第576話 始まりの夜会Ⅴ

 ファーストダンスで赤薔薇が見事に咲いた。やっぱり、公もダンスがうまいなと見ていると、ジョージアが、見すぎじゃない?とちょっと拗ねたように文句を言う。

 それほど、見事に公妃が着ているドレスを余すところなく公がみなに見せているのだ。

 いい宣伝になるなと呟くと、左隣からため息が聞こえてきた。



「ソルト?」

「えぇ、アンナリーゼ様。商魂逞しいのはいいですけど、ジョージア様にもいい

 ところを見せられる機会は必要ですよ?」



 まさか、兄にそんなことを言われるとは思ってもみなかった。今までは、ジョージアに見せ場をなんていう兄ではなかったのだ。

 私の隣に一人で来た女装した兄に少々お小言いわれた。



「ハリーや殿下のおかげですかね?ソルトがそんな所に気が回るだなんて。

 それとも、エリザベスの教育の賜物ですか?」

「あぁ……どちらかというと、ヘンリーでしょうね?ヘンリーは、アンナリーゼ様の

 教育の賜物でよく気が付きますからね。殿下も私もいつもヘンリーにお小言を

 いただいていますわ!」

「……羨ましい」



 思わず呟いてしまった。本当に懐かしくて、トワイスに思いを馳せた。

 真紅の赤薔薇のチェーンピアスをくれた日以降、私はハリーと会っていない。

 小さい頃から、私のお守をしてくれていたこと、口うるさく小言を言ってきたり、ふざけて笑いあったり、悪だくみに付き合ってくれたり……どれもこれも懐かしかった。



 ぼんやり、公のファーストダンスを見ていると、私の卒業式を思い出す。

 あの日、私は赤薔薇のドレスを身に纏い、ハリーとのラストダンスをホールいっぱい使って踊ったのだ。

 公妃の着ているドレスが、私の着ていたドレスに重なり、公の金髪がハリーを思い起こす。



「アンナ?」

「いえ、なんでもありません。それより、ジョージア様」

「ん?」

「公たちが終わったら、一曲踊ってくれませんか?」



 お願いをすると、ジョージアが苦笑いしている。

 それは、俺のセリフだよと笑いながら、優しく名前を呼んでくれた。



「そろそろ、終わりそうだね?では、奥様、参りましょうか?」



 そう言って差し出された手に私の手を重ねた。ジョージアはいつだって優しい。

 ハリーが支えてくれる人なら、ジョージアは寄り添ってくれる人。

 どちらも私には得難い人ではあるが、私はこの手を掴んだ。迷うことは何もない。



「はい、喜んで!」



 私は、ジョージアにエスコートされホールへと歩いて行く。すれ違いざまに公妃に睨まれたように感じたが、眼中におさめることなく、ジョージアを見つめて微笑んでかわす。



「ご機嫌?」

「もちろんですよ?ジョージア様と踊れるのは、私にとって最高に嬉しいのですよ!

 ジョージア様は、知りませんでしたか?」

「知ってた!」



 私の目を見つめ細めるジョージアに微笑みかける。ホールに出ればたくさんの貴族たちも踊りに出てきていた。

 曲がなりだせば、ゆったり踊りだす。



「アンナは、本当に上手だね!」

「もちろんですよ!お兄様の練習にどれほど付き合わされたか……」

「ヘンリー殿と練習していたのだとばかり思っていたけど、違うのかい?」

「私の相手は、いつもいつもいつまでたってもうまくならないお兄様ですよ!

