第643話 いつものアンナ

 ジョージアが来てくれたことで、いつもの私を取り戻せた気がする。心の中は、まだ、痛いけど……その痛みを忘れずに、領地改革へといかしていかなければならないと整理できた。



「いつものアンナに戻ったみたいだね?」

「おかげ様で……ジョージア様は、私のお薬ですね?」

「安いお薬だこと」



 二人で笑いあう。悲しいことがあれば、ひとときはしっかり悲しむべきだ。時折そのときを思い出し、故人を偲ぶときもあってもいい。

 でも、私たちは生きている。これからの人を守ることは、領主としてもっと考えなければいけないのだ。目の前に迫る危機は、たくさんあるのだから……



「報告書、こっちにまだ来ていないと思って、先に読んだものの話をするよ?」

「お願いします」

「アンバー領だけどね、収穫期が終わって、刈り入れたそうだ。昨年より収穫量が

 多くなったから、近衛の分や他に回す余剰分も出来たそうだ。あと、既に2期作

 目に入ったよ!

 それと報告書に書かれていたのは、3期作を今年は目指すようにするらしい。羊が

 入ってきているだろ?」

「えぇ、確かいましたわね!」

「家畜の食糧としても、確保したいそうだ」

「そうですね。口のあるもの、食べ物は必要ですものね!」

「あぁ、それで、夏に羊の毛刈りをしたそうだ」

「毛刈りですか?どんな事するんだろ?」

「ごっそり、まるまると毛を刈るそうだよ。毛糸の材料になるそうだよ!

 俺も知らなかったんだけどね」



 照れたように笑うジョージアには悪いが、毛糸の材料は知っていた。ただ、夏の時期に毛刈り……というのに驚いた。専門の知識があるわけではないので、任せるしかできないのだが……なるほど、おもしろそうだ。来年は、是非とも混ぜてもらいたいなと考えていた。



「その顔は、来年は、その毛刈りに混ざるつもりだね?」

「バレましたか……なんだか、おもしろそうじゃないですか?」

「……まったく」

「それで、その報告をくれたということは、まだ、何かあるのですよね?」

「あぁ、毛糸にするのに、糸巻機がないんだそうだ。コーコナには、余っている

 ものはないかと、聞いてほしいと」

「それなら……ナタリーを呼びましょう!その方がいいですね!」



 廊下に出ると、軽くナタリーを呼ぶ。貴族らしからぬ私にジョージアが大きなため息をついたのは、知らずにすんだ。



「どうされたのですか?」

「うん、ちょっと相談。入って!」



 執務室に入ると、ジョージアがちょっと疲れたよという顔を向けてくる。どうしたの?と小首を傾げておいた。



「それで、何か問題でも?」

「アンバー領で羊さんを飼っているのは知っていて?」

「えぇ、もちろんです!それが?」

「毛糸にしたいそうなんだけど……」

「あぁ、糸巻機ですね!確か、コーコナには、毛糸用の機器も揃っていたと思い

 ます。冬の手仕事として、そちらを借りれるかお願いしましょうか?」

「そうね。ところで、今年の冬で大丈夫なの?」

「そうですね……今年の必要分は揃っているので、来年に回せばいいかと……

 なので、冬の手仕事として、みんなのお小遣い稼ぎにしましょう」

「また、小遣い稼ぎ?」

「必要ですよ!アンバー領も豊かになりましたし、いろいろなモノを手にしたく

 なっています。心に余裕が出来れば、気を遣うところもできるのです。服なども

 そのうちのひとつで、ちょっといい服を来て、お出かけすることが、今では少し

 ずつですが、浸透していっています。そうすると、必要になってくるのは、お金

 なのです。少しいい服、少しいい食卓に並ぶ食べ物……どうしても、お金は必要

 ですよね?」

「社会が循環し始めて来たってことね!」

「なるほど……死にかけていたアンバーが、息を吹き返したということか!」

「まだ、完全ではないでしょうが、当面の目指してきた目標は達成できそうですね!」



 私とナタリーは微笑みあう。人が人として、生活するために……食糧の確保、仕事の確保、住む場所の確保と揃えてきた。

 人が流れてしまっていた、アンバー領も少しずつではあるが、人が戻ってきている。



「アンバーは、少し見ないうちにどんどん様子を変えていきますからね!」

「そうなの?」

「そうですよ!1年の殆どをアンバーで過ごすアンナリーゼ様には実感がないかも

 しれませんが、どんどん変って行っていますよ!」

「例えば?」

「アンナリーゼ様がずっと拘っていらっしゃった小麦の作付けもですし、街道整備も

 私が以前見たときより、ずっと進んでいました。きっと、今度帰られたら、変わ

 っているアンバーにすごく驚くことだと思いますよ!」



 私はジョージアの方を見ると、ジョージアも同意なのか頷く。



「俺が知っているアンバーは、もうどこにもないよ。父にも報告を書いているが、

 春当たりに1度、帰ってきたいと連絡をもらっている」

「お義父様とお義母様が?嬉しい!久しぶりに会えるだなんて!」

「気ままにしているからね……きっと、変った領地を観たら、腰をぬかすんじゃないか?」



 ふふっと笑うと、楽しみだなとジョージアも嬉しそうにしていた。なんと言っても、アンバー再興を願っていたのは、義父でありジョージアであったのだ。変ってしまったアンバーに寂しさはあるかもしれないが、活気づいたアンバーに頬を緩めてほしい。

 領民と手を取り合って、新しくなっていくアンバーを1番見てもらいたかったのは、義父だったのだ。



「そういえば……小麦の話のときに言い忘れていたけど……水車小屋を1つ作った

 そうだ。設計図を渡してあっただろ?」

「えぇ、確かに……」

「職人たちを集めて作ったらしいんだけど……意外とうまく行ったようだよ!

 石は、石切りの町から持ってきたらしいね。石臼を新しく水車ように開発した

 そうだ。おかげで、小麦がいつもより上質なものになったそうだ。

 アンナが領地に帰ったら、焼きたてのパンを1番に食べて欲しいと報告があったぞ!」

「本当に?嬉しい!アンバーに帰るのが、楽しみになりました!」



 私の笑う顔を見て、ジョージアとナタリーが優しく微笑んでいる。

 みんなには、とても、心配をかけてしまったのだと、深く反省した。

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