第683話 飾り箱

 砂糖工場を出ると、ユービスが乗ってきた馬車に乗り込む。



「アンナリーゼ様、我が家の馬車で申し訳ないのですが……」

「気にしないで!」

「……すみません」



 恐縮しきっているユービスに笑いかけ、次の目的地になりそうな話をする。

 職人が多いこの町ではある。何かおもしろい話が聞けそうなので、振ってみることにした。



「ユービスは、『赤い涙』の限定品を入れる飾り箱の作り手は知っていて?」

「えぇ、この地域でも二,三人の職人を出させていただいています。ただ、テクトさんが抱えてる職人が、この領地では1番素晴らしいものを作るのではないかと考えています」

「あの、透かし彫りっていうんだっけ?」

「そうです。飾りを彫った下にガラスですかね?引いているので蓋の部分がとてもおもしろいですよね!」

「蝶番を使ってあるから、開閉もしやすいって噂よ!私の手元にはないから、わからないのだけど、『赤い涙』を飲み終わったあと、瓶を楽しむ人は予想してたけど、飾り箱を宝石箱に作り直す人がいるらしいわ!」

「そんな楽しみ方が?」

「あるんだって。あの形の飾り箱はそれほど多くの数が出来ていないのだけど、あれを香水の纏め売りのときに入れる箱としたら、どうかと思っているの」

「なるほど、入れ物にも付加価値をつけるのですね!」

「そう!ラズが小瓶を請け負ってくれたから、それに合わせて、作ってもらえないかって考えているんだけど……難しいかしら?」



 ユービスは考えてくれる。そろばんをはじいているのだろう。



「一人で、何個も作るとなると、大変かと。中にガラス細工も入っていますからね。たしか、限定120個でしたよね?」

「えぇ、そのつもり」

「その職人が、他の職人にも技術を放出してくれるなら、可能性はあると思います。ただ、あれだけの技術ですからね……」

「他の人には、難しい?」

「その可能性はあるかと……技術の提供をされても、ラズベリーさんみたいな特殊な職人もいるということです」

「裸体のお姉さんシリーズは、今は、作り手が増えたって聞いたけど……?」

「それでも、10体作って1体使えるものになればいい方ですよ!ラズベリーさんが作る健康的体つきは、なかなか……それに、『赤い涙』のボトルも結局、殆どがラズベリーさん作ですからね!」

「そうなんだ。知っているようで知らなかったわ」

「でも、彼女がこの地に来てくれたおかげで、ガラス職人だけでなく、他の職人も活性化しました。まさに、木工の飾り職人なんて、ラズベリーさんのガラス細工にあうような飾りをと躍起になっていますから!」

「今年もコンテストをしたのよね?」

「えぇ、しましたよ!今年の顔ぶれとしては、ガラス職人一人と木工職人二人が去年選んだ職人に加えました。去年、選ばれた職人もおちおちしてられないと、研鑽を積んだようで、とても有意義な時間になりましたよ!」

「そっか。私、今年は、アンバー領のこと、何も出来なかったけど、私がいなくても何とかなっているところは、嬉しいわ!」

「アンナリーゼ様がいると盛り上がりが違うのですけどね、来年は出てくださいね!」



 私はもちろんとニッコリ笑う。来年は、アンジェラも連れていくだろう。少しづつ領地のことに触れていくようにする。ジョージアと話し合った結果、なるべく、子どもたちには領地のあれこれに触れさせようとなった。

 ジョージア自身が、領主になるまで、あまり関わって来なかったことを悔やんでいるようで、私がアンジェラたちには、領地運営を少しずつでも見せたいと言えば賛成してくれた。

 アンジェラは、特に、次期領主となることは、アンバーに関わる人なら知っているし、ダドリー男爵の断罪にて、大きく広まった話でもある。

 ただ、それだけでないことは、今は私の仲間内は知っているので、領主とは無関係のウィルたちではあったが、賛成してくれていた。



「アンジェラ様も来年は一緒に来られますか?」

「えっ?」

「いえ、アンナリーゼ様が、最近、アンジェラ様を連れ出していることが多いと聞いているので」

「そうだったの?ジョージア様と話したのだけど、子どもたちには、領地のことに触れさせる機会を増やそうって。領地や領民に関心を持たせて、将来、役にたつようにって」

「子どもは意外と親の背中を見ているものですからね!いつも、息子たちには驚かされました。私がしていたから、いいんじゃないかと言われたとき、ドキッとさせられたこともあります。誠意を持って接しているつもりでしたが、そうじゃなかったと思わされたこともありましたから……子は親を映す鏡のようなものなのかもしれません」

「それだけじゃ、ないでしょ?親がやってきたこと以上にもっといい方法はないかと、工夫もやめない。お互い持ちつ持たれつでちょうどいいんじゃないかしら?私は、こんな小さなアンジェラからでさえ、教えられることがあるのだもの。子どもの成長とともに親も成長しているのだと思っているわ!」



 馬車の揺れにコクリコクリ同じように揺れ始めたアンジェラを寝かせてあげる。

 今日は、たくさん出歩いたので疲れたのだろう。新しく見たものも多い。領地を初めて見て回った感想が、屋敷に帰れば聞けるかもしれない。そんなふうに思いながら、眠りについたアンジェラの頭をそっと撫でた。

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