第650話 見せたい景色Ⅵ
最後になったが、コーコナ領の産業にはかかせない生糸の生産している町へと向かう。
虫と言うだけで、若干ひいていたが……原材料を知るにはいい機会だろう。
ちょうど町が見えてきたころ、隣でいきなりスーハーと深呼吸をし始めたジョージア。若干と自身で言っていたが、実はかなり苦手なんじゃないかと思う。
「アンナは、その、虫は平気なの?」
「えぇ、わりと……母に連れられ野宿とか、おじい様のところの訓練とかに混ざっていたので。むしろなんで怖いのですか?」
「いや、怖いわけじゃないんだよ?その、うにょうにょっと動くのがダメで……」
「心配しなくても、ジョージア様に持ってとは言いませんよ!」
「それなら、安心だけど……」
とてもホッとしているジョージアにクスっと笑う。
町の入口についたので、私たちは馬から降りた。気を付けて歩かないと、脱走している蚕をふんでしまう場合もあるので、馬車とか馬とかは禁止にしたのである。
「ジョージア様、蚕が歩いている……這っていることもありますので、くれぐれもふまないでくださいね!もし、いたら、声をかけてください。連れて帰るので!」
そういって歩き始めた。
小さな生物ではあるが、希少価値の高い製品になるのだ。少しでもとりっぱぐれはいけない。
さっそくいたらしい……聞いたこともないような悲鳴をあげ、あ、アンナ……と少々情けない声が後ろから聞こえてきた。
「さっそくいましたか?」
「そ、そこ……」
「あぁ、これですね!これは、品種改良されたもので、もう少し大きくなるんですよ!」
可愛いでしょ?と見せると首を左右に振って青白くなるジョージア。余程苦手らしい。仕方がないので、ハンカチを広げ袋状にして持ち歩く。
「気を取り直して、行きますよ!」
声をかけると恐る恐ると歩き始めるジョージア。こんなジョージアを見ることは滅多にないので、おもしろくて仕方がない。
そんなジョージアはさておき、私はどんどん奥へと歩き始めた。初めて来たときより、資金提供と研究員のタンザのおかげで大きくなっていく町。人がいなかったところも、今では人が疎らに歩いている。
そのなかでも一際異彩を放っているものがいた。
今回、尋ねる予定だったタンザだ。ヨハンを思わせる変態ぶりで、何か恍惚した顔をしていた。
「タンザ、今度はどんな研究?」
「今度は、より光沢を……って、アンナリーゼ様?」
「えぇ、お久しぶりね!」
私が来たと、タンザは勢いよく立ち上がった。結構な時間、しゃがみ込んでいたのだろう。立ち眩みがしたのか倒れてくるので支えた。
「すみません……朝からずっとここにいたもので……」
炎天下に程近い暑さの中、ずっとしゃがみ込んでいたらしい。研究で何もかも忘れるのは、さすが師弟であるなと、今、隔離された中で難しい判断を迫られているヨハンを考えた。
「マイルはいる?」
「えぇ、いますよ!案内しますね!」
「無理はしないでね?」
「これくらい、なんともないですよ!教授のところにいたときなんて、教授の研究と自分の研究と交互に成果をみないと行けなくて5徹とか、普通でしたから……」
「今は、ちゃんと寝ているのでしょうね?」
「まぁ、だいたい3徹は、普通ですね!」
「そんなの、普通にしないで!ちゃんと寝て、ちゃんと食べて、適度に太陽に当たって!」
私はタンザの生活が、とても心配になった。大丈夫ですというが……ここを任せている限りは健康でないと困る。なので、少々きつく言い、今日からさっそくそのように約束をした。
部屋に入ると、マイルがウロウロとしている。品種改良のおかげで、今は少し生産に余裕が出ているとは聞いていたがなにか問題があるのだろうか?
「マイル?久しぶりね!」
「これはこれは、アンナリーゼ様。ようこそおいでくださいました」
「これ、途中で捕まえたやつね!」
「ありがとうございます!」
「どうかしたの?さっきからウロウロしていたけど……」
「いえ、コーコナ領の中でいろいろと災害やら病があるとかで……心配になっていたところです」
「そのことね……災害の方は、今片付けに入っているところよ!コットンのところが被害にあったんだけど……コットンは孫だったわよね?」
「えぇ、えぇ……あの子は無事でしょうか?」
「無事よ!いろいろ今回のことでは助けてくれたおかげで、復興も早く終わりそうよ!」
「それなら、よかったです……」
「伝染病の方はどうですか?師匠……ヨハン教授が現地入りしていると聞いているのですが……」
さすがに師匠のことは気になるようでタンザは聞いてくる。
でも、私にわかることは少ない。
「今、隔離しているから、状況はわからないのだけど、ヨハンがしっかり動いてくれているおかげで、他には広まっていないわ!少し傾向がかわってきたから、近寄らないでちょうだい。どうなるか、わからないから」
「わかりました。教授を信じて待つのみですね!」
「えぇ、応援が必要になったらお願いできるかしら?薬草を取り入ったりなんだけど……」
「場所はわかりますので、大丈夫です。あそこの管理も任されているので!」
「そうなの?」
「えぇ、難しい植物もありますからね……」
「白い花ね?」
「ご存じでしたか?」
「えぇ、もう少し管理をしっかりした者に変えたいのだけど……」
「と、いいますと?」
「一目に触れないようにしたいの!」
なるほど……それならと請け負ってくれたが、女性だけであの場を囲うのは難しいだろう。かといって他の人に手伝わせるわけにも行かない。
「もう少ししたら、ノクトの手があくから、手伝うようにいうわ!それで、管理の方法を変えましょう!」
私の提案をのんでくれたタンザにニコリと笑いかけ、蚕の話へと切り替えた。ジョージアの紹介も兼ね、いろいろと報告を聞く。
新しい蚕の品種改良に成功したらしいと喜びあう私とタンザとマイルをよそに、虫が……とうなされるように言うジョージアにみなが笑うのであった。
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