第711話 小さな薬?

 席に座ると、イチアが手に持っていた薬を机に置く。カサッと音をたて、紙を開くと、小さなピンクの薬が1錠入っている。



「これが、ヨハン教授が作った薬ですか?」

「そう、これよ?」



 イチアとライズが、不思議そうに覗き込む。



「どうしたの?そんなにまじまじと見て」

「いえ、私たちが知っている薬と随分大きさが違うので、驚いているのですけど……これが、本当に薬ですか?」

「えぇ、そうよ?」

「記憶にある薬って、これの二回りくらい大きいのだったと思うんだけど……これ、かなり小さいよな?」



 そういって目配せするライズに頷くイチア。



「これは、ヨハン教授が作った新薬ではないのですか?」

「新薬?私が罹患したときには、この薬をもらった気がするけど……もしかしなくても、私も治験対象だったのかしら?」



 頬に手を当て、コテンと首を傾げる。治験を強要する側でなければ、別に構わないので、自身には無頓着であった。



「アンナリーゼ様が飲まれたのは10歳でしたよね?そうすると12年以上前からあったということになります。アンナリーゼ様は、ライズとも然程年齢が変わらないはずですが……すでに、この薬が……」



 思案するイチアを見つめる。何事か考えていることはわかるが……説明が欲しい。



「ヨハン教授って、どこの出身の方かご存じですか?」

「ヨハンはね……どこだろ?私も詳しくは知らないけど……お父様が、フレイゼン領を学都へすると宣言されたときには、すでに下っ端の研究助手としていたそうよ!そのときについてた教授は、フレイゼン出身の人だったはずだけど……」

「そうですか。それなら、インゼロでしか流行らないこの病をどこで知ったのかと」

「そこについては、わからないわ!何か問題でも?」

「いえ、この薬が、もっと早くインゼロに普及していたらと思うと……まさか、他国の方がいい薬を開発していることに感服しました」

「そうなんだ。この薬よりもっと大きなものだと、確かに子どもは飲みにくいわね?」

「えぇ、それも1つ飲めばいいわけではなく、1度に3粒飲まないといけないので、飲ませるのに苦労する親が多かったとか」

「インゼロでは、子どもを中心に流行った病ですからね……」



 三人が机の上に置かれた薬を眺める。



「アンナリーゼ様?」

「何かしら?」

「ヨハン教授は毒の研究をされているんでしたよね?」

「えぇ、そうよ!それが、どうかして?」

「いえ、素晴らしいなと思いまして」

「毒の研究者ではあるけど、医師でもあるからね。他にも何でもよく知っているわよ!」

「確かに……肥料を作ったりもしていましたね……」



 そういって遠い目をした。ヨハンの優秀さは、こうやって誰かと話すときにわかる。今回は、まさに何年も前に新薬を作っていたことに驚かされた。



「用法用量は、たしか、この袋に判子が押されていたはずよ!」



 私は薬が入っていた紙袋を受取ると、黒で押された判を見せる。



「えぇーっと……」

「イチアは、わかるの?」

「多少は……調合は出来ませんよ?」

「まぁ、そうだよね……」



 そういって見ていくと、確かに内容的に今回の感染症の薬で間違いないという結論だった。



「ヨハン教授は、どこで、この病気と出会ったのでしょうね?」

「そこまでは、わからないけど……コーコナでの采配は見事なものだったわ!私から研究費用と他にお金をむしり取って、日々好きなことをしているって印象だったけど、今回のことで、見直したんだよね。コーコナは、無事罹患者がいなくなったし、あとは、国全体に広がった人たちを何とかしないといけないんだけど……」

「この薬が広まれば、病もそれほど長くは続かないでしょう。報告を見る限りでは、公主導で動いているはずではありますが、あまりうまくはいっていないようですね」



 私は、地図を思い浮かべて、ため息をつく。すると、扉が、またもやノックされる。



「誰かしら?」

「確認してきます」



 ライズが近づくとジョージアだったというので、私は扉に近づいていく。



「どうかされましたか?ジョージア様」

「うん、アンナに公から手紙が届いているよ。それも、火急紋が入ったものだ。すぐに確認してくれるかな?」

「わかりました。扉の下から入れてくれますか?」

「いいけど……」



 すみませんと言いながら、私はその手紙を受取りイチアに渡されたナイフで封をきった。

 中を確認すると、公の字で、『至急公都へ戻ってきてくれ!』と書かれている。何が起こっているのか、想像するのは簡単だった。

 ジョージアに見せてもらった地図より、さらに赤いところが増えたというところだろう。


 読み終わった手紙をイチアに渡すと、ため息をついていた。わかる。私もそうしたいのはやまやまなのだが、ため息をついたからと言って、病に臥せっている人物が復活することはない。



「なんて書いてあったんだい?」

「そちらに渡しますので、ジョージア様も読んでください」



 先程とは逆に、私がジョージアへと渡すと、なんだって?って声を荒げている。私を公都へ連れ戻したい公は、事態収拾について力を貸してほしいことは明白であった。

 ただ、私が、その現場へ行ったとして、それで、事足りるかといえば、そうじゃないかもしれない。今でも、罹患している人が多くいるはずなので、私はため息をつく。



「ジョージア様、セバスとリアンにその手紙を見せてください。私一人で向かいますので、留守を守ってくださいね!」

「と、言われても……すでに失敗しているのだが……」

「今度は周りの者たちがちゃんと考えてくれますから、それほど身構えなくても大丈夫ですよ!」

「……行くのか?」

「呼ばれてますからね?本当は、呼ばないで欲しいのですけど……春には帰ってきますから……」

「そうか……ウィルとセバス、リアンに見せてくる。公都へ向かう準備をしてもらってくるよ」



 お願いしますとジョージアに言い、私はイチアと向き合った。



「呼ばれたら、行かないといけないよね……」

「行きたくないのですか?」

「もちろん!子どもたちとのんびり、領地でいたいわ!でも、アンバー領にもコーコナ領にも降りかかる災いかもしれないのだったら……領主である私が、守るべきなのよね!」



 ふぅっと息を吐くと、苦笑いをしているイチアに、行ってくるわ!と声をかけ、アデルのことを頼んで部屋を出た。

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