第575話 始まりの夜会Ⅳ

「公も公妃様も頭をあげてください。こんな目立つところで……」



 そういうと、穏やかな顔でそうだなと笑って公は頭を上げた。公妃は、睨みつけるように顔を向けてきたので、満面の笑みで応えてやる。また、それが癇に障ったのだろう。眉間に皺が寄っている。


 侍従たちが、おろおろとしている中、私とジョージアは視線を交わし、この場から去ることにした。



「今宵の夜会、楽しみにしています。では、失礼します!」



 ジョージアの挨拶で私たちは下がると、次の公爵が壇上に上がる。

 公妃の両親なのだが、私たちに頭を下げたという事実をおもしろく思うわけはない。

 あの親あって、この子どもありだ。睨まれたが無視をしてジョージアにベタベタくっついて甘える。

 ジョージアもそんな私を好きに甘やかしてくれた。


 そこにウィルやナタリーが寄ってくる。公爵の次に侯爵が呼ばれる。その次の爵位であるウィルは、私を待っていたようだ。

 今日の同伴者はナタリーが勤めるらしく、一緒にいた。



「珍しいね?二人でって」

「えぇ、私はアンナリーゼ様とがいいのですけどね……挨拶のときくらい、伯爵様に

 同伴者がいないとって話になったの。それで、私が一緒に」

「セバスは、一人?」

「セバスは、妹と一緒に出るって言ってた!あそこは、兄弟多いから。それに

 しても、公妃様に頭を下げさせるとはな……俺、驚いた!」

「私もです!別室へ行くものだと……」



 ウィルとナタリーは先程の公妃の謝罪を見ていたのだろう。それで、私たちの元に来たのだと思っていたが、まさにその通りであった。



「俺も驚いた……アンナなんて平然と微笑んでいるから、止めていいのかわから

 なくて、そのまま通してしまったけど、さすがにあれは……ねぇ?」

「私、悪くありませんよ!公妃様が、ここで謝罪するとおっしゃったんですから!

 まぁ、なんの謝罪かわからない人たちとって、アンバー公爵家は傲慢な貴族だと

 思われてしまいましたかね?」

「それって、まずくないの?」

「公妃様は、それが狙いなんでしょう?国の頂すら頭を垂れる悪女アンナリーゼ。

 そのアンナリーゼの毒牙にかかっている可哀想なジョージア様ってところかしら?」



 私はせんすを開き、くっくっくっと笑うと、回りにいた貴族たちがこちらを見る。怖いものでも見たような顔をしているが、ただ、笑っただけだ。

 そのとき、私たちに向かってパッと道が2つ開く。

 ひとつはカレン夫妻が、もうひとつはエールたちであった。



「アンナリーゼ様!今日も素敵なお召し物でございますわ!今年はハニーアンバー店

 の流行は、このように開いたものだと思っていましたが……こんな素敵なレースを

 使われるだなんて……さすがです!」

「ありがとう。ナタリーが私のために作ってくれたドレスよ!」



 そういえば!と一際大きい声でカレンが話始める。それを聞き漏らすまいと周りの貴族たちが聞き耳を立てる。

 アンナリーゼの悪事を白日の元に……なんて思っている貴族も少なからずはいるので、注目の的であった。

 ワザと注目を集めるような話し方をカレンはしたのだが、それに気づいたものは少ないだろう。

 カレンの術中に嵌る間抜けな貴族たち。



「公妃様のドレスもハニーアンバー店のものですわね!ナタリー自慢のドレス

 だって、お店に飾ってましたものね!公妃様のために誂えたようなドレス。素敵

 ですわ!あんなに似合っているドレスを売っているハニーアンバー店を公妃様が

 潰すような噂を耳にしていましたけど、まさか、公妃様も御愛用だったとわ!

 噂なんて、当てになりませんわね!

 アンナリーゼ様もナタリーも、公妃様があのように美しく着てくださったら、

 さぞ、嬉しいでしょうね!旦那様、私ももう一着、欲しくなりましたわ!」



 さっきの顛末を想像させる材料をしっかり含め、さらに公妃のドレスが素敵で似合っていると大袈裟に言うカレン。

 こっちの言い分をきちんと盛り込みつつ、周りの貴族が納得のいくようにまとめてしまった。

 さらに、侯爵に甘えて、私も欲しいと宣伝まで入れてくれた。

 カレンも貴族のご婦人の中では、着るドレスにまで注目を浴びる女性の一人である。その女性が欲しいと言えば、宣伝効果抜群だった。

 うちのドレスを着た女性を連れていない男性たちは、目の色が変わる。女性たちは、男性たちから耳打ちをされて喜んでいるということは、ドレスを買ってもらう約束でも下のだろう。ホクホクと笑う女性たちは、うっとり幸せそうな顔をして私たちのドレスを見ていた。



「ドレス、量産しておかないといけなさそうね?ナタリー」

「えぇ、そうですね!ニコライに言っておきますわ!」



 扇子の向こう側、二人で悪い顔をしていると、ジョージアとウィルが呆れかえっている。



「商魂逞しいのは、商人だけでなく領主もですか?是非、私の連れにももう一着。

 ソルト、どうかな?」

「エール様、ありがとうございます!私、とっても嬉しいですわ!できれば、公妃様

 みたいなものも着てみたいです!」



 例のものがバレるといけないので、少しだけ大人しめのドレスを着せてあるソルトは、上手にエールにおねだりしていた。

 カレンを彷彿させる色気に豊満な胸に細い腰。色男であるエールの隣に並ぶに相応しいその女性が、私の実の兄だと気づくものはいないだろう。

 それにしても、偽物をエールに相当押し当てているが、エールも満足そうである。

 ちなみに、兄が着ているドレスは、ナタリーに調整してもらった後、エリザベスへあげるらしい。

 仲睦まじく寄り添う二人をウィルとナタリーはポカンと見ていたし、周りの貴族は羨ましそうにしている。それ程、お似合いなのだ。



「アンナリーゼ様、こちらソルトと申します」

「素敵な女性ね!やけちゃうくらい仲がいいこと!」

「おかげ様で。アンナリーゼ様も仲睦まじくいらっしゃるではないですか?」

「ふふっ、ジョージア様との仲は、とっても良好よ!もし、誰か割り込んでこよう

 ものなら……」



 周りの貴族たちが、何故かゴクンと生唾を飲み込んでいた。



「ものなら?」

「……こんな良き日に、これ以上は言わないでおくわ!カレンたちもエールたちも

 楽しんで!」



 そういったところで、ウィルとナタリーが壇上の挨拶へ向かい、私とジョージアは挨拶回りにきた貴族たちに対応することになった。



「サ……ソルト、かなり楽しんでない?」

「そうですよ!情報収集は集めようとして集めるものではないのです。楽しんで

 いれば、自ずと情報の方から手招きしてきますから!あれでいいのです!」



 ジョージアはちらりとソルトを見ている。女性や男性に囲まれながら、とても楽しそうに笑っていた。



「ジョージア様も行かれますか?そうすると……悪女は愛想をつかされたと噂され

 ますけど!」

「いいや、アンナの側でアンナのことを見ているよ!俺にとって、アンナが1番の

 教科書なんだろうから」



 そんなに熱烈にみられていたら、さすがに恥ずかしいですわ!とジョージアとじゃれていると、だいたいの挨拶が終わったようで、公と公妃のファーストダンスが踊られるようだ。

 壇上から公と公妃が二人して降りてきた。

 ダンスホールと様変わりした大広間の真ん中で踊る二人を見て、私たちも行きましょうかとジョージアの手を取り、ダンスホールへと向かうのであった。

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