第632話 ロアンとお話
「あのときの方だったんですね、まさか……」
「あのときは、お忍びだったから、名乗れなかったんだよ」
「本人目の前に少々恥ずかしいです」
頬を染めるロアンであるが、言われてた私も恥ずかしかったのだ。
あの日は、お酒を酌み交わして、結構な盛り上がりだったねと話すと、嬉しそうにしている。
「あの方が言った通り、領地を飛び回ってらっしゃるんですね……私、あのとき
聞いたのは、嘘だと思っていたんですけど、驚きです」
「ハハハ……そんな領主っていないわよね……視察とかはあるでしょうけど、こんな
ところまで出張ってくるのは、私くらい」
「本当ですよ!この伝染病は、子どもにうつりやすいとは聞いていますが、大人に
もうつるんですよ?」
「そうみたいね?」
「アンナリーゼ様は、よろしかったんですか?」
私は微笑む。毒の耐性をつけるために、わざわざ体に取り入れただなんて言えない。
「えぇ、昔、罹ったのよ。だから、もう罹らないってヨハンに言われているから
大丈夫」
「ヨハンって、あのお医者様ですか?」
「私の主治医なのよ」
「主治医様をこんなところに派遣されるんですか?」
「えぇ、お願いしたの。他のどんな医師より頼りにしているからね。それに、こう
いう場所へ行くことは、本人も望んでいるし……」
女の子の母親のところへ行っていたヨハンが帰ってきた。さすがに連日、走り回っていたおかげか、少しだけ疲れているように見えた。
「あの、お医者様は、すごいですよね……多くの助手の方への指示も適格だし……」
「ふふっ、あぁやってしてると、本当に凄腕医師に見えるわね!」
「凄腕のお医者様です!救っていただいたのです。この病気、処置が少しでも遅れた
ら、致死らしいです。重病の方は、何人かみえましたが回復に向かっているらしい
ですし、幸い、亡くなられた方もいらっしゃらないですから」
「えぇ、それだけは、行幸ね!早くに情報を得られたことも良かったのよ!派遣も
しやすかったのよ!それに、たまたまだけど、ヨハンが病状の把握が出来る
病気で、コーコナがこの病気の薬草の産地だっていうのもあって、偶然が偶然を
引き寄せて奇跡のようなことが起こっているのよね!」
「それは、奇跡でなく、必然だと思います。私、ここに来る前に、あの工事現場にも
足を運んだのです。見るからに、へっぴり腰の人が多かったけど、その上にたつ
人は、とても的確なことを言ってました。聞いたら、アンナリーゼ様の指示の
もと、人材が適材適所になるよう配慮されていると聞いて、驚きました!」
「普通のことよ!近衛を借りているのだけど、剣を振っている近衛がああいう土木
工事ではあまり役に立たないことは、アンバー領で経験済みだったから、工作
兵をリーダーに据えただけよ。たったそれだけでも、仕事がやりやすいやりにく
いって変わると思うし、ただでさえ、雨の中の作業だから、わからない人を頭に
据えてしまうと、事故の元だからね」
なるほどと頷くロアンに、私は微笑む。
領地改革を進めて丸2年。失敗もしている。その都度、修正をかけながら、誰かの手を借りながら、少しずつ進めてきたわけで、蓄積された経験が、こういう場面でも出るのだ。
無駄に出回っていないのだと、胸を張って言いたいが、デリアに言ったら、物凄く叱られるだろう。
公爵たろう人物が、率先して現場に乗りこまない!視察程度にしなさいと。
おかげで、領地で私の顔を知らないものはいなくなったほどだ。あぁ、また来てるね!おはようさん、アンナちゃんくらいな軽い挨拶をみながしてくれた。
「アンナリーゼ様は、何故こちらに?」
「こちらって?」
「フレイゼンの令嬢だったって聞いていたので……」
「政略結婚だったんだよ!余り物どうし、国と国の強固な友好の証てきな」
「そうだったんですね?でも、それなら……アンバー公爵へ嫁がれたということ
ですよね?」
「えぇ、そうよ!」
「アンバー公爵なのは……?」
「現公に拝命していただいたの!領地改革をするに当たって、公爵夫人では少々
都合が悪かったから……」
「そうだったんですか。貴族のことは疎くて……」
「でも、やたら熱心に私のこと……」
あの酒場での出来事を思い出す。
とても熱心に私の話をしてくれていた。女神様とまで呼んでくれていたのだ。
「友人から……アンバー領にいる友人から話を聞いたのです。アンバー領にある紅茶
農園はご存じですよね?」
「えぇ、知っているも何も、私の農園よね?」
「さる貴族に買われたと言っていたんですけど……それも、アンナリーゼ様でした
か。私の友人は、農家のマロンです」
「マロン?本当に?村長さんの息子さんのお嫁さんだよね?」
「えぇ。よく話を伺っていたので……一時期、公都で働いていたことがあって、
それからの友人なのです!」
遠く離れた場所で、見知った人の名を聞くと嬉しい。
マロンから、私の話を手紙で聞いて、思いを巡らせていたらしい。なんだか、意外な繋がりに驚かされたけど、微笑ましい。
それから、休憩の間、話をすることにしたのである。
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