第571話 確かに、これは。Ⅳ
ジョージアと昼食を取り終わり、始まりの夜会の話をしていた。
段取り的には、公に挨拶すればいいだけと言う話をしながら、公妃からの謝罪もあるんだよねと暢気なものだ。執務室で昼食を取っていたので、デリアがノックし入ってくる。
「アンナ様、お客様がお越しです。客間にお通ししましたが、よろしかったですか?」
「えぇ、すぐに行くわ!」
返事をすると、デリアは出て行き、お茶の用意をしに行ってくれた。
私は立ち上がり、ジョージアに行きますよ?と言うと、約束どおり一緒に向かってくれる。
「今日のお客はどんな人なの?」
「うーん、どんなといいますと……そうですね……」
私は、全然打ち合わせをしていないことに気づき、苦笑いだけしておいた。
ジョージアに、アンナ……と呆れられても、仕方ない。
お待たせしましたと客間に入ると、ブルーの綺麗なロングの髪をハーフアップにし、ハニーアンバー店の新作ドレスを着て、妖艶にゆったりとソファに座っていたが、私たちが部屋に入ると優雅に立ち上がり挨拶する。
「アンバー公爵にお会いできて光栄ですわ。ソルトと申します。アンナリーゼ様、
お久しぶりでございます」
「ようこそ、ソルト。こちらジョージア様です」
「初めまして、ソルト様。私のことはジョージアとお呼びください」
「わかりました。お二人で私に会っていただけるなんて、感激ですわ!お二人は、
屋敷でも揃って一緒にいらっしゃるなんて、本当に仲がよろしいのですね?」
「おかげさまで!」
ニコリと笑うと、ジョージアに目配せする。
ソルトの前にあるお茶が無くなっているので、私はデリアを呼びに行ってくると席を立った。慌ててジョージアが追ってくるが、座っていて下さいと笑いかける。
ソルトにも目配せをして、私は部屋を出て行った。
「デリア、お茶をお願い出来るかしら?」
「アンナ様、よろしかったのですか?」
「えぇ、あの偽物を試したいじゃない?ジョージア様で」
「なんだか、事情の知らない旦那様が可哀想ですけど……それにしても、弾力も形も
申し分ありませんでしたよ?キティに聞いたのですけど……あの発想はなかった
です」
そうでしょ?と笑いかけると、さすがアンナ様だと言ってくれた。
それが、嬉しくて思わず微笑む。
「デリアの方こそ、あのドレスに髪飾りと素晴らしかったわ!」
「ありがとうございます。アンナ様の髪質とは違うので、どうしようか悩みました
が、お願いされたように艶っぽくなるようにと考えてみました。気に入っていた
だけたら、嬉しいです!」
廊下でデリアと話していたら、ジョージアが慌てて客間から飛び出してきた。ソルトがジョージアの腕にしがみつき、胸をしっかり当てている。これは、当日エールにもする予定ではあるが、ジョージアが逃げ腰なので、暴れられて大変そうだ。
「どうされましたか?ジョージア様」
「いや、あの……」
ジョージアとソルトのなりをみれば、夫人なら怒るべきで、ソルトを詰るのが普通であるが、私は二人の様子を見て微笑んだ。
私を見てジョージアはギョッとして、後ろへ一歩二歩と下がっていく。
怖いものでも見たようなジョージアに、私はさらに笑顔を深くする。
「……アンナ、誤解だよ?これには……」
チラチラとソルトを見ながら、客が自分に迫ってきたと言ってもいいのか悩んでいる。
あまりにもその姿が滑稽で、思わず大笑いしてしまった。デリアもつられて、プルプル震えているところをみると、笑っているのだろう。
「……」
「……あの、ソルトさん?離れてくれますか?私には、アンナという妻がいる
わけで、こういったことをされると、大変困ります!」
「こういったこと……ですか?」
少々不安げに上目遣いをしてジョージアを見上げるソルト。完ぺきなその表情に、私はもう一度吹いてしまった。
そんな私とソルトのやりように、困惑しているジョージア。
一頻り笑ったあとは、目尻に溜まった涙を指ですくう。
「ジョージア様、ソルトの胸はいかがですか?」
「……いかがって……言われも」
ソルトと反対側のジョージアの腕に私は抱きついた。こっちは、本物の胸であるのだけど……と思いながら、もう一度同じ質問をする。
「私の胸とソルトの胸。どちらがいいですか?」
「……?アン……ソル……」
私と言おうとして私の胸を見て、ソルトの胸を見てソルトと言おうとして、ジョージアは押し黙った。
危なかったと言うところだ。もし、ソルトと答えてしまったら、また、私が拗ねると感づいたのだろう。
