第716話 お嬢ちゃん
私たちは、公都から南へ、ヨハンの助手がいる1番近くの領地へと向かうことにした。南の方から広まったので、感染者の多いと予想される南の方へ向かおうという話になったのだ。
ウィルの後ろをレナンテに揺られながら進む。背中をぼんやり眺めていた。
アンジェラは、あんなふうに思っていたのね。
『予知夢』を思い返した。ウィルを泣かせる原因は、きっと、私が死んだことだったのだろう。そんなことを考えていると申し訳ない気持ちになる。そして、アンジェラが言ったとおり、幸せになってほしい……そう願わずにはいられなかった。ウィルに支えてもらったことは、誰よりも私自身が知っている。
「ウィル」
「何?」
「幸せになってね?」
「何?いきなり……俺、十分幸せだけど?」
何を言い出すのかと思えばとクスクス笑うウィル。
「そういえば、俺、コーコナ領でヨハン教授にお願いして、感染病の抗体作ってきたじゃん?」
「えぇ、どうやって作ったの?」
「姫さんが言ってた罹患率100%の薬を飲まされて……そのあと、別の薬を飲んだんだけど……高熱って、かなり辛かった。アデルもかなり高熱出てたけど……大丈夫かな?」
「そうね……何かあれば、領地から連絡はくると思うから、任せるしかないわね」
「イチアがいれば、なんとか対処してくれるでしょ?」
「セバスもいるけど?」
「今回のことは、経験上イチアの方が、対処法を含め、よくわかってると思うよ。それにしたって、イチアとセバスの頭脳は一体どうなっているのかねぇ?今回の対処法もだけどさ、即座に動ける行動力は、見事なものだと思うよ。決断出来るって、すごいことだよね」
「ウィルも中隊長なんだから、できるでしょ?」
「まぁ、出来なくはないけどさ……あくまで中隊長なわけだし?」
「爵位からすると、大隊長とかなのにね……」
「それは、言わないで……」
馬に揺られながら、話をしているとすぐに街へついた。領地の外からでもわかる異様な空気に、目を合わせると頷く。
「まずは、罹患しているとはいえ、再度かからないように口や鼻を布で覆いましょう」
用意していた布で覆い、街へと入って行く。
街の中心部へ行けば行くほど、荒廃しているのがわかる。道端には何人も座り込んだり寝込んだりしていた。
「一体どうなっているのかしら?」
「あんまり、芳しくないことだけは、わかるね?」
中心地へと馬から降りて、足早に歩き回っていると、人だかりが見えた。きっと、薬を配布している場所なのだろう。私たちは駆け寄った。
「おい、あんちゃんたち、順番守れよ!」
外で簡易的な場所を作って薬を配布しているらしいところへ向かったら、おじさんに捕まってしまう。
「人だかりが出来ていたから、何があるのか興味があってのぞいただけだから、気にしないで?」
「そうか。この先のことを知りたかっただけか?」
「えぇ、そうなの」
「いい服を着ているから、お貴族様のおつかいに割り込んで来たのかと思って、悪かったな?」
「いいのよ!誰だって、割り込まれたって思ったら腹が立つわよね!」
話のわかるやつだなと笑うおじさん。せっかくだから、話を聞くことにした。
「ねぇ、おじさん?」
「なんだ?」
「私たち、この街へ来たばかりだから、状況がわからないのだけど……どうなっているの?」
「こんな時期に、よその領地からきたんか?悪い時期に来てしまったな」
「悪い時期?」
「あぁ、見ての通り、病が広まっていてな……街も人もみんなダメになってしまってる」
「そうなんだ?でも、この街って領主のお膝元でしょ?なのに、こんなに病人が出て大丈夫なの?」
「さぁな?病を発症した人が街に出た瞬間に屋敷の扉を締切ってしまったんだ。領主だけじゃねぇよ?大きな屋敷は、貴族の屋敷なんだが、すべて同じように締切られているんだ。俺たちは、領主に見捨てられたんだ」
締切られた門を睨み、唇を噛みしめた。
「それにしたって、公が、薬を配っているでしょ?」
「あぁ、それなら、お貴族様が、全て自分たちのためにと屋敷に隠しているぞ?俺たちに回ってくるのは、ほんの少しだ」
私が考えていたようなことが起こっていることに、頭が痛くなった。
「おい、大丈夫か?」
「えぇ、大丈夫!そのお貴族様のところには、薬があるの?」
「らしいとしか……実際に見ているわけでもないし、医者も囲われているし……」
「医者も?もしかしなくても、領主の屋敷にいるのかしら?」
「……そうだ。医師団が、殆ど囲い込まれてしまった。他の領地もそんなもんだと聞いたことがあるぞ?」
「……そんなこと」
想像していたよりずっと悪いことに、どうしようかとウィルに目配せすると頷く。
「一度、領主の屋敷へ乗り込むのもいいかもしれないなぁ」
「領主の屋敷に乗り込むだなんて、とんでもない!平民がそんなことしたら、罰せられるぞ?」
「平民じゃなければいいんでしょ?私は、ここの領主より爵位が上よ?」
「ふふっ、嘘を言っちゃダメだ。さっきから話を聞いて入れば、まだ、ほんのお嬢ちゃんじゃないか?」
「……お嬢ちゃん」
愕然としている横で、ウィルが「お嬢ちゃん!」と笑い始めた。むぅっとした私は、持っていた剣でお尻を思いっきり叩いてやる。
「あで……」
「笑いすぎよ!おじさんも、淑女に向かって、お嬢ちゃんは酷いわ!」
「だって、そうだろ?どう見ても、世間知らずのお嬢ちゃんじゃないか?ここの領主より爵位が上だって?子爵様も鼻で笑うだろうよ!」
「そう。いいわ!とりあえず、ここを切り盛りしている人にあって話を聞いてから、領主の屋敷へ乗り込みましょう」
「あぁ、はいはい。くふふ……乗り込みましょうね!お嬢ちゃん」
キッと睨むとおじさんが憐れそうに私を見つめる。
「おじさんにもあっと驚くようなこと、してやるんだから!」
「気長に待っているよ」
子どもを見守るような温かさで笑いかけてきた。そのとき、次の方と呼ばれ、私たちはおじさんに同行してついて行った。
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