第710話 小さな薬

 三人で話をしていると、コンコンっと扉がノックされる。リアンが頼んだものを揃えてくれたのだろう。ライズが動こうとしたとき、イチアが先に動いた。



「リアンさんですか?」

「はい、そうです。先ほど、頼まれた物をお持ちしました。こちらに置いておくので、あとは、お願いしてもよろしいでしょうか?」

「えぇ、それは、大丈夫です。あと、もうひとつ、お願いしてもよろしいですか?」

「はい、何なりと……」

「ヨハン教授が作った薬が、執務室にあるとアンナリーゼ様がおっしゃったのですが、あるところは、わかりますか?持ってきていただけると、助かるのですが……」



 わかりましたと、リアンは階下へ急いで向かってくれたようだ。イチアは、部屋から半身を出し、廊下に置かれている机の上から、リアンが持ってきてくれたものを中へ入れた。

 お盆の上に置かれているのは、私たちようのお茶セットにお水や茶菓子、すりおろしたリンゴに解熱剤があった。あとは、ライズが頼んだであろうスケッチブックが入っていた。



「スケッチブックだわ!これは、ライズが描いているの?」



 そういって、手に取ろうとしたら、サッと取られてしまう。



「見せてくれてもいいじゃない!」

「見せられるものなんて、描いてませんから!」

「1枚だけでもいいから、見せてよ!」



 軽く言い合いをしていると、イチアに病人がいるのに騒がしいですと叱られる。



「アンナリーゼ様に見せて差し上げたらどうです?上手なのは、帝国ではみなが知っていましたよ!」

「帝国ではだろ?皇太子が描いたものだから、下手でも上手だっていうに決まっているだろう?」

「そうでしょうけど、私は、お世辞抜きにとても心惹かれるものだと思っています」

「そうなの?それなら、なおのこと、見たいけど……」



 スケッチブックを渡され、私はそれを開いた。1枚目にはナタリーが描かれており、表情もうまく描かれていた。ナタリーの持つ強さとしなやかさが上手に表現されている。



「これは、心惹かれるわね!」

「……本当ですか?」

「私が、ライズにお世辞を言うと思う?」

「……言いませんね。お小言は言われますが」

「でしょ?本当に素敵に描かれているわ!ナタリーをよくとらえられていて、素敵ね!」



 次のページを捲る。そこにもナタリーが描かれていた。その次も、その次も……ナタリーであった。



「ナタリーのこと、好きなの?」



 思わず口から出てしまったが、ちらりとライズを見れば、頬を赤く染めているので確かだろう。

 もう1枚捲ると、そこには私が描かれていた。小さい頃、トワイスの王都でハリーと遊んでいたら、一人の画家に出会ったときのことを思い出す。

 5ドルという変わった画家の名前で、とてもおもしろい絵を、街のあちらこちらで見かけた。


 元気にしているだろうか?5ドルもハリーも。


 胸に懐かしさを感じながら、ライズが描いた私の絵を描く。



「描き手が変われば、見方も変わるのね」

「どれです?あぁ、これは、アンナリーゼ様ですね」

「それは、どういうこと?」

「昔、街で出会った画家さんに描いてもらったことがあって……10歳くらいの私の絵なんだけど……」

「子どものころなら、見た目も変わるだろうし……」

「私は、見たことがないんだけど、その画家さんが描いた大人になった私の絵があるの。ハリーと並ぶ結婚式の絵が」

「結婚式の?」

「えぇ、私がハリーと結婚すると思っていたのでしょうね。サンストーン家に今はあるらしいわ!その絵、18,9の私そのものだって、ハリーの手紙に書いてあったわ!ミューズっていう連作なんだって。私は、知らなかったけど」



 イチアとライズは顔を見合わせていた。そこにコンコンとノックがされる。



「お薬をお持ちしました」



 それをイチアが取りに向かい、私はアデルを起こしに行く。後ろからライズがすりおろしたリンゴを持って、ついてきてくれる。



「アデル?起きられるかしら?」

「はい、大丈夫です……」

「アンナリーゼ様」



 ライズが私にリンゴを私、後ろからアデルを支えてくれる。



「少しだけでも、食べて。リンゴだから、食べやすいと思うの。苦手とかはない?」

「……はい」



 そういって、アデルの口の中へリンゴをほりこむ。すりおろしてあるリンゴは、口の中で甘さが広がるだろう。



「とても、美味しいです……」

「そう。このお皿全部食べられそう?」

「頑張ってみます」

「頑張らなくていいけど、ゆっくり食べて」



 口へ運んで、お皿1杯のリンゴを黙々と食べきった。



「次は、薬ね。私たち思うに……」

「感染したんですね……」

「うん。ただの疲れとかでは、ないと思うの。通常なら、大丈夫なんだろうけど……アデルは、ちょっと働きすぎで、体が疲れていたみたいね。私が反省するべきところね」

「そんなこと……」

「いいえ、私の責任です。責任がどこにあるかなんて、話をしても、アデルにとっては、今熱の状態が1番辛いと思うのだけど」

「……はい」

「じゃあ、お薬飲みましょうか!飲めるかしら?」



 ヨハンの薬を渡すと、慌てだすアデル。



「こんな貴重な薬は、いただけません」

「いいえ、私がアデルのことを見れなかったのが悪いのですから、私からのお詫びです。こんなことしか出来ないけど……飲んでくれるかしら?」

「いただいてもいいんでしょうか?」

「えぇ、もちろんよ!」



 にっこり微笑むと、薄いピンク色をした小さな薬が、折りたたんだ紙の中から出てきた。

 それを見て驚いていたのは、イチアとライズであり、見慣れた私とアデル。1粒手に取り、お水と一緒に飲み込んだのを確認する。



「薬も飲んだこと出し、休みなさい」

「ありがとうございます」



 そういって、布団に潜り込んでいく。



「あちらで話しましょうか?」



 二人を机まで連れて行き、薬の話をすることになったのである。

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