そうか、偽物の胸の方がジョージアはいいのか……私は、組んでいた腕を離して自分の胸を触る。
「ジョージア様は、本物の胸より、偽物の胸の方が良いようですね?とりあえず、
部屋に入りましょうか?」
にっこり笑いかけると、後ろからついてくる。偽物の胸?と状況を把握出来ないジョージアとジョージアの腕に未だ胸を押し付けたままのソルト、その後ろからデリアがついてきた。
それぞれ、ソファに座るように促すと、席に座る。
ジョージアとソルトが同じソファに、その対面へ私が座り、デリアがお茶を用意してくれた。
初めてソフィアと対峙したときのことを思い出す。
「それで、ジョージア様、ソルトの胸はいいですか?」
「あっ……あの、えっと……」
「私、怒っていませんから、素直に言ってください。どうですか?形、弾力共に!」
さぁ、さぁ!とジョージアに答えを促す私に困惑するジョージア。
それを見守るソルトとデリア。
ただし、ソルトが、私たちのやり取りを見ていてもう限界のようだった。少しづつ震えはじめる。
「あの、ソルトさん?大丈夫ですか?」
そんなソルトの様子を心配したのか、ジョージアが気に掛ける。一応、ソルトはお客であるはずで、私の友人はずなのに、ジョージアに対してぐいぐいと押してくることに戸惑いつつも、体調でも悪くなっていたらと声をかけたのだ。
「……アンナ、僕、もう、限界」
そう言った瞬間、ソルトは大笑いし始めた。私はおでこを抑えてため息をつき、デリアもクスクスと笑い、何がどうなっているのかわからないジョージアはきょとんとしている。
「お兄様、それ、本番でしたら、二度とトワイスに帰れないようにしますからね!」
「いいよ、別に。アンナが僕の面倒を見てくれるなら、ジョージアの分まで、
僕が立ち回ってあげよ!」
くっくっと、まだ、笑いが止まらない兄に、仕方がないなぁと呟いた。
「……ソルトって、もしかして、サシャなの?」
しっかり組まれた腕の先を見たジョージア。本当に?と疑問を持ったようで、空いている手でソルトの胸を触った。というか、鷲掴みした。
兄はふざけて、いやん、やめてジョージア様!なんてやっているが、もみもみと感触を確かめて、ため息をついた。
「あまり強く揉むと、潰れてしまいますわ!」
「……これは、何?」
「ゼリーです。少し硬めに作った」
「さっき、キティが来ていたけど、もしかして、これを届けに?」
「えぇ、そうですよ?」
「サシャは、今回女装をするってこと?」
「そうですね。黒の貴族の横に並ぶなら男性ではおかしいという結論に達しまして」
「もしかしなくても、今朝、カレン様が来てたのも関係あるのかな?」
「ありますね。兄が黒の貴族の同伴者となるなら、カレンのような女性がいいと
言ったので、それ用に胸を作ってみました」
「さっきから、どう?って言ってたのは、サシャの胸が本物っぽく感じるかって
ところかな?」
何も知らされてなかったジョージアには可哀想なことをしたが、これは必要な実験であったのだ。偽物だとわかった上で接すると、固定概念がついてしまう。普通の女性として接したところを教えてほしかった。申し訳なかったと謝りつつ、ジョージアに感想を聞く。
「確かに、これは」
「いいですか?」
「本物には劣るけど、夜会とか茶会でなら、バレないだろう」
「でも、さっき、ソルトの方がいいって言おうとしてましたよね?」
「そんなことないさ。アンナに勝る者なんてないよ」
嘘ばっかりと小声で呟き、ニコリと微笑む。こればっかりは、仕方がない。多少成長した胸を一撫でして、お兄様、やりましたね!と声をかける。
「サシャだと気づかなかったよ!」
「お兄様は、女顔ですからね。整えれば、女性に見えますよ!私よりお淑やかです
し、よく兄妹逆に言われたものですしね?」
「そうだね。アンナがあまりにもガサツだったから、仕方がないよね。
ジョージアを騙せたのなら、大丈夫だろう」
兄の衣装合わせも終わり、ゼリーの具合も確かめた。水分がもう少し出るかもしれないと考えていたが、なんとか大丈夫そうだ。
半日、女装をしたまま過ごすという兄は、カレンに成りきれるよう練習をするのだと、息巻いて出て行った。
その後ろ姿を私とジョージアは見送り、二人顔を合わせて兄の女装姿があまりにも似合いすぎると笑ったのであった。
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