第588話 アンジェラへのお土産

「まさか、領主様がこんな遠くまで?」

「その、まさかです。こっちで用事があったので、よらせてもらいました」

「いや……それより、本物ですか?」



 ちょっと待ってくださいね!とスカートを捲り、ケースに収納されているナイフを見せる。

 これはアンバー公爵家筆頭執事のディルにもらった身分証明だが、それを確認して、店主はひれ伏した。



「あぁ、そういうの、なしでお願いします!私、そんなふうにされるようなもの

 ではないですから!」

「いえ、領主様といえば、雲の上の人ですから……」

「雲の上?ニコライ、そうなの?」

「普通の領地なら、領主になんて会えないよ。アンナさんが、特殊なんだ」

「そっか、でも、そんなふうに頭を下げられるのは、好きじゃないわ!だって、私、

 領地では普通に領民に混じって、お掃除したり種まきしたりってしてるくらい

 だもの」

「……本当ですか?領主自らが?」

「特殊って言われたから、特殊なんでしょうけどね!」



 にっこり笑いかけると、私の顔をじっと見てきた。

 まぁ、普通に考えて、領主がのこのことこんな小さな店まで、まず、来ないだろう。



「今日は、視察なの。お店の看板、つけてくれてありがとう。正直、お店の一角に

 置いてもらえていたのも、かなり嬉しいわ!」



 店主が柔らかく笑う。



「こちらこそ、ありがたい。店が、立ち行かなくなってきたときに、ニコライに声を

 かけてもらって……半信半疑で話を受けさせてもらったら、うちの店もみるみる

 うちに元に戻った。なにより、砂糖を商売品として、安く売れることが嬉しい」

「まだ、砂糖は試験段階で、売り物としては少なすぎるから……申し訳ないわ!」

「それでも、他国から輸入していろいろな業者を介して仕入れるより、ずっと

 安くて、身になる商品で助かっていますよ。砂糖と美味しい小麦粉のおかげで、

 この店は立ち直りましたから!」



 にこやかに笑う店主に私は少々ホッとする。

 思いつきで始めようとした事業だ。ニコライたちが、実用的につめてくれているとはいえ、本当に成り立っていくのかは、不安でしょうがなかった。



「確か、何件か先はドレスのコーナーを作っている店があったと思いますけど?」

「そっちは、これから向かう予定だよ!アンナさんには、いろいろ見てもらおうと

 思っていますから!」

「ドレス?」

「えぇ、ドレスです。服屋なんですよ!だから、服を始めドレスも置かせてもらって

 います」

「そこも、えらく繁盛しているとか……」

「看板が功を奏したようですね!」

「おもてにあったものね!」



 ニコライがはいと答える。

 あれは、こういったお店と契約した証として、つけてもいいと渡している物らしい。最初は知名度もなく、ただの看板くらいにしか、売り手も買い手も思っていなかった。

 公都で、ハニーアンバー店が大々的に貴族からの支持を受けたら、少しずつ地方にも流れていって、あの看板があるお店は、信用度も高く、いい品質の物を扱っている、それに、ハニーアンバー店の一部商品が置いてある店だと高評価もらっているらしい。



「今では、うちにも看板をと言ってくる店主が後を立ちませんけどね……断られた

 店は、こちらからお断りしています。今も、店の開拓はしていますけど……信用

 第一ですから、自分の目で見て、看板を置いてもらう店は選んでますよ!」



 ニコライの説明に、私は頷く。ちょっとしたお店の対応がまずかっただけで、その店だけでなく、看板を渡しているハニーアンバー店への評価も下がる可能性があるので、慎重にお願いしているところだったが、ニコライの目に狂いはなさそうだ。

 目の前の店主を見ていれば、それがわかった。



「そういえば、アンジェラにお土産を買って行かないといけないの。何かいいものが

 あるかしら?」

「アンジェラ様だけというわけには……」

「それも、そうね。2歳の男の子と女の子が喜ぶものってないかしら?」

「ぬいぐるみとかぱずるですか?」

「見せてもらえるかしら?」



 私は子どものおもちゃが置かれているところに行くと、見たことがないものがあった。

 積み木ともちがうしっと見ていると、店主が教えてくれる。



「これは積み木の一種です。同じ形のものを選んではめていくのです。この地域の木

 から出来ています。こどもおもちゃですからね!口に入れても危なくないモノに

 なっていますよ!」

「なるほど……立体なのがいいわね!うちに積み木はあるんだけど、文字を覚えたり

 積むだけなんだけど、これは立体のところに……これ、いただくわ!あとは、

 ぬいぐるみね。同じものを色違いで2つください」

「うさぎさんのぬいぐるみをピンクと水色のでいいですか?」

「うん、いいよ!お金お金……」

「お金は、結構です!」



 店主に断られてしまう。でも、そういうのは、よくない。売り物なのだから、私はいくら?と聞くと、本当にもらってもいいのかとニコライに視線で尋ねていた。



「店主、もらってください。アンナさんは、そのへんはきっちりしてますから!」



 私は言われた値段を渡し、両脇にぬいぐるみを抱え、ニコライが積み木を持ってくれた。

 たぶん拗ねているアンジェラが、これで、機嫌を直してくれたらいいんだけど……そう思って、店を出る。

 他にもニコライに店を案内してもらい、あちこちで買い物をして、どっさりしてしまった。



「ねぇ、ニコライ……」

「なんでしょうか?」

「こういう出先の店は、袋を渡さないの?」

「ハニーアンバー店はありますからねぇ……今度、提案してみます!」



 お願いね!といい、ニコライと二人、両手に荷物を抱えて宿屋に帰る。

 帰って早々、アンジェラは積み木に興味を持ち、ずっと遊んでいるし、うさぎのぬいぐるみを気に入ったらしいジョージも嬉しそうだ。

 今日の視察も、概ねいい感じに終わった。そう信じておこうと思った。

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