第715話 では、まいりましょう!

「では、いってきます。あとのことは、頼みましたよ!」

「アンナリーゼ様、お気をつけください!」

「ありがとう。みんなも気を付けて!特にデリアには、みなも気を付けてあげて!」



 レナンテに跨り、城へと向かう。ウィルも一通りの荷物を持って合流した。



「荷物、少ないな?」

「こんなものじゃないかしら?これでも、ウィルに比べれば多い方でしょ?」

「俺は、近衛だし、男だし……」

「私は、これでも武門出だから、ね?慣れているのよ」

「あぁ、確かに……姫さんのおじさんは、メチャクチャ強かったな!」



 懐かしそうに思い出しているウィル。いい経験になったようで、その顔を見ればわかった。



「今さ、おじさんと戦ったら……勝てるかな?」

「さぁ?どうでしょ?おじは、強いわよ?」

「だよなぁ……姫さんにも、まだ、勝ち逃げされてる状況で……どうだろ?」

「ウィルなら、もう少しで届くんじゃないかな?おじになら」

「そうしたら、姫さんに勝ったということでいい?」

「うーん……勝った……ね」



 私は考えているふりをした。もうとっくに、ウィルの方が強いだろう。2度の出産で、完全に置いて行かれた……私は、ウィルに対してそう思っていた。体力は、あの頃に比べれば、落ちていると感じることもある。アンナリーゼ杯でウィルに勝てたのは、まぐれだった……そう思っている。



「あぁー待って。勝ったことにしないで。俺は、姫さんに負けたままでいいや。いつか、勝てるようにこれからも精進していく次第でございます」



 ニヤッと笑うウィル。心の内は読めずとも、二度と本気で対戦することはないと知っていても、私の心に添ってくれたことにありがとうと呟いた。



「なんか言った?」

「うぅん、何も。それより、公に挨拶へ行ったら、まずは、どこに向かう?」

「そうだな……まずは、状況を知りたいから、ヨハン教授の助手がいるところへ向かうのが無難かな?」

「わかった。じゃあ、近いところから向かいましょう」



 城へ向かうと、門兵が馬上の私たちを見上げる。私だとすぐに気付いた門兵は、そのまま訓練場までの移動を許可してくれた。

 訓練場へ行けば、ウィルの部下たちが近寄ってくるので、馬の面倒をお願いして、そのまま公の執務室へと向かった。



「また、難しい顔をしていますね?」



 執務室へ入ると、公の眉間には深い皺が寄っている。きっと、いい報告が全く入ってこないのだろう。



「あぁ、あんまり状況は芳しくない。それで、本当に現地へ向かうのか?」

「はい。そのつもりです。見て見ないと……采配は振りにくいですから」

「どうしてもいくのなら、これを」



 私に渡してくれたのは、アンバー公爵家の家紋と後ろに青紫薔薇が刺繍された小さな旗であった。広げて見ると、後ろにはローズディア公国の紋章が入っている。



「これは?」

「アンナリーゼも知らぬか」

「えぇ、知りません。何ですか?」

「公の代行権だ。普通なら、公妃に与えるものではあるが、臣下に与えることも少ないが例はある。これを持っていけ。あとは、大きな旗だな……これは、拠点が定まれは、掲げるように。各地に代理が向かう手紙を送り、手筈は整えてある」

「ありがとうございます。公にしては、なかなか素早い行動でしたね?」

「アンナリーゼほどの行動力があれば、俺も……ここまで燻ってはいまい。民を頼む」

「言われなくても。私は公の臣下でもありますから」

「筆頭公爵は、この国を俺と二分する存在だぞ?」

「私は、公の臣下として支えることにしているので、余程のことがない限り、公の縦にも矛にもなりますよ!」



 にっこり笑いかけるとありがとうと礼を言われる。



「それほどに、臣下がまだ、少ないのですか?」

「まぁ、育っては来ているし、宰相と話をして、今まで日の目の見なかった貴族の登用をしたりはしているが……まだまだだな。アンバー領へ派遣した者たちが帰ってくるのを待っている……そんな状況ではある」

「そんな公に残念なお知らせです」

「引き抜きか?」

「いいえ、そうではなく……人選を見余ったのではないですか?あまり、役に立てそうな人物たちだとは思えませんよ?」



 そうかとため息をつく公にひとつだけ呟いておく。



「ひとり言なので、聞き流してくださいね」

「やけに大きなひとり言だな」

「アンバー領やコーコナ領には、商人以外にも読み書きそろばんができる領民がいますよ。そういう人を雇ってみるのはいかがですか?能力のあるそういう国民を雇うことは、学ぶことに繋がりますし、識字率もあがれば国力も上がりそうですね!」



 なるほど、そういう手があったか!と驚いていたが、領地では、すでにハニーアンバー店で働いてくれている。領主の屋敷でもイチアやセバスの手足として動いてくれているものも多い。

 その中に、公から預かった文官がいるのだが……よく働く人々の中で、正直いって浮いている。日長一日、何もしないのだ。隣であくせく働く領民を笑うことはあっても、自主的に動くものが、いない。



「公都にお返ししてもいいですか?自分たちは、さえないアンバー領へわざわざ来てやっているんだっていう傲慢な考えが、少々はなにつきますし」

「帰されると、困るんだが……」

「なら、もう少しまともなのをお願いしますね!とりあえず、次の春までと思っていましたが、みながこれ以上、苦労するのならお返ししますね!」



 受取るものも受取ったし、挨拶もすんだ。



「では、いってまいります」

「あぁ、頼んだ」



 ペコリとお辞儀をして、私とウィルは、公の執務室から出た。



「では、まいりましょう!」

「姫さんが行くところなら、どこまで!」

「春までに終息できるといいわね!」



 そういって、城をあとにする。目指すは、近くにいるヨハンの助手がいる場所だ。状況確認から始めましょうと馬車で1日のところを、馬でかけていくのであった。

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