第602話 お取込み中ですので、お客様はお帰り下さい!
「そんなに睨まれても困るのよね……覆面してちゃ、あなたたちが誰なのかわから
ないし」
ブツブツと文句を言いながら鞘から剣を抜く。人と対面するのは、模擬戦以外では経験値は少ない。多少の心得があるくらいだが、さすがに、この宿で人殺しがあったとかいう噂が立つと申し訳ないなぁ……と考えていた。
見えているだけで三人いる。纏う雰囲気からすると、それ程強い相手ではなさそうだが……油断は禁物だ。
「言うかどうかは、わからないけど……一応、聞いておくわね!どこのどなたの差し
金かしら?ことと次第によっちゃ、お家には五体満足で帰れないと思うのだけど?」
ん?って、答えてとそちらに送るが、だんまりである。まぁ、それが普通のことだよねと私は微笑んだ。久しぶりに握る剣に、実はちょっぴり高揚している。
「ジョージア様には、見せられないな……可愛い奥様だと思ってくれているのに、
こんなに頬を緩ませているだなんて……はしたないですもの」
ふふっとひとり言を呟くと、手前の黒ずくめが私に突っ込んでくる。
「そうそう……今、お取込み中ですので、お客様はお帰り下さい!」
にぃっと笑うと、突っ込んできた黒ずくめをいなす。廊下で狭い場所である。長い剣を使う私より、ナイフを使う黒ずくめのほうが、遥かに分があるように思えるが、そうではない。通り過ぎたおかげで、挟み撃ちになってしまったが、さらに心躍る展開に焦る気持ちは一切なかった。
「弱いですわね?暗殺に来るなら……もう少し、腕の立つ人間をよこすべきよ?」
挑発しているわけではないが、本心からだ。
挟撃すれば、怯むかと思われるのが心外なのだが……と、不満を露わに、後ろから突っ込んできた黒ずくめに、渾身の蹴りを食らわせる。
避けたと思ったのだろう。夫人のドレスは、足元が隠れているからわかりにくくて好きなのだ。後ろに避けた分だけ間合いをこっそりつめた。大きく動いたのは罠で、小技で昏倒させる。
小さな動きで、最大の成果を得ることは、大好きなので、これは嵌ったので嬉しい。
「一人、沈みましてよ?」
悪女にでもなったかのように微笑み、相手が若干ひいているのがわかる。やけくそで、突っ込んできた。
「そういうところが、素人なの。本当に、暗殺のお仕事してるの?」
廊下の壁を使い上から切り込んでくる。私は、剣で受け止めた。相手はやはり男性のようで、単純に力だけなら負けてしまいそうだった。圧し掛かる重みから、体を少しだけ逸らしてやると、黒ずくめの男はつんめり、おととと……となる。
ため息を付きたくなるような、お粗末な感じだ。そんな様子を見ていた、奥の一人が、逃げようとする。
「逃がさないからね!」
ディルに作ってもらったナイフを投げると、ちょうど、鼻先をかすめたようだ。やはり、素人のようで、へなへなとへたり込んでしまった。
「お嬢!」
つんめりになった黒づくめが、叫ぶ。お嬢と呼ばれた黒づくめに駆け寄ろうとしたとき、私は剣を投げ、ひょいっと腕を掴んで絡ませ、ベルトを持って体を滑り込ませて背負い投げてやる。
圧倒的に訓練量が足りない。こんな弱い刺客ってあったもんじゃない。私は剣を拾い、お嬢と呼ばれた人物がいる廊下の奥まで走った。
ナイフが目の前を通ったことが余程怖かったのか、震えている。そんなので、暗殺とか誘拐とかできるのだろうか?ただの訳ありなだけのような気がして、剣で顔を覆っている布を取る。
見覚えのないその女性は、私に顔を見られたことに焦り、慌てて顔を隠すが、バッチリ見た後で隠されても……と、なんだか、切ない。
「どこのどちら様?見るからにこういうことに慣れていないって感じがするけど?」
「あなたは、とても慣れているのですね?アンバー公爵」
「私を見てアンバー公爵だって言えることは、貴族かしら?」
「……元よ!あなたのおかげで……私たちは、苦しい生活をしているの!返してよ!
平和で穏やかな日々を!」
「平和で穏やかの日々とは、何のことかしら?私、恨みはあちこちで買っているもの
だから、誰のどの恨みかわからないのだけど……」
はて?と頬に手を当てながら、見知ら元貴族の令嬢を見やった。
「……お嬢、大丈夫ですか?」
投げ飛ばした方が気が付いたようだ。這うようにしてこちらに近づいてくる。
「名前の知らないお嬢様に傷はつけたくないわね!そこで、止まってくれる?」
「お嬢!アンバー公爵め、なめた真似をしてくれる!」
「お言葉を返すようですけど、なめた真似は、あなたたちの方だと思うわよ?そんな
に弱いのに、よく私に剣を向けられたものね?」
「なん……だと?」
「私、近衛より強いのだけど……」
「「なっ!?」」
知らなかった?と言うと、お嬢と黒ずくめの男は驚いていた。
「とりあえず、今は取り込み中なのだけど……話したいことがあるなら、聞くわよ!
ないなら、このまま、牢屋にぶち込むけど?」
「……お嬢!」
お嬢は唇をギュっと噛みしめている。私に刃を向けられているだけでも、屈辱なのだろう。
「ニコライ!」
「なんでしょうか?アンナリーゼ様」
「ロープはなかったかしら?片付いたから!」
「お早いことで、お怪我はありませんか?」
「全く……」
そういうと、用意しておりました!とロープでさっさと縛っていく。一人は意識がないので簡単に結べたが、もう一人は、暴れる。
「あんまり、暴れないほうがいいんじゃない?お嬢の命を預かっているのは、私なん
だけど?侍従なら、大人しくすることね!」
なんだか、悪役っぽい言葉を言っているきがするのだが、私は悪役でもなければ、正義の味方でもない。私は私で、アンバー公爵であり、ハニーローズの母だ。
「うちの子に何かしようとするなら、容赦しないけど、どうする?」
すると、項垂れニコライに大人しくお縄になった。
さて、どこのどちら様なのだろうか……お話してくれるだろうか?と小さくため息をつく。
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