第698話 試作品Ⅷ

「さて、次はあなたたち二人の番ね!」

「私たちにも、お話があるのですか……?」

「すごい羨ましそうな顔をして、言われたら、ちょっと意地悪したくなるなぁ?」

「ウィル……」

「はいはい。ごめんなさいな。どうぞ、続けてください、お姫様」



 茶化すウィルにもぅ!と怒ると、みなが笑う。私たちのこの会話を聞いていると、いつもの日常で安心できるらしい。



「ウィルにちゃかされちゃったけど……改めて……」

「はい、どうでしょうか?」

「一言でいえば……」

「……言えば」

「……ゴクン」



 ラズベリーの評価を聞いていたからか、こちらにも緊張が伝わってきた。これは、思わず、からかいたくなる。しばらく、見つめるだけで口を開かないでいると、こちら側から声がかかる。茶化したウィルでなく、真面目なセバスから。



「アンナリーゼ様も、二人をからかわないでください!そんなことしていると、飾り箱を作ってもらえなくなりますよ!」

「いや、それは、ダメ!言うわ、言う、言う!」

「慌てなくていいですから、待っている二人に丁寧な評価の結果を知らせてあげてください」



 はいっとセバスとナタリーに応え、私は向き直った。



「ごめんね」

「いえ……あの、それで……」

「うん、試作品は私たちが考えていたモノよりずっと素晴らしい出来だわ!ひとつひとつ丁寧な作りになっていて、素晴らしかった!このまま、作ってほしいのだけど……」

「「ありがとうございます!」」



 ペコペコと頭を下げる二人に微笑んだ。本当に素晴らしい出来であったのだ。



「これを作ってもらうことになるんだけど……何点かの改善と相談があるんだけど」

「はい、何でしょうか?」

「まずは、朝も言ったとおり、領地の紋章を箱の見える場所に入れて欲しいの」

「わかりました。目立つところに入れられるよう作り直します」

「2つ目は、この飾り箱、凝っているぶんは、1箱どれくらいで出来るかしら?」

「1日に3箱です」

「今から、作ってもらって……わりとギリギリになるかもしれないわね?休憩もちゃんととったうえで、今度は作ってほしいから」

「……はい」

「これは、まだ、始まりだからね!この後に続くものが、本番なんだから!」

「……はい。重々身に染みています」



 二人が頷きあっていた。今日、寝てしまったことをコルクもグランも反省しているようだった。



「それで、数だけど……」

「はい。120箱ですよね!」

「えぇ、薔薇を30箱、リンゴとこの宝石がたのを20箱ずつ」

「……あとは、長方形と楕円形のものでということですか?」

「えぇ、不満かしら?」

「いえ……そういうわけでは……」

「不満なのね」



 ふふっと笑うと、また否定をするコルク。控えている仕事も考えてほしいのだが……と苦笑いする。



「まだ、あなたたちは、これからが大変なんだけど……今、お願いしたのは……いわゆる新製品を売るための下準備みたいなものだから、これに時間を取られていると困るの。このあと、ちゃんとした製品を作るときにも飾り箱が必要だから、そっちに重きを置いてほしいわ!」

「……それは」

「大口発注って受けたことないかしら?領主からの依頼、受けてくれる?」

「おう、コルク……」

「なんだ?グラン?」

「領主からの依頼と聞こえたんだが……それも大口だと……」

「夢、なのか?」

「……わからない」

「二人とも、頬を叩きましょうか?」

「……お、お願いします!」

「お、おい!姫さんに叩かせるのだけは、やめとけって!」



 パーンと乾いた音が2つ鳴り響いた。ウィルが止めるのが少々遅かったようで、二人の頬を綺麗な音とともに叩いたあとだった。



「……ひぃぃぃぃ!」

「やめとけって言ったのに……」

「も、もう少し、早く言ってください!」



 頬をさすりながら、涙目のコルクとグランはウィルに訴えた。



「夢じゃないということもわかったことだし、お話、詰めましょうか?」



 可哀想に思ったのか、テクトから話をしますと言うふうになった。釈然としない私ではあったが、仕方がない。



「いつも思うんだけど、加減を覚えた方がいい。姫さん、いつでも全力すぎる」

「うそっ!私、軽く叩いただけだけど……」

「あれで、軽くですか?」

「えぇ、そうよ?」



 そういうと、みなが視線を外した。失礼ねと思いながら、コルクとグラン、テクトが話をしているところを見る。頬をさすりながら、それでも口元を緩め、嬉しそうに話をしていた。



「そうだ!コルク!」



 名を呼んだ瞬間、一瞬飛び上がったような気がするが、気のせいだろう。見なかったことにしておくと、精一杯の微笑みをこちらに向けてくる。



「何でございましょう?」

「あなたたちも、紋章つけていいわよ!ただし、今のところは、香水の飾り箱にだけね!」

「えっ?」

「飾り箱に価値がつく……とは、なかなか考えにくいんだけど……試してみたいの!」

「そういうことでしたら……ありがたく、つけさせていただきます!」

「ただし」

「わかっています。長方形や楕円形以外の分ということですね!」

「そう!察しがよくて助かるわ!」



 ニッコリ笑うと、こちらこそ、取り立てていただきというので、私は手を振る。おもしろいものをおもしろいと言っただけだ。努力は職人がしないといけないし、紋章がつけば、それが二人の商品の顔にもなる。

 責任は重くなるわけだが、あの二人なら……大丈夫だろうと思えたからのはからいでもあった。

 まだ、こちらに来てからの日は浅い。職人としても、年若い二人はそれほど長い職歴ではないかもしれないが、可能性の広がりそうな二人を応援したいと思えた。

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