第697話 試作品Ⅶ

 昼食や夕食、休憩を何度か挟みながら、試作品の話は続いていく。この人数を一堂に会するのは、なかなか困難なので、できる限り、この1回の話し合いで9割方を纏めるのが、今日の仕事ではあった。すでに夜の8時を過ぎ、そろそろ疲れが出てきた頃ではある。みな一様にため息をついていた、そのとき。



「寝過ごしましたっ!」



 そういって、大慌てで執務室へ駆け込んできたものがいた。私はそのものに、ニコリと笑いかけた。



「よく眠れたかしら?ラズ」

「……はい。あの……」

「今、ちょうど、休憩をしているところよ!」

「そうでしたか……いや、それより、その、あの……すみません!眠ってしまって!」

「本当ね!よく眠れたのなら、いいの。それにしても、いいものを作ってくれたのは、とても感謝しているのよ!」



 そういったところで、同じく息を切らしながら執務室へ二人の男性が慌てて入ってくる。



「おはよう!コルクとグラン」



 息を切らしているラズベリーを見たあと、私たちが集まって話し合いをしているのを見て、飛び上がってこちらに寄ってくる。



「申し訳ございません。あの……本当に、本当に申し訳ございません!」



 腿に頭がついているんじゃなかいかと思うほど、深々と頭を下げるコルクの隣で、少々体の硬いグランも一生懸命に頭を下げる。慌ててラズベリーも横に並んで頭をペコペコとしていた。



「……うーん」

「すみません……打ち合わせ……」

「いいのよ!まだ、あなたたちを呼んでないもの!」

「えっ?」

「ねぇ?私たち、この三人を呼んでないわよね?」

「あぁ、まだだな。そろそろ、リアンにお願いしようとしていたところだったんだけど……」

「……いや、でも……眠って……」



 困惑している職人三人に苦笑いをした。まず、領主の屋敷で眠りこけるというのは、大変失礼に当たる。なので、震えるほど、強張っている顔ではあるのだが……客間を与えたのは私だし、薬を盛ってと言ったのも私だし、だいたい、話し合いが終わったと呼びに行っていないのだから、客間で三人が何をしていてもいいはずではあった。



「そう思うなら、体調も万全にして試作品の売り込みに来てちょうだい。あなたたち職人にとっても体が1番大事でしょ!もっと、自分自身を労わってあげて。ラズ!あなたもよ!」

「……はい。わかってはいるんですけど、つい」

「その気持ちもわからなくもないわ!こんなに素敵なモノを作れるんだもん!これらも、何品も試作した中で1番いいものを出してくれているのでしょ?どれを見ても素晴らしかったわ!」



 私が職人たちを褒めると、さっきまで強張っていた頬が少しだけ緩んだ。ここに来たときにあった目の下のクマも万能解毒剤のおかげか、すっかりなくなっていた。



「じゃあ、三人も揃ったところで、結論を言いましょうか?」

「お願いします」

「どうする?私から?」

「そうですね、お手数じゃなければ、アンナリーゼ様から言われた方がよいのではないかと」



 イチアが改まっていうので、そうすることにし、頷く。



「まずは、ラズからね!」

「はいっ!どうでしたか?」



 緊張の面持ちになり、職人として目の前にいるラズベリーは、紙とペンを持ってしっかり私を見つめ返してきた。



「まず、この飾り瓶について。全品使うことにするわ!形をよくここまで綺麗に作ってくれました。売り出すから、薔薇を40個、蕾を20個、リンゴとオレンジと宝石の形をそれぞれ20個ずつ作ってちょうだい」

「期限はいつまでですか?」

「そうね……3月ごろかしら?社交が始まる前あたりから、売り出そうと思っているから。できるかしら?」

「任せて下さい。あとの小瓶は、どうだったでしょうか?」

「これは、素晴らしいわね!香りに合せてすりガラスが出来ているのね!ただ、1つだけ……たぶん、私たちも香りがわからなかったモノがあるんだけど……」

「これですかね?何かわからなかったので……柄を入れられずにいたのですけど……」

「葡萄らしいわ!アンバー領は葡萄酒の産地でもあるからね!この香りは、作り直しになるんだけど……ここに葡萄か葡萄酒の図柄が入れられるかしら?それとも、宝石の形でもいいわね!」



 なるほどと頷く、ラズベリー。真剣そのものの目は、自身が作った小瓶を見据えていた。



「そのあとの注文なんだけど、いいかしら?」

「はい、何なりと」

「この薔薇や他の形って、2倍くらい大きくすることは可能かしら?」

「大丈夫ですよ!ただ、そうなると……少々時間がかかります」

「同じく、社交の季節には、欲しいなって思うのよ。数量は減らすから、受けてくれる?」

「わかりましたと言いたいのですが、小瓶も作るとなると……」

「そう、そのことなんだけど……ラズさえよければ、他の職人にも、仕事を回すことはできるかしら?」

「作ってもらうということですか?」

「そう。この小瓶を、他の職人……ラズが、任せてもいいと思える職人に」

「……できれば、作りたいですけど、わがままはいいません。それでかまいません!」

「ありがとう!じゃあ、もうひとつ。朝、言ってたのって覚えていて?」

「はい。覚えています」

「ラズが作ったものだけ、ラズの紋章を何処かに入れていいわ!もちろん、アンバーの紋章は入れて欲しいのだけど……」

「私の紋章ですか?」

「そう。やっぱり、ラズの作るガラス製品って、私は特殊なものだと思うの。だから、他の職人に任せる分については、入れさせないけど、ラズが作った分だけは、許可します」

「いいのですか?私の紋章だなんて……邪魔になりませんか?」



 不安がるラズベリーに笑いかける。大丈夫と。



「ラズの作るガラス製品は、今後、さらに高値で売り買いされるようになる。だからこそ、そうして欲しいなって。強制ではないけど、将来、こんな素敵なガラス職人がいたんだって、証になるから!」

「証……」



 少々、難しい顔をしていたが、頷いている。きっと、名を残す名工品になるはずだと、ラズベリーの作った製品を見たときから考えていたのだ。

 いい返事を期待するとともに、羨ましそうにしている男性二人にも微笑んだ。

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