 ハリーや殿下とは、お城で殿下のための練習に付き合わされたくらいですよ?」

「それで、薔薇を掻っ攫っていく程踊れるんだから、よっぽど相性がよかったん

 じゃない?」

「相性っていうか、私が何を考えているか、ハリーが何を考えているか、お互いが

 考えていることがわかっただけですよ」

「アンナの『予知夢』以外は、かい?」

「そうですね。それ以外は、たぶん私たちは筒抜けでしたよ!」



 ふふっと笑うと、妬けるねというジョージア。わざと大きく振りをしてジョージアに抱きつく。



「失敗しちゃいました!」



 笑いかけると、ジョージアは仕方なさそうにしている。胸に飛び込んだことはお見通しのようだ。抱きとめてくれ、小さくため息をついた。


 曲が終わり、はけていく貴族たち。取り残されたジョージアと私。



「いつまで抱き合っている?」



 その声に二人で驚いて、声の方を見た。

 公が腰に手を当て、私へダンスの申し入れをしにきたらしい。



「これはこれは、何の用でしょう?今、うちの奥様といいところだったのですけど?」



 少々棘のある言い方をするジョージアに私はクスっと笑い、公は呆れていた。



「その奥様を掻っ攫いに来た。ほら、踊るぞ?」

「公とですか?私、ジョージア様ともっと踊りたいんですけど?」

「屋敷で好きなだけ踊っておればいいだろ?」

「音楽付きは、いくら公爵家でも難しいのですよね……」

「公の命令だ。アンナリーゼ、1曲踊ってくれ」

「命令で踊りたくはないですね……そうだ!もう1曲、公妃と踊られては?」

「1曲踊ったらさっさと帰っていったぞ?」



 そう言われて、会場を見渡した。確かに公妃の姿が、どこにも見当たらない。



「……わかりました。ジョージア様と離れたくないですけど、仕方ありません。

 ……いってまいります」



 ジョージアをギュっと抱きしめ、私は公の手を取った。

 すると、予想はしていたが、会場がざわつく。



「仕方がないですね。私、ちょっと前に公にも公妃様にも頭を下げさせる悪女です

 から!公が私を誘わないなんて!って怒っているって噂される前に踊れてよかった

 です」

「……そなたなぁ」

「そんな、ため息つかないでくださいよ!私だってジョージア様以外と踊るのは

 嫌なんですから」

「いつから、そんなに、ジョージア、ジョージアなんだ?」

「いつからでしょう?もう、ずっと前から、ジョージア様の虜ですよ!あのトロ

 っとした蜂蜜色の瞳に囚われてしまっているのです」

「逃げようとは思わないのか?」

「……何故です?こんなに心地のいい場所は、他にありませんよ!」



 ニッコリ笑いかけると、ダンスホールに一組。公と私だけが踊る。

 先程は赤薔薇が見事に咲いていたが、私は同じように咲くのは嫌だった。



「公、さっきのダンスは素敵でしたけど、私、二番煎じのダンスなんて所望いたし

 ませんわ!おもいっきり、楽しみましょう!」



 そう言ってニッと笑うと、公も頷く。お上品に踊っていたはずの私たちは、ステップを一瞬で変える。

 下品に見えず、かといって優雅に踊るわけでなく、暴れ馬よろしくのアップテンポに勝手に変えた。



「そなた、こんなのも踊れるのか?」

「もちろんですよ!私を誰だと思っているのですか!」

「……アンナリーゼ」

「そうですよ!これくらい踊れます!これ、トワイスの酒場で流行った踊りです

 よね?」

「よく知っているな?」

「ハリーとよく踊ってましたからね!酒場で。ジョージア様には、内緒です

 からね!」

「あぁ、ハリーね。シルキーから聞いてるヤツなら、なんとなくわかる」



 私は口角をあげ笑うと、公も楽しそうに笑った。

 ダンスが終わった頃、見たこともないダンスに貴族たちは見事だ!という声が飛び交う。

 少々息を切らし、公とダンスホールの真ん中で笑いあった。



「そろそと、返してくださいね!」



 そう言って、公と寄せていた私の体を公から引きはがし、外の輪の中に戻っていく。

 そのままバルコニーまでずんずん歩いて行った。

 嫉妬しているのか、少々歩くのが早くなるジョージアを追いかけながら、優しく名前を呼ぶと、私の大好きな優しい微笑みのジョージアが振り向く。



 バルコニーに誰もいないことをいいことに、ジョージアに抱きつきキスをせがむのであった。

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