第649話 見せたい景色Ⅴ

 翌日、ヨハンたちがいる場所へ向かった。ここは隔離されているため、中に入ることができない。

 私がいた村も隔離をしていたが、患者数が圧倒的に多いので、さらに厳しく取り締まっていた。



「ヨハンを呼んでくれるかしら……」

「領主様ではありませんか?申し訳ないですが、ここからは……」

「そう……それなら、仕方がないわね……」



 状況の確認をしたかったのだが、ヨハンがいないと出来ないと思っていたので、ダメですねとジョージアに言うと、仕方がないと言われる。



「中はどんな状況なのかしら?それくらいなら、知っていて?」

「噂話になっているのですが……どんどん、人が倒れて行っているという話しか……

 あぁ、そういえば、これを預かっていました」



 ヨハンからの手紙を渡された。見るに3日前の日付で書かれている。



『アンナリーゼ様

 この度の伝染病ですが、どうも怪しい部分があります。外にいらっしゃるアンナ

 リーゼ様も調べてみて下さい。

 まだ、私も辿り着けていませんが、必ず……元を突き止めてみます。あと、病気が

 変異し始めているようです。抗体を持ったものばかりを助手として今回集めました

 が、ここ数日、何名か再度罹ってしまいました。子どもを中心に流行っていました

 が、大人にも罹り始めています。

 薬草や物資については、まだたくさんありますが、従来の薬では効きづらいこと

 がわかっています。治験を進める許可をいただければ、必ずお役にたてると思い

 ますが……返事をいただきたく』



「ヨハンはなんて言ってきているの?」

「病に罹るのは、子どもが大半だったようですが、病気が変化して、大人も罹り始め

 たようです。

 更なる広がりを抑えるために、この土地の規制をヨハンの判断で強化したみたい

 ですね」

「それって、かなりまずいんじゃないの?」

「そうです。子どもの数より大人の数のほうが多い。お年寄りもいるし……今までは

 雨が降っていたから、家からでることもなくいられましたが、外に出れるように

 なると、さらに感染するようになるかもしれないです」

「治験と書いてあるようだけど……」

「ヨハンの助手たちは優秀な人ばかりですから、患者を見ながら、データを蓄積

 させているのでしょう。そこから導き出された答えを模索しているのでしょう。

 治験は、まず、自身の助手の中から選んでくれると思います」



 私は書くものを取り出し、返事をかいた。あと数日で隔離もなくなるようなことを聞いていたので、病原が変異したおかげで、隔離が伸びてしまったことへのショックは隠せなかった。



「なんて書いたの?」

「物資が必要なら連絡をと。治験の件は、ヨハン以外に私の周りに有識者がいない

 から任せるって……何かあれば、私が矢面にたちます。私の指示で治験を始める

 ことをしっかりいうようにと書きました」

「アンナが?」

「そうですよ!ヨハンは優秀ですけど……そういう雑多な言葉は、私に向けられる

 べきです。領主なのですから、領地で起こることは、なんでも私が首謀者でなけ

 ればいけないのです」



 胸を張って言うと、ジョージアは笑う。でも、それが領主としてあるべきなのではないだろうか?

 上手くいけば、ヨハンの名を公表し多くから賛辞を、失敗すれば私が叩かれる。その関係性がなければ、研究者は育たない。



「お父様がよく言っていたのです。領地で起こることは、どんなに小さなことでも

 把握しなさいと。みなから賛辞が得られるものなら広める役目をし、みなから

 批判されるなら矢面に立ちなさいと。研究者には、自由に発想をしてもらって、

 もっといいことに頭を使ってもらわないと、領地の損失になるからと。領主は、

 領民のために何ができるか、何と引き換えに幸せな生活を得られるか、まず、考え

 なさいと。その対価が、信頼であり税であるのだからと。働かないと、税は納め

 られません。そのためには、領地に仕事がいる。人間、楽してお金が入ってくる

 方がいいけど、どうしても働くことには、苦が付きまとう。なるべく苦だと

 思わず、喜びを与えられるよう考えなさいと。既存のもを大切にすることは、大事

 だけど……そればかりでなく、もっと自由に発想をして、もっと楽しくなるよう

 にと。それで、変ってしまうことはあるかもしれないけど、変化を畏れずにい

 なさと言われて育ったんです」

「お義父さんは、柔軟な頭をお持ちだね?うちの父は物腰は柔らかかったけど……

 なかなか打開策を見つけることが出来なかった。さすがと言うべきか……

 アンナは、お義父さんの子どもだってよくわかる。サシャも似たところがあるからな」



 私は小首を傾げた。兄は……頭でっかちなだけで、父ほど才覚があるわけではない。私もそうなのだが……きっと、私たち兄妹は二人で一人前なのだからと苦笑いする。



「お兄様は、そんなにすごくないですよ!お父様の足元にも及びません。私の

 ために、精一杯頑張ってくれていますが、社交界に出たときなんて……お母様に

 叱られっぱなしでしたよ!」

「それは、アンナもじゃないの?」

「お兄様ですか?そんなこと言ったの。私は、お兄様よりかは優秀でしたよ!

 社交界の二大華と呼ばれていたのですから!」

「アンナと誰?その華は」

「お母様ですよ!今は私がいた頃より、華々しいときいたことがあります。お母様に

 流し目なんて使われたら……」

「使われたら?」

「みんな傅きますよ!」



 確かにと笑うジョージアに私は膨れっ面をして、妬きますよ?というと、手紙を届けてくれるようお願いした。

 あとは、ヨハンの判断に任せて、この町の動向をみるしかなかった。



「次の町へ行きましょう。蚕を飼っているのですよ!」

「蚕?」

「生糸の元です。虫の繭から私たちのドレスやレースが作られているのですよ!」



 次の町まで、いろいろと話すと、知らないこともあるのか、楽しみにしていた。

 ナタリーと同じく、虫は若干苦手らしいジョージアではあったが、どんな反応になるのか……ナタリーのことを思い出し、クスっと笑うのである。

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