第603話 叩きたくて叩いているわけではありませんよ!

「いたっ!痛い痛い!やめて!私の可愛いお尻ぃぃぃぃぃ!」



 廊下には、女性の痛がる声が響く。



「お……お嬢……」

「おいたわしや……」



 黒ずくめの男たちの覆面を剥ぎ取り、お嬢と言われる女性のお尻を布団叩きなるもので、ぺちぺちと叩くと、それ程力を込めていなくて、いい声で痛がってくれる。

 それを見ている男性陣はどんな気分なんだろうか?


 ニコライは、明らかに呆れている。



「アンナリーゼ様、手加減などせずに、一思いに思い切りはってしまってもいい

 のではないですか?

 公爵家のもののお命を狙って、尻たたきで済むなど、甘すぎます!」

「それもそうね!疲れてきたことだし、やっちゃいましょう!」

「……まだ、痛くするのか!この人でなし!」



 私は、しゃがみこみ、お嬢の顔を下から覗き込むように見上げにっこり笑いかける。



「ただで済むと思ってる?」

「……」

「誰の差し金か、白状してしまえばいいのよ?どうせ、あなたたちなんて、末端も

 末端。トカゲのしっぽの先の先の先の方だから、切ったところでゴールド公爵は

 痛くも痒くもないわよ?」

「なっ!」

「早く、言っちゃいなさいよ?もぅめんどくさくなってきたから!」



 机にうつ伏せの状態で縛り上げ、先程から可愛らしいお尻を軽く布団叩きで叩いているのだが、このお嬢と呼ばれる元令嬢は口を割らなかった。



「じゃあ、本気で行くね?」



 ニッコリ笑いかけて、定位置に戻り振り上げた瞬間、叩いてもないのに痛いっ!と叫んだ。



「あっ、今まで痛くなったんだ?演技だったのか。今は、まだ、叩いてないよ?

 振り上げただけで」

「……」

「……お嬢」

「うん、じゃあ、いってみよう!せーのっ!」



 バシンっ!



「いたぁぁぁーい!」



 渾身の一撃にお嬢は、本当に痛がった。ただし、お尻を庇うための手は机に縛られているので、とっさに持っていこうにも持っていけなかった。目尻に涙を浮かべている。




「アンナよ、何、楽しいことして遊んでいるんだ?」



 部屋に顔を出したノクトに私はおかえり!と微笑んだ。

 ノクトの登場で、お嬢も黒ずくめの男たちも顔が青から白に変わっていく。



「可愛いお尻が、叩いてくれって言ってるから、叩いてあげてるの。でも、疲れたし

 飽きちゃったから、ちょうどいいところに来たノクトに変わってあげる」



 私は、ノクトに近づくと、持っていた布団叩きを手渡す。すでに、ノクトの顔は、お嬢を見て気の毒そうな顔をしていたが、私?私たちが、命を狙われたのよ!と囁くと、そりゃ仕方ないな。二度と座れないようにしてあげないとななんて、ニヤッと口角をあげた。

 とても悪そうなその顔だけでなく、軍人らしい屈強な体躯を見れば、お嬢は泡を吹いて気絶してしまったのである。



「気絶しちゃったわね?次、どっち?男性だから、手加減はいらないでしょ?」



 私は、二人の方を見ると、どちらも私と目を合わせようとしない。



「助かる方法はあるのに、それを掴まないなんてバカよね?知ってる?私が、ハニー

 ローズの暗殺をしに来たって言えば、ここにいる三人だけでなく、一族郎党ともに

 死刑になるの。ダドリー男爵の件、もぅ忘れちゃった?それとも、田舎貴族で

 その話を知らないとか?」

「お嬢が言わないのに、言えるわけが……」

「そう、あっ、そっちのあなた。名前は知らないけど……2ヶ月前子どもが生まれた

 らしいわね?」



 そういった瞬間、顔色が変わる。何も私は、趣味でお嬢のお尻をぺちぺちと叩きながら悪役をしていたわけではない。

 ちゃんと、小鳥が調べてきてくれていた。



「……なぜ、そ……それを?」

「知らないとでも?少しの時間さえあれば、情報なんてすぐ集まるわ!」

「そっちのあなたは、年の離れた兄妹がいるわね?」

「……か、か、家族だけは!」

「無理よ?せっかく、私が大人しく聞いてあげているのに……あなたたちは、聞こう

 ともしない。私を誰だと思っているのかしら?この国で公の次に権力がある

 ことは、わかるわよね?」



 コクコクと二人ともが頷く。



「じゃあ、私が公爵なのもさっき言ってたから、知っているわよね?」



 先程より大きくコクコクと二人とも頷く。



「あなたたち、今、平民よね?」

「……はい。平民が貴族にたてつくなど、あってはならない」

「在ってはならないとは、思ってないわよ?私は。正当な理由があるならね。

 例えば、領地が荒れ放題で、人がバタバタと死んでいくようなことがあっても、

 手を差し伸べてくれないような領主や貴族であれば、平民でも反旗を翻すのは、

 やぶさかではないと思っているもの」

「それは、どうしてですか?」

「貴族の特権は、領民からの税の徴収で成り立っている。搾取するだけして後は

 知らないじゃ、立ち行かなくなるのもわかっているからね。努力をしない領主

 なんて、切り捨てられて当然じゃない?

 貴族には、首を刎ねる権利もあるから、なかなか、反旗なんて翻せないことは

 わかってはいるんだけどね……」

「確かに。我らには、それが許された階級でありました」

「そうでしょうね?お嬢ちゃんの甘さを見れば、温室でぬくぬくと育ったので

 しょう?それで、情報をはく気になった?」



 私と黒ずくめの男たちのやり取りを見て、ノクトが笑い始める。たぶん、ずっと、我慢してたのに、限界が来たのだろう。



「ノクト!」

「あぁ、悪い……どっちが悪役かわからない話しぶりだったからな!」

「見方の違いね。私から見たら、この三人が悪者だし、三人からみたら、私が悪者

 ですもの」

「まぁ、確かに。それで、どう決着をつけるんだ?」

「口を割ってくれるなら、それ相応の対応をするわ!凄腕の暗殺者なら……まぁ、

 首を刎ねちゃうでしょうけど……遊びにもならなかったもの」

「遊びにもね……よくもまぁ……」



 憐れむように並んだ黒ずくめの男たちを見て、ノクトがため息をついた。



「で、どうする?お嬢さんだけ、尻たたきされたのは、可哀想だとは思わないか?」

「……確かに」

「じゃあ、尻を出せ。話は、それからだ!」

「……!」



 渋々お尻を出している二人に、ノクトの振りが、おちた。



「ぎゃぁぁぁ!!」

「!!!!!!!!!!!」



 部屋にも廊下にも外にも響き渡った悲鳴を最後に静かになった。

 三人とも意識を手放してしまったのである。



「ニコライ、デリアに言って軟膏をお尻に塗ってあげてって……あぁ、いい。私が

 塗るわ。そっちの二人にもぬってあげてくれる?」



 私たちは、それぞれ動き始め、ノクトはそれを眺めながらなんとも微妙な顔をしている。

 目を覚ますまで、ノクトが見張ってくれることになった。

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