第593話 商談ですよ?

「そういえば、今日は何の集まりだったのでしょう?」



 そう口火を切ったのは、ルイジであった。すると、隣から旦那様?と少し冷ややかな声がエレーナから漏れ、ニコライがコホンとひとつ咳をした。



「いつもエレーナには無理をお願いしているので、そのお礼と、今後のことについて

 の打ち合わせですよ!」

「そうでしたか、お恥ずかしいことに、エレーナがとても優秀でして……私は、

 エレーナの後ろをついて歩くだけの木偶……頼りっきりなのです」



 少々恥ずかしそうにルイジは言うが、エレーナは旦那様がいるからこそですわ!と、こそっと煽てると、見たことがある光景だねとジョージアが呟いた。


 コホンと私も咳をひとつすると、緩んだ空気も多少は引き締まる。



「今日は、商談ですよ?ジョージア様」

「えっ?そうだったの?」

「ジョージア様……ほら、コーコナ領のお話です。たくさん事業をしているから、

 お忘れになりましたか?」



 ジョージアを責めることはせず、たくさんありますからね、忘れてしまいますよねと言う風に話すと、そうですよね!とルイジが話に乗ってきた。

 こちらも、見る感じ、うちと似たりよったりのようで、ニコリと微笑んでおく。



「アンナ様、そういえば、大規模な災害が起こったとかで……」

「いいえ、まだ、起こっていないわ!雨が多いから、起こる可能性を考えて、動いて

 いるの。コーコナ領が、少し、例年より雨量が多くて、もしかしたら……っていう

 懸念があるのよ!」

「なるほど……確かに雨が多いのは気になりますね。自然がすることですから、

 私たちには何もできませんが、少しでも、災害の被害が減るよう動かれている

 のは、さすがです!」

「ありがとう。そう、それで、お願いがあったのよ!エレーナのところの運輸業

 なんだけど、もう少しだけ、人を貸し出してくれないかしら?近衛を災害対策に

 投入しているんだけど、移動手段として、馬車が必要なの!」

「馬車ですか?人が乗る用のですよね?」

「いいえ、荷馬車でいいわ!」



 そんな話をすれば、ウィルがいたら、姫さんひでぇ!と言われそうだが……泥だらけの近衛を乗せるのに、きちんとした馬車に乗せるなんて、もったいない。荷物も大量に運ぶことになるので、荷馬車で十分である。



「建物も建てる予定だから、それも考えたら、やっぱり、荷馬車が最適だと思うのよ!」



 近衛を荷馬車に積んでもいいのか……懸念があるようだが、そこらへんは任せてほしい。

 私が言うに、荷馬車に乗れないなら、とっとと公都へ帰ってしまえということになる。

 その辺も踏まえて、今回、公から近衛を借りているのだ。綺麗な仕事をできると思ってきたのなら、大間違いであることを十分にわからせてあげよう。身をもってなのか、どうなのかは、そのとき考えるとしている。



「あの、近衛を運ぶのですよね?」

「えぇ、そうよ!近衛のことはついでだから、それ程気にしてもらうことはないわ!

 泥だらけになって働くのだから、綺麗な馬車は必要ないの。それと、アンバーから

 も荷物を運んでほしいから、荷馬車が最適なのよ!」

「依頼主であるアンナ様からの申出ですので……それは、こちらでも手配をさせて

 いただきますが、近衛……」

「いいのよ!私は、ちゃんと、公に募集をかけるときにそういう仕事をしてもらう

 って、伝えてあるのだもの。それを甘く考えていたような近衛なら、アンバーに

 来たって、何の役にもたたないから!」

「あの、アンバーでは、どんな仕事を?」

「土木工事とか農作業とか……いろいろね。綺麗な近衛の制服を着れるのは、月の

 内5日もないと思うわ!

 私の近くで護衛をしている近衛ですら、毎日泥だらけよ?」



 エレーナとルイジは、お互いの顔を見合わせていた。近衛の使い方を間違っていないか……というふうに考えているのだろう。

 普通に考えて、間違ってはいると思う。でも、実際、ノクトという化け物みたいな将軍が何をして鍛えたのか……と聞くと、戦場に出続けたということ以外なら、畑や土木工事を常日頃からしていたと聞けば、そんなものなのかってなる。


 出来上がった成功例があるなら……近衛も強くなるし、アンバー領も綺麗になるし、一石二鳥だからこその公への提案であった。それを理解しての、近衛の追加借りだしであった。

 公も近衛の強化については、頭を悩ませていたそうなので、願ったり叶ったりな申出ではあったのだ。

 おまけとしては、畑や土木工事が休みの日は、ウィルに模擬戦、セバスに戦術などの抗議までつけてある。これは、公やアンバーに来ていない近衛には内緒であるが、ノクトやイチアも時間があるときには、ウィルやセバスに混ざることもある。

 一見、遠回りをしているような近衛の強化ではあったが、理にかなった強化方法ではあったのだ。生きた戦術書であるノクトとイチアは、どこへ行っても手には入らない。聞くだけでも近衛にとって、戦術が広がり、少しずつ強くなっているという報告を受けていた。



「あの、ひとつ伺っても?」

「どうぞ!」

「うま味とはなんでしょうか……?」

「旦那様?」

「あぁ、いえ……近衛が土木工事など……国を守ってこそなのだと思っておりまして……」

「それは、そうね。ただ、短期的に力をつけるには、とてもいい環境ではあると

 考えているの」


 私は、ノクトやイチアなどの話も含めて、どういう状況なのかを話していく。特に隠していることもなく、ただただ、農作業に土木工事をひたすらしてもらっている話がほとんどなのだが、納得したようにルイジは頷いた。



「例えば、ですが……我が領からも派遣させていただいたら、その……強くなる

 でしょうか?」

「旦那様!」

「エレーナ、大丈夫よ!何かお悩みでも?」

「……」



 エレーナの方を見てから、ルイジは私に視線を戻す。その顔は、エレーナへの甘い顔ではなく、領主としての顔をしていた。



「いいかい?エレーナ」

「……旦那様が領主です。アンナ様に相談するつもりでしたから、お願いします」



 私を見据えるルイジは、微笑みを一切消した厳しい顔へと変貌させたのである。

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