど?だいたい、その医師がいたところで、この病は治らないわよ?」
「えっ?そうなのですか?」
「公が派遣した医師は、ただの助手ですからね。今回の病に対しては、なんの役にも立たないわよ?それでも、人手がいるから、返して欲しいの」
席につくなり、話始める。私は、責めずにニッコリ笑いかけておく。
アンバー公爵である私の話は嫌と言うほど聞いているだろう。その私が、責めることもせず、笑っているだけなんて、内心震えているのだろう。脂汗がすごいことになっている。
「い……医師は、こちらで保護をしていただけですので……」
「そう。まぁ、どうでもいいんだけど……公との話し合いで、その医師はクビにすることが決まっているの。報酬については、一切払わないことが決まりました。あとは、そうね……薬を……」
「薬は、預かっていただけですから、いつでもお出しできます」
「そう?なら、いいわね。もし、故意に貴族だけで持っていようとしていたのなら、罰則の対象だったのよね。そんなことは、ないと思うけど……ねぇ、ぽっちゃりさん?」
ふふっと笑いかけると、あはははと笑うぽっちゃりさん。
「私は、現場の監督者である我が領地の医師の報告書を持って、公へ現状の報告をするとします。では、預かっているという薬を一粒残さずだしなさい!」
「……わかりました。お持ちします」
「今すぐに、この領地へ送られた分をです。この屋敷の分だけではなく。そうですね……10分もあれば、じゅうぶんでしょう!ウィル、はかってちょうだい。10分以内に持ってこれないということはないですわよね?」
さらに笑顔を深める。
「だって、領主が保管してくれているのですものね!それに、あの薬は、処方できる医師が一人と決まっていますから、こちらの渡した数とあうはずですからね。もし1つでも足りないとなったら……」
「なったら……」
ごくっとつばを飲み込んだぽっちゃりさん。
「領主としての責任を取ることになりますわね?命で償うのか、爵位返上になるのか……それは、公がお考えになることですから……私は、預かり知らぬことですけど!」
どうなるのかしら?と恐怖を煽っておく。さて、どんなふうに、この領主は立ち回るのだろうか?
私に賄賂を渡してどうにかするのか、はたまた逃げるのか、どうどうと罰を受けるのか。
さて、どれを選ぶのだろう。賄賂は受取らないが、さっきのお詫びは受取るつもりではあるので、楽しみであった。